第四章

美しき刺客 1

 公園の入り口まで戻ってきた誠たちはそこで足を止めた。

 先ほどと違い輝力を使って身体能力を強化した大志は息を切らすことなく『ヤオヨロズ』で本部に状況を簡潔に報告した。そして入り口近くにある植え込みに誠と身を隠しつつ内部の様子を窺う。


 「中は見えるかい?」

 

 「いえ、ここからじゃよく見えません。でも居ると思います。そしてきっと向こうも俺のことを気づいているはずです」


 「『神装武具ジ・オーダーズ』の共鳴現象か。向こうが仕掛けてこないのは待ち伏せか、それとも対話がしたいのか。応援を待ちたいところだけど逃げられたり暴れられたりするのも困る。俺らだけで行くしかないか。覚悟はいいかい、誠くん?」


 「ここで逃げたらギルドに入った意味がないですよ。怖いですけど」


 「いざとなったら全力で逃げるだけさ。さて、いつまでも待たせるのも失礼だ。そろそろ行こうか。願わくば対話で片が付いてほしいね」


 問答無用で人を攫っている相手に話が通じるか大いに疑問な誠だが、戦いを回避できればそれに越したことはない。だが――。


 (多分話し合いなんて出来ないだろうなぁ。ここからでも嫌な気配をビリビリ感じるぞ……)


 誠の考えを読んだように大志が苦笑いをして頷くと口を開いた。


 「ま、確かに難しそうだ。それでも話せる相手ならまず話し合いをするっていうのが勇者ギルドのポリシーだからね。で、だ。もし決裂して戦闘になったら正面は俺に任せて、君は左右どちらかに回り込んでくれ」


 「え、でも……」


 「ここはリーダーに従ってくれ。さぁ、ご対面と行こう」


 リーダーの指示に従う。ギルドに入ったときに口酸っぱく亜由美に言われたことだ。勇者としての活動は学校生活のそれとは違う。自分勝手な行動が自分や仲間、それに救うべき人を危険に晒し取り返しのつかない事態を招くこともあるのだと何度も言われたことだ。


 誠が頷いたのを確認して大志が堂々と公園に入り、誠も緊張を解きほぐすように大きく深呼吸をしてから、注意深く後に続く。

 公園に一歩入り込んだ瞬間、ゾワリと背筋が寒くなり空気が冷たくなる。雰囲気的な話ではない。本当に空気が寒冷地域の物に入れ替わったような肌寒さになったのだ。


 「ご丁寧に向こうが結界を張ってくれたようだ。騒ぎを大きくしたくないってことかな?」


 勇者ギルドでも古株なだけあって、誠よりも早く大志は自分たちの状況を把握していた。もし誠一人なら結界に入り込んだことすら気づかずにパニックになっていたかもしれない。

 二人が警戒していたような奇襲の類はなく、二人はあっさりと公園中央に辿り着く。誠も何となくわかっていた。もしがあるのならココ以外にはあり得ないと。


 果たして公園の中央、円形に置かれた誰も座っていないベンチを観客席に、色あせた植物が生えた花壇を背景にして一人の女が軽やかに舞っていた。

 その姿は『千夜一夜物語アルフライラ』の書き込みにあったのと同じだ。体に巻いた布は大事な部分を隠すだけ。だがよく見れば布には様々な紋様が縫い込まれて呪術的な物を連想させる。

 女の踊りも異性の劣情を煽るようなものでなく、芸事に疎い誠が見ても気品と高貴さを感じさせる。


 それなのに、なぜ禍々しいと感じてしまうのだろう?

 それは女の目が原因だと誠は思った。


 どんなに体を激しく動かそうとも、その視線は常に誠と大志に向けられている。その血のように紅い瞳に浮かぶ感情は哀れみと蔑みだ。

 この『自分はお前たちよりも上位の存在である』という考えを隠そうともしない傲慢な目。こんな目で見られたら気の強い人は食って掛かってしまうかもしれない。あるいは恐怖ゆえに、かもしれない。恐らく、塾帰りの中学生が公園で見た喧嘩の原因はそう言うことだったのだろう。

 

 そして何より、誠はその女の顔を

 瞳の色こそ違うが、その顔は先ほどヴィエルの記憶で見た女の顔に間違いなかった。


 「あらあら、蛮族の皆様、御機嫌よう」


 踊るのを止めた女が冷ややかな笑みを浮かべ侮蔑の言葉を言い放つ。女の身長は誠や大志より高く、それが見下されている感をより強めている。

 

 「こんばんは、レディ。お見受けしたところ、あなたは地球人ではないようですね。なぜ、この世界へいらしたのかお聞きしてもよろしいですか?」


 蛮族呼ばわりにイラっとした誠と違い、大志はあくまで丁寧な姿勢に徹する。勇者が戦うのは喰らうモノで人間ではない。だから敵対の意志はないと示す必要がある。もっとも、相手にその気がなければ意味にない行為となるが。


 「なぜ? この私が好んで、魔力を持たない劣等種どもが住まう地に来るとでも? 全くこんなはずではなかったのに――!」


 「もし自分の世界に帰れないというのなら我々がお力になれますが……」


 「結構よ」


 突然ヒステリックに怒り出した女だったが大志の申し出をピシャリと拒否して、今度は恍惚とした表情になり。


 「今、あの方が私たちの世界へ帰る手段を構築していらっしゃるわ。だから、あなたたちのような蛮族の力など必要ないの。……いえ、違ったわ。あなた達にも出来ることがあった。その身を捧げ、あの方の計画の礎となるという栄誉ある仕事が!」


 その瞬間、誠は無意識に腰に吊るした『ヴィエルヴィント』を抜き放つと、大志の前に躍り出て直感だけを頼りに光の刃を振り下ろす。手応えはなかったが、何かが弾け散る音が響いた。

 それを見ていた女の顔から余裕が消え、驚愕が取って代わった。


 「なっ、それは、その剣は!?」


 「蛮族、か。辺境の農家の娘がずいぶんと偉そうにいうもんだな、アーリン」


 誠の言葉は、ヴィエルの記憶から溢れ出したもので意識して言った物ではない。

 だが、その言葉がアーリンの自尊心を酷く傷つけたのは間違いない。それは話し合いが決裂したことも意味していた。


 「ヴィエル! ヴィエルッ! ヴィエルゥゥゥゥ!!」


 「交渉失敗だ。誠くん、走れ! 来い、セイバー!」


 アーリンの左手に黄金色に輝く弓が現れたのを見て大志は自分の片割れたる相棒の名を叫んだ。

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