調査 誠&大志 1

 ♦十月第二週 日曜日♦


 日付が変わった深夜零時きっかりに誠は二階の自分の部屋を窓から出た。輝石から力を引き出せば二階程度の高さなど道具を使わなくても簡単に飛び降りることができる。


 先の事件で誠の家も喰らうモノのダンジョンに引き込まれ横倒しになるという悲惨な目にあった。だがその事態を引き起こした喰らうモノを倒すと誠の家、ついでに巻き込まれた周囲の家々も亜由美の言っていた通り、傷一つなく元通りになっていた。

 とはいえ、これは喰らうモノを素早く倒せたからで、もし時間が掛かっていたら空き地が出来ていたかもしれないと思うと、今でも寒気がする。


 家を出た誠は『ヤオヨロズ』の機能である『カクレミノ隠れ蓑』を使って周囲から姿が見えないようにして夜の街を走る。

 見慣れた風景がどんどん過ぎ去り、通っている高校をあっという間に通り過ぎる。目的地は転送装置のある亜由美の家だ。転送装置は数が限られており、一人ずつ配れるわけではない。なので誠が本部に移動するにはまず亜由美の家の近くまで行かねばならない。しばらくして誠の足は大木屋敷の前で止まった。


 (明かりが点いてないな。田村さんは寝ているのかな?)


 亜由美の家は古風な二階建ての日本家屋であり土地も広い。

 誠が聞いた話では亜由美の祖父はかなり偉い官僚で国会答弁のテレビ中継に映ったこともあるほど偉い人だったらしい。二人の息子が独立し、自身も定年で退職すると、妻、つまり亜由美の祖母とのんびりとした生活を送るためにここに移り住んだそうだ。

 その後、妻が亡くなると男一人では心配だと長男である亜由美の父が同居を申し出た。その際に嫁である亜由美の母を気遣って二階を増築したのだという。

 亜由美の部屋はその二階にあるが、部屋の明かりは消えている。


 (おっと、それより本部に移動しないと)


 誠は亜由美の家と隣家の間にある路地に入り込み『ヤオヨロズ』を確認する。転移装置の作動範囲は狭い。亜由美からは「庭に入っても構わない」と許可は貰っているが、心理的ハードルが高く、誠はいつも路地で転移を行っている。


 僅かな浮遊感と共に周囲の風景がグニャリと揺らぎ、一瞬後には銀色に鈍く光る狭い空間に転移すると、すぐに目の前の扉が開きアダムの声が聞こえてきた。


 「コンバンハ、誠サン。ソノママ三番ゲートデ任務地ニ移動シテクダサイ」


 本部の転移装置は十基設置され、随時移動先をセットを変更できるようになっている。誠が入っていた転移装置は5番で右を見れば場所を示すように『3』と書かれた文字が光り転送準備が完了していることを示している。


 「移動先は大志さんの家だっけ?


 「ハイ。念のために『カクレミノ』ヲ使用シテクダサイ」


 誠が三番ゲートに入ると後ろで扉閉まる。アダムの言う通りにまた『カクレミノ』を起動すると「三番ゲート、起動シマス」とアダムの声がして、先ほどと同じ感覚ののちに転送は終了した。


―――

 「お、来たね。それじゃ行こうか」


 小さな庭の隅に転移した誠の前にスウェットスーツを着た大志が待っていた。


 「えっと、どうしたんですか、その恰好?」


 『カクレミノ』を切った誠に大志がニヤリと笑って「似合うだろう」と何とも返答に困ることを言いだした。


 「真面目な話をするとカモフラージュだよ。それに調査のついでにダイエットって効率がいいだろう?」


 「それはそうでしょうでけど姿を消していたほうが安全では?」


 勇者たちの活動において最大の障壁、それは警官である。うっかり夜中に歩き回っているところを職務質問されては色々面倒なことになるからだ。特に誠の住所は千葉県北西部であり、それが遠く離れた神奈川県西部にいると知れたら、どうやってここまで来たのかと大事になってしまう。


 「『カクレミノ』はエネルギーの消費が激しいから。それに最悪お巡りさんに見つかっても逃げればいいだけだし」


 サラリととんでもないことを大志は言うが、内容自体は間違ってはいない。勇者としての力を開放すれば、いくら日本の優秀な警官でも追いつくことは不可能だ。


 「まっ、見つからなければいいんだよ。それじゃ行こうか」


 釈然としない誠の肩を叩いて大志が歩き出す。誠も気休め程度の変装道具である安物の帽子を深く被り後を追った。


 「そう言えば神奈川県には初めて来ました」


 「おや、そうなのかい? 誠くんは千葉県に住んでいるだっけ?」


 「はい、江戸川沿いの街です」


 「そっか。なら今度転移ゲートを使って色々回ってみるといいよ。俺は今年の初の日の出は犬吠埼で見るのに使ったよ。観光、買い物にも便利だし、数少ない勇者の特権だからどんどん使わないとむしろ損だよ? ただし、目立つ行動をしてお巡りさんのご厄介にはならないようにね」


 そんな話をしながら二人は連れ立って夜の街を歩いていく。二人が目指しているのは大志が最初に目を付けた書き込みで触れていた公園だ。その場所は大志の家からは歩いて二十分くらいの距離にあると大志は説明してくれた。


 「そういえば愛花とメイリルさんの報告は聞いているかい?」


 額にほんのりと汗をかいている大志の言葉に誠は頷く。


 「送られてきたデータを調べると、やはりドローンが空中で感知した三つの力の一つと同じ物だったよ。ただ奇妙なことが一つあって、喰らうモノの反応が極めて薄いんだよ」


 「『ヴィエルヴィント』や『ディーオルフト』の場合と違うってことですか?」


 「前の事件で遭遇した二体は『神装武具ジ・オーダーズ』を取り込んではいたけど、他の喰らうモノと変わらない反応を示していた。これは亜由美さんも確認しているし間違いない」


 今まで何十、何百もの喰らうモノを右目の魔眼で見極めてきた亜由美が言うのなら確かに間違いないだろうと誠も思う。


 「でも、それじゃどういう事になるんです? 『神装武具ジ・オーダーズ』が自力で喰らうモノの腹から逃げ出したって事ですか?」


 誠は冗談のつもりで言ったのだが、大志は大真面目に頷き「その可能性はあるね」と冗談を肯定してしまう。


 「えっと冗談、ですよね?」


 慌てる誠に大志はニヤリと笑い。


 「喰らうモノが関わる事件になんてものはないよ。そこに異世界の神様が作った物が加われば何が起こっても不思議じゃない。俺たちの戦いに常識は通用しないって思っていた方がいい。さもないと――」


 『取り返しのつかないことになりかねないから』


 その言葉が持つ重みに誠の足は止まってしまった。だが、大志は何も言わず、振り返りもせずに進んで行く。それはまるで誠の覚悟を試すように。今ならまだ引き返せると言うように。


 (これが何度も大きな戦いを経験した勇者の貫禄った奴か。だけど俺にだって戦う理由はあるんだ)


 思い出すのは二年前に目撃した暴虐の限りを尽くすドラゴンに似た喰らうモノ、そして頼りない自分を「相棒」と呼んでくれたメイリルの顔。

 

 パンと自分の頬を両手で叩き気合を入れ直して誠は大志の背中を追って駆け出した。

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