調査 誠&大志 3

 公園の入り口からガニ股で近寄って来るのは誠や大志より少し年上の男だった。

 油が染みついたツナギに金色に染めたモヒカン頭、顎の下には無精髭とヤンチャ全開の風体で普段ならあまりお近づきになりたくないと思う相手だ。


 誠は(無いとは思いつつ)勇者ギルドから応援に来てくれたのかと思って大志の顔を見るが、意図を察した彼は首を横に振って否定した。


 「お~い、お前ら! お前ら、アレだよな! その俺と会ったことある……よな?」


 最初は友達に話しかけるような気さくさだった男の声は、困惑する誠たちをみて次第に勢いを無くし、何かに縋るような頼りなさに変わっていった。

 ガッカリしてうなだれた男は一瞬で十歳ほど老け込んでしまった。あまりの失意にモヒカン男は、今にも倒れそうにふらつきだした。


 「大丈夫ですか? ほら、ここに座ってください」


 ふらつく男の背を手で支えて大志がベンチに座らせる。男は操り人形のように促されるままベンチに座り、力なく誠たちを見上げ「会ったことあるよな?」と繰り返している。


 「残念ですが初対面ですよ」


 大志は誠に目配せをして、努めて穏やかな声で返答する。誠の目には男の行動は異常に見えるが大志には何か考えがあるようだ。

 一方の男は大志の言葉に頭を抱えて何かをブツブツと呟きだし、様子が怪しくなってきた。


 「そうだよな、知らねえよな。俺もそんな気はしてたけどよ……。くそっ、何で俺はこんな――」


 「何か大事なことを忘れている気がするんだ、ですか?」


 大志の言葉に男の目が大きく見開かれた。男が何かを言おうとするが、よほど衝撃的だったのか上手く言葉に出来ずにいる。


 「大丈夫、分かりますよ。実は俺たちも同じなんです。ここに何か大切なモノがあった気がするのに思い出せないんです」


 屈みこんで男の目を見ながら大志が諭すように、けれどもどこか憂いを帯びた声で嘘を並び立てる。それを横で聞いていた何を言い出すのかと冷や汗をかいていた。男は大志しか見ておらず誠の様子を伺う余裕がなかったのは幸運だった。

 男は誠の態度を不審に思うことなく大志へ捲し立てるよう喋り続けていた。


 「お、お前らもそうなのか!? そっか、俺だけじゃなかったんだな」


 「ええ、ふとした時に誰かのことが思い浮かぶのに、その誰かが分からないとかでしょう?」


 「そうそうそう、そうなんだよ! それに俺は何度もこの公園に夜中来てたんだよ。なのに、何をしに来ていたのか分からねえんだ。なぁ、俺はおかしくなっちまったのか?」


 否定して欲しそうな男の哀願に大志はあえて否定も肯定もしない。実際、男はおかしくなってなどいないのだが、それを軽々しく教える訳にもいかないからだ。


 「地球には魔力は存在しない」という地球そのものの意志により、魔術に類した事件が起きたとき、人の意識や記憶は改竄されてしまう。今回の事件を引き起こしたのが何かはまだ不明だが、異世界の力を秘めた『神装武具』が関わっているのは間違いない。だとすれば、男の記憶が改竄されかけ精神が不安定になっているのも十分あり得る事態だ。


 (たぶん、この人は踊子みたいな人、ヴィエルの記憶ではアーリンと言っていたっけ。その人に連れ去られた人たちの仲間なんだろう。それを大志さんは一瞬で見抜いて情報を聞き出そうとしている。勇者ギルド立ち上げ前から活躍しているオリジナルメンバーはやっぱり手際がいいな。俺は驚くだけで、そこまで頭が回らなかった)


 大志の咄嗟の行動に感嘆しつつ誠は偶に相づちを打ちながら会話の流れに耳を傾ける。自分に共感してくれる相手と話しているうちに男も落ち着きを取り戻してきた。そこで大志はいよいよ本題へと話を進める。


 「ちょっとこれを見てください。どこか見覚えはあったりしませんか?」


 大志が男に見せたのは何の変哲もないキーホルダーが付いた鍵だった。男は食い入る様に鍵を見つめるが、力なく「いや、知らねえ」と呟くように答えた。


 「そうですか。実は俺もこの鍵が何の鍵か分からないんです。もしかしたら、あなたもそういう誰の物か分からない品を持っていたりしませんか?」


 大志の言葉を聞いた男が興奮した顔をして立ち上がった。


 「ある、あるぜ! ちょっと付いてきてくれ、見て欲しいもんがあるんだ!」


 大志の言葉に力を得たかのように男が弾かれたように走り出す。大志は誠にニヤリと笑って頷くと置いて行かれまいと公園を出て行ってしまった男を追いかけた。

 男が離れているのを確認すると誠は大志にあの謎のキーホルダーのことを尋ねた。


 「ああ、あれは俺の家の鍵だよ。相手に信じてもらう一番手っ取り早い方法は実物を見せることだからね」


 「なんだか詐欺っぽいやり方ですよね、それ」


 「だからと言って本当の事情を話すわけにもいかないしねぇ。重要なのは一刻も早く居なくなった人を探すこと。そのためなら手段は選んでいられないよ」


 喰らうモノに捕らわれた人が完全に消化され、この世界から消滅するまでの猶予はどんなに長くても二週間。その十四日間の間に食らうモノの居場所を見つけ出し倒さねばならない。

