第三章

調査 メイリル&愛花チーム

 ♦十月第一週土曜日 夕方♦


 次の日の夕方。家の用事を終えて合流した愛花と共にメイリルは相模原市内にあるとある駅に来ていた。目的は例の『消えた酔っ払いと半裸男』が本当に起こったことかを確認することだ。


 今日のメイリルは誠と出会った時のように姿を隠すことはしていない。その代わり、エデンの技術が詰まった万能ツール『ヤオヨロズ』を使ってピンクブロンドの髪の色を明るい茶色に見えるように変化させ目立たないようにしていた。

 併せて服も、いつものローブとマントから藍色のワンピースに乳白色のカーディガンを羽織っている。これらの服は勇者の誰かが持ってきたお下がりである。ワンピースも誰かのお古であり、カーディガンに至っては学校指定の物から校章を外したものだったりする。

 このように周囲に紛れる服装をしているのだが身長165センチの長身に服の上からでも分かる胸の大きさ、そして明らかに日本人と違う顔立ちは嫌でも周囲の(特に男からの)注目を集めていた。

 実際、大志の家にある本部と繋がるワープ地点から目的地へ移動中にメイリルは何度か若い男たちにナンパされたりもしていた。


 「直接現場まで行ければいいのだけれど、あの辺りにはワープ地点がないから」


 体を張ってナンパ男を追い払ってくれた愛花がぼやきつつ駅の階段を降りていく。


 ワープ地点を設定するには特殊で大きな機械を設置しなければならず、どこでも好きに行ける訳ではない。それに他人の土地や建物に無断で置く訳にもいかないので、基本的にワープ地点は勇者の家や関係する場所に密かに設置している。大志の家の場合は、彼の自室に機械を設置し、庭の隅にワープ地点が設定されている。

 だがこれから向かう町の近くに住んでいる勇者がいない。なので二人は大志の家から徒歩と電車で移動してきた。


 「私のせいで余計な時間を取られちゃって、ごめんね」


 「あなたが謝る必要なんてない。家族には遅くなるって伝えてあるから時間に余裕はあるから大丈夫」


 異世界では無敵の強さを発揮する喰らうモノだが、地球の環境ではその力を発揮できず大幅に弱体化する。そのため危険な存在を察知すると逃れるために姿を隠してしまうという特徴がある。だから調査の際はできるだけ輝力を使わずに移動する必要があり、輝力を開放して自力で来るのは避ける必要があるのだ。


 愛花にエスコートされながらメイリルは改札を抜けて駅前に出る。目の前には円形の広場、ロータリーがあり車やバスが流れていくのが見える。地球に来たばかりの時のように高層ビルや車に驚くことはもうないが、それでもその物量と技術力には毎度圧倒される。


 「この駅は来たことないんだよね。書き込みにあった『飲み屋』ってどこだろ? とりあえず先輩に指定された住所を目指して歩いてみようか」


 愛花が『ヤオヨロズ』の地図アプリを起動して歩き出すとメイリルも頷くと黙って後をついていく。


 (う~ん、なんか気まずいな~。さっきから必要最小限のことしか話せていないよ)


 今日、一緒に行動し始めてから、いわゆる雑談の一つも交わしてない状況にメイリルは居心地の悪さを感じていた。

 二人は昨日まで面識がなく、ぎこちないのは仕方がない部分もある。加えてメイリルの愛花への第一印象が『クールな女の子』だったので、あまり話をしたがらない子なのかなと思っていた。とはいえ、せっかく一緒に行動しているのに遠慮し続けているのも何か違うというジレンマに頭を悩ませていた。

 メイリルが(沈黙を続けるか、話しかけるか?)という傍から見ればどうでも良さそうな問題に頭を悩ませていたメイリルだったが、先導している愛花がちょくちょく振り向いて何か言いたげにしていることに気がついた。それを見たメイリルは思い切って愛花の隣に並んだ。


 「えっと愛花さんは、どういった経緯でギルドに入ったの?」


 「ふぇっ!? ま、まぁ普通だよ。前に困っていることがあって、それを大志先輩や他の人に助けてもらった。それだけ。えっと、その話はまた別の場所でしよ?」


 周囲に人がいて、しかもメイリルが注目されている中で、喰らうモノだとか勇者ギルドやらといった単語を口に出来ず愛花は困り顔で囁くように答えた。


 「ああ、そうか、ごめんね。じゃあ、ご家族は?」


 メイリルはきちんと謝ってから周りから不審に思われない他愛のない話題をチョイスした。


 「パパとママに三つ下の弟がいる。メイリルさんは?」


 「両親と五つ年上の姉がいるよ。それでアイカはどんな暮らしをしていたの? 趣味は?」


 「えっと、私は、まぁ普通。普通の家に住んでいるし、高校に入るまでも家の近くにある幼稚園、小学校、中学校に通ってただけで話すようなことは……。高校も近場を選んだだけだし特に話すようなことは……。えっ、趣味? あ~、ラノベが好きかな。そう、小説だよ。結構面白いから日本語が分かるようになったら読んで欲しいな。だから高校でアニ研……アニメ漫画研究会に入ったんだ。大志先輩とはそこで初めて会ったんだ。……大志先輩の第一印象? う~ん、始めは人畜無害そうな太っちょだなって思ってた。でもその時にはギルドにいて戦ってたんだよね~。……えっ、今見られてた? 大丈夫、大丈夫、とかなんて単語聞いてもゲームとしか思わないでしょ。あ~、もうこのくらいでいい? 自分のこと話すの恥ずかしいよ……」


