第一章
高校生のありきたりな日常 1
十月第一週水曜日。
あの夏休みの出来事から既に一か月と数日が過ぎていた。
九月を過ぎて十月になり季節は夏から秋に移り変わっていた。
普通の高校生だった
正式に勇者ギルドに加入した誠は同級生でありギルドの先輩にあたる田村亜由美の指導の下でいくつかの任務をこなしていた。
昼は高校生、夜は地球を狙う怪物『喰らうモノ』との戦いの日々を送っている中、誠の私生活にも少しだけ変化があった。
それはアルバイトを始めた事である。
「咲村君。そのカゴの商品、裏に持って行っちゃって」
「はい!」
時刻は十九時時半過ぎ。二十時の閉店時間が迫る店内を誠は早足で歩く。
誠のバイト時間は毎週水曜日と金曜日、そして日曜日の十七時から閉店時間の二十時までだ。
なぜ誠がアルバイトは始めたのか?
そのきっかけは高校に入ってからの友達、
―――
時は遡って、九月第一週火曜日。
「誠先生、助けると思ってうちでバイトしてくれない?」
夏休みが終わり新学期が始まって早々の休み時間に裕司が唐突に言い出した。
「いきなりどうしたんだ?」
カバンから宿題を取り出していた誠は視線を上にあげて、身長百九十センチの友達の顔を見る。裕司の体はただ大きいだけでないのは鍛えられているのは夏服のシャツから見える筋肉を見れば分かる。
小学生の頃から始めた柔道で今や全国トップレベルにまでなった誠の数少ない友人は体に見合わぬ穏やかな顔をしていている。
彼の顔を見ると誠はいつも『気は優しくて力持ち』というフレーズが思い浮かぶ。
そんな学校の有名人である裕司と誠が友達になったきっかけは高校入学間もなくの事だった。
誠が通う高校の前には比較的車の行き来が激しい車道が存在する。
ある日の夕方、帰ろうとする誠の前で何を思ったのか裕司がいきなり車道に飛び出したのだ。そこに運悪く、学校近くの緩やかなカーブからトラックが現れた。
トラックの急ブレーキ音が響き、近くにいた生徒の誰もが最悪の想像をし時間が止まったかのように硬直していた。
その中にあってただ一人誠だけは違った。
とっさに走りだした誠は周りと同じように固まっている裕司のズボンを掴むと体重をかけて思い切り引っ張ったのだ。
八十キロの体重を誇る裕司の巨体は後ろに引っ張られ、その鼻先をトラックの車体が通過する。そしてバランスを崩した巨体は後ろにいた誠を押しつぶすように倒れ込んだ。
皮肉なことに助けられた裕司は怪我一つなかったのに、圧し潰された誠は腕と足を捻挫してしまったのだった。
ちなみにこの時、誠が咄嗟に動けたのは周りで何かが起こる際に感じる『虫の知らせ』のおかげだった。
下校しようとしたときにふいに『虫の知らせ』を感じた誠は周囲を警戒しつつ歩いていて、車道に飛び出した名前も知らない男子生徒に気がついた。
だが、その後のことは誠はよく憶えていない。
気が付くと誠は自分より遥かに体格の男子生徒の体の下敷きとなってもがいていた。
それ以来、裕司は命の恩人である誠を『誠先生』と呼び、二人は友達になった。
そんな裕司の実家は食料品を扱う小さな店を営んでおり、誠も何度か買い物をしたことがあった。
「おじさんやおばさんに何かあったのか?」
誠がそう尋ねると裕司は手を横に振って否定した。
「いや、うちの両親は相変わらず元気いっぱいだよ。先生は憶えてないかな? うちに若いパートの奥さんが居たのを」
「ああ、そういえば三十代ぐらいの人がいたような。その人が辞めたの?」
「辞めたっていうか休職? あの人の実家は山口県で実家のお父さんが怪我をしてしばらく介護が必要だから帰っちゃったんだ」
「それなら他の人を雇えばいいんじゃないか?」
「いや、それがちょっと難しいんだよ。さっき休職って言ったろ? だからその人が戻ってくるまでの穴埋めをしてくれる人を探しているんだよ