 もし失敗すれば喰われた物も命も全てが消え去り、それに関する記憶も全て地球から消え失せてしまう。

 大切な家族も、思い出の品も、全てが最初からことにされてしまう。それはただの消失よりも、はるかに残酷なことだと誠は思う。


 (だからこそ失敗は出来ない。例えどんな手を使おうとも。俺は勇者として戦っていく覚悟がまだまだ足りていなかったってことか……)


 「ほらほら、考え込むのは後だ。今はあの男の人のことに意識を集中しよう。ここで手がかりを見失うのは、余りにも間抜けだよ」


 思わぬ運動に汗をかき始めた大志の言葉に、誠は気持ちを切り替えて「はい!」と短く返事をして足を速める。


 「えっ、ちょっと置いていかないでくれよ~」


 情けない声が後ろから聞こえた気がするが誠は気にせず走り続けた。


―――

 「あ~、わりぃな。ちょっと興奮して後ろを見ていなかった」


 刈り上げた後ろ頭を掻きながら男が申し訳なさそうにしている。

 三人がやって来たのは大きな二車線道路沿いにある年季が入った小さなバイク屋だった。当然ながら店は閉まっていて中に誰かがいる様子はない。


 「いや……これくらい……だいじょう、ぶ……です。ゲホッ、ゲホッ! はぁ、それで見せたいものとは何です?」


 「ああ、ちょっと待っててくれよ」


 男は鍵を取り出して店の扉を開けると、ついて来いと身振りで示し中に入り、誠たちもドアを潜って暗い店へと入り込む。

 バイクを販売するスペースに隣接するガレージ、その片隅にカバーが掛けられたバイクの所へ男は誠たちを連れて行く。


 「隣の家がオーナーの家だから大声は出さないでくれよ。ここは俺の仕事先なんだ。で、お前に見てもらいたいのは……これよ」


 カバーを外されたバイクを誠たちはじっくりと見つめた。

 誠はバイクに詳しくないので車種や値段はよく分からないが、それでも所有者が色々手を加えて大切に乗っていたのだろうな、と感じられた。


 「これな、さっきの公園の入り口に置いてあったんだよ。それを勝手に店に持ち込んじまったんだ。俺はこのバイクを何度も見たし、自分の手で修理をしたこともある。このバイクが大切にされていたことも憶えている。なのに乗ってた奴の顔が憶え出せないんだ。俺は確かにソイツを知ってたはずなのに!」


 「その誰かのために自分がことにしたんですね? 今日、公園に来たのも、その誰かに会えると思ったからですよね?」


 誠の言葉に男の目に涙が浮かぶ。


 「ああ、ああ、そうだよ! けどオーナーに事情を言えないし、いい加減引き取ってもらえって言われててよ。俺の家にゃ、こんな大きなバイクを停められるスペースは無いし困ってるんだ。なぁ、お前らはこれを見て何か思い出せるか?」


 泣き出しそうな顔の男の脇を通り、大志はバイクを調べるふりをして『ヤオヨロズ』でバイクのデータをとる。このデータというのは形状やスペックではない。


 日本には物に魂が宿るという考え方があるが、実際に人が愛用している物には、その人の情念が宿る。それは例え持ち主が消えようと物言わぬ確かな繋がりとして存在し続ける。その繋がりを辿れば消えた人の行方を追うことも可能となるのだ。


 「このバイクはとても大切にしていたのでしょうね。大丈夫、きっとその人はこの愛車を受け取りに帰ってきますよ」


 思わぬ形で手がかりを見つけた誠と大志は男をそう慰めた。

 誠たちから手がかりを得られなかった男はがっかりした様子で店を出て鍵を閉めると自宅へと帰って行った。


 「あの人のためにも早く消えてしまった人を探し出したいですね」


 「例え、その人が他人の迷惑を掛ける人であっても、生きてきた痕跡を消されていいという話にはならないからね。あとは繋がりを辿って犯人を見つけ出せば……」


 大志の言葉が終わらなうちに彼の持つ『ヤオヨロズ』が激しく振動する。同時に誠の腰に吊るした『ヴィエルヴィント』もカタカタと揺れ始めゾクリと嫌な寒気が誠の体を走り抜ける。


 「大志さん、向こうの方で何かが――」


 「探す手間が省けたかもね。さっきの公園で異常な反応が感知された。急ごう!」


 同じ方向に異常を感知した二人は輝力を開放し、全速力で来た道を走る。近づくほどに強くなる『虫の知らせ』の警告を無視して誠は夜の街を疾走するのだった。

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