調査 誠&大志 2

 「ふぅ、動く前は寒いくらいだったけど、やっぱり動けば汗が出るねぇ」


 大志と違い、それほど厚着をしていなかった誠は少し肌寒いくらいなのだが、わざわざ伝えるほどでもないと思い適当に相づちを打ちつつ周囲の見慣れない街並みに注意を向けていた。犬も歩けば棒に当たるという諺が意外と馬鹿に出きないものだというのは誠のこれまでの勇者としての活動で得た教訓だった。


 「さて、問題の公園はあそこだよ。昔、自転車で何回かここに遊びに来てたなぁ。いやぁ、懐かしい」


 ホッホッと小気味よく腹式呼吸を繰りかえす大志が指をさす。誠も暗い夜道の前方へ目を向けると確かに公園の入り口があった。

 入り口前には誠の膝くらいの高さがある白い円柱が位置を僅かにずらして五つ並び車止めになっている。公園内にも街灯が設置されぼんやりと公園内部を照らしているが、当然人の気配はない。


 「愛花たちの報告があってから、すぐにドローンでここを調査して、魔力の残滓は既に回収済みだ」


 「えっ、じゃあ何のためにここに来たんです?」


 初耳の情報に目を剝く誠に、大志は「ごめん、ごめん」と軽く詫びを入れて。


 「今回の目的はデータ収集じゃない。誠くんにここに来てもらいたかったんだ。亜由美も太鼓判を押す君の『虫の知らせ』なら何か別の情報を掴めるんじゃないかと思ってね」


 「そう言われても、アレはそんな都合のいいものじゃないですよ?」


 「まぁ、試すだけ試してみようじゃないか」


 (そんなことを言われてもなぁ)と誠は思う。訓練で輝力の様々な使い方を習ったし、手探りながらヴィエルヴィントの使い方も分かってきた。ただ『虫の知らせ』に関してだけは未だに発動タイミングが分からないままだった。それにメイリルを救うために『ディーオルフト』を持った喰らうモノと戦った時に一瞬だけ使えた未来予知はあのあと一度も使えていない。

 そんな能力が役に立つのかな、とネガティブなことを考えている間に公園の中央に辿り着いてしまった。


 ちょうど公園の中心となる場所にシーズンが終わった円形の花壇がある。そしてその花壇を愛でるために金属製の色とりどりに塗装されたベンチが花壇を囲むように等間隔で置いてある。恐らく大人数が座れる場所がここだけだからガラの悪い連中がここで駄弁っていたのだろう。


 「ここがだね。目撃者が見ていたのはあそこかな」


 大志が指差した先には緑色の葉を茂らせた木が公園を囲む金網と並行して植えられている。木の幹の太さは人が隠れるには少し心許ないが、誠たちがいる場所からは距離があるので意識しない限りは姿は見えないだろう。


 「さて、どうだい? 何か感じたりしない?」


 「と、言われても。そもそも『虫の知らせ』は俺の周りで危険なことや良いことが起こる時に感じる物で、場所じゃ……え?」


 無意識に誠は腰に手を伸ばし、特製の鞘に入っていたヴィエルヴィントを取り出した。なぜそうしたのか分からない。ただ消えたはずのヴィエルに呼ばれた気がした。

 そして誠の意識はここではない何処かへ飛ばされた。


―――

 「エント様はこの世界のために必要なことをなさろうとしているのに……!」


 誠の目の前に美しい顔を歪め、金色に光る弓矢を番えた女がいた。プラチナブロンドの髪、踊り子のように露出の多い服。それは書き込みにあった人物の特徴と一致していた。


 「それが俺にナイトゥを殺させた理由か、アーリン?」


 誠の口が勝手に動き、聞き覚えのある声がした。その声音に怒りや悲しみ、様々な感情が入り混じっていた。


 「そうよ! この世界を正しく導くことが出来るのはエント様だけ。所詮腕っぷしが強いだけのアンタには荷が重すぎたのよ!」


 「ああ、そうだな。全くその通りで反論出来ねえよ。だから俺はお前の嘘にあっさり騙された。何が戦神だ、何が最高神だ、馬鹿馬鹿しい!」


 ヴィエルの怒気が荘厳な神殿の柱を薙ぎ倒し天井を吹き飛ばす。それは目の前の仇敵への怒りか、不甲斐ない自分への怒りなのか、誠には判断が出来ない。


 「俺たちは結局人間なんだよ。ナイトゥのおかげで他の人よりちょっとだけ強い力を得た、ただの人間だ。そんな奴らが自分たち以外の人間を見下し管理しようなんて烏滸おこがましいにも程があるってもんだ」


 「だから自分の手で全てを滅ぼそうというの!? ナイトゥを殺しておかしくなったんじゃないの!?」


 「エントを一途に思いすぎて狂っちまったお前に言われたかねえよ。それに全てを滅ぼすつもりなんてない。俺たちが消えても人は生きていく。ナイトゥと出会う前の俺たちだって神様の有難い助けなんぞなくても生きていただろう? 俺たちの役目はとっくに終わっていたんだよ。ナイトゥだけがそれを理解していた!」


 「黙れっ!」


 放たれた雷の矢をヴィエルは手にした『ヴィエルヴィント』で搔き消す。滅魔剣の名の通り、ヴィエルヴィントはありとあらゆる魔術による攻撃を防ぐことが出来る。それは同じ『神装武具』だろうと同じだ。


 大きく息を吐きヴィエルはかつての戦友に剣を向ける。だが、その肩を誰かに掴まれた。


 「兄貴は他にやることがあるだろう? こいつの相手は俺で充分だ」


 「ディーオ……」


 六人いた同志の内、最後まで生き残っていたヴィエルの弟、炎神ディーオがニヤリと笑う。だがその体は無数の傷を負い、脇腹からの出血で床を赤く染めていた。どう考えても戦える状態ではないが、それでもディーオはヴィエルの前に立ち自分の分身とも言える『滅火槍ディーオルフト』を構えた。


 「エントへのあてつけであったとしても、一度は恋人だったこともある俺がアーリンの始末をつける。兄貴はエントを倒せ」


 「……ああ、わかった。さらばだ、弟よ」


 「色々あったけど楽しかったぜ。じゃあな、兄貴。……それじゃ、俺の最期の戦いを始めるとしようか。付き合ってもらうぜ、アーリン!」


 「ほざくなっ、死にぞこないが!」


 『ディーオルフト』を構え突撃したディーオにその場を任せ、ヴィエルは壊れた神殿の奥を目指す。そこにエントが待つ天上神殿への転移ゲートがあるはずだ。


 ヴィエルが狭い通路を走りぬけ、光に包まれた魔術陣に飛び込む。

 そこで誠の意識が再び飛んだ。


―――

 「どうしたんだい、難しい顔をして?」


 急にヴィエルヴィントを見つけて押し黙ってしまった誠に大志が声をかける。

 急に現実に引き戻された誠は、まだぼんやりしている頭を軽く振って強引に意識を現実にシフトさせた。


 「あっ、いえ、それが――」

 

 今見えたことを誠は大志にどう伝えようか迷っていると、公園の入り口から「おい、お前ら!」と叫ぶ知らない男の声がした。

 

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