 色白の頬を赤くして黙ってしまった愛花に笑いかけ、詫びという訳ではないが今度はメイリルが自分のことを(言葉を選びつつ)話し始める。


 「私は生まれたのは小さな村だったよ。パパは……こっちで言えば裁判官が近いかな? 村で起こったトラブルを法に照らして解決する仕事をしているんだ。ママは学校の先生、お姉ちゃんもママの手伝いをしていて私もその学校に通っていた」


 「じゃあ、メイリルさんって結構いい家の生まれ?」


 「ん~、別に取り立ててお金持ちって訳じゃないけどね。それで私が住んでいる国では十二歳になると子どもは進路を選ばなくちゃいけないの」


 「十二歳で進路を選ばなくちゃならないの? すっごい早いんだね」


 「こっちはそんなに教育が行き届いているわけじゃないからね。ほとんどの子は親の仕事を継ぐために職人さんの弟子入りをして働き始めるのが普通なんだ。私のお姉ちゃんもそんな感じだし。お金がある家の子なら都会の学校に通ってより高度な知識を学ぶことも出来るけど、まぁ庶民には縁のない話だよ。私の場合はちょっと特殊で魔術……いや、え~とテスト?の成績が良かったから入学費免除ですごい大きな学校に入れたんだ」


 「へぇ~、じゃあメイリルさんってエリートなんだ?」


 「まさか! その学校は大陸中から優秀な人が集まるんだ。入学時の成績がちょっと良かった程度でエリートなんて言えないよ。正直授業に置いて行かれないようするので精一杯だったしね~」


 そんな話をしつつも二人は自称ブラック企業のサラリーマンの家を目指しつつ、周囲の店、目撃者が通った飲み屋が無いかをチェックしていく。だがそれらしい店が見つからず、駅から十五分ほど歩いたところで目撃者が住む外観に趣があるアパートに辿り着いてしまった。


 「ん、まぁ最初はこんなもんだよ。次はこの目撃者になりきって考えてみよう。終電で疲れて帰ってきたってことは最短ルートをとるはず。それを踏まえてお酒が出る店がある場所を調べてみる……。ん、やっぱりバス通りかな。途中までバス通りに沿って歩いて来て途中で脇道に入って家に帰った、なんていうのはどうかな?」


 「なるほど。じゃあ今度はバス通りを通って駅まで戻ってみようか」


 二人が歩いているうちに秋空が徐々に茜色に染まっていく。バス通りに出ると丁度街灯に明かりが灯り始め、夜の雰囲気が近づいてくる。メイリルは日本語がわからないので雰囲気で察するしかないが飲食店がかなり多そうだ。その密集度たるや、幼い頃に行った都など比べ物にならない。しかも、料理の種類も豊富ときているのだから、どれほどニホンは豊かな国なのかと思ってしまう。

 

 「う~ん、やっぱりここら辺は店が多いね。メイリルさんは何か感じる?」


 「うう~ん、特には……あっ、ちょっと待って」


 しばらく愛花と並んでバス通りを歩いていたメイリルの感覚に何かがヒットした。その感覚に従い近くの路地に入ると先へ先へと進んでいく。

 ビルとビルの間にある薄暗い道を抜けると少し広い三差路に出る。


 「ふ~ん、ここを右に曲がると、さっきの家へ行けるんだ。って、あれは……」


 『ヤオヨロズ』で地図を確認していた愛花は視線を戻して驚いた。

 二つに分かれた道の中央に三階建ての古びた建物がある。一階は駐車場と駐輪場、二階は英会話教室、そして三階の窓にはリーズナブルな値段が売りの居酒屋チェーンの名前が張り付けてある。今も大学生くらいの若い男たちがケラケラと笑いながら階段を上がっていくのが見えた。


 「ここから僅かにだけど魔力を感じる……」


 メイリルも自分の『ヤオヨロズ』を取り出し、レーダーアプリを起動する。それを見ていた愛花は――。


 (剣と魔法の世界に住んでいた人がスマホを使っているの面白いなぁ)

 

 と全く調査に関係のない感想を抱きながらメイリルの作業が終わるのを待つ。


 「データ的にはこの辺りが一番強く魔力の反応が出ているね」


 メイリルは駐車場の出入り口近くの道路に立って周りを確認する。ここなら書き込みにあったように目撃者が通ったであろう右の道からも視線が通る。メイリルはがあった日のことを想像する。


 夜遅く、疲れた体を引きずってバス通りからやってきた会社員。騒がしい声に気づいて視線をあげると二つの酒が入った若者グループが言い争いをしている。騒ぎに巻き込まれたくない会社員は道の端に身を寄せ、そそくさと自宅へ向かう右の道へ入る。少し進んだところで後ろが気になった彼は振り返り――。


 「ん、じゃあデータを本部に送っておこうか」


 物思いにふけるメイリルの脇で、愛花が自分の『ヤオヨロズ』で周囲の状況を収集し本部のデータ調査室に送る。


 「ん、データ収集終わり。これで痕跡を辿れるようになればいいんだけど。今日はこんなところかな?」


 「うん、そうだね。じゃあ、帰りは駐車場を借りようか?」


 『ヤオヨロズ』に備わっている簡易転送機能『アマノハゴロモ《天の羽衣》』を使うために人目を避けられる薄暗い駐車場に入る。そして二人は周囲に誰もいないのを確認しそれぞれ『ヤオヨロズ』の画面にあるボタンをタップする。


 駐車場から一瞬だけ光が漏れたあと、二人の姿は消えていた。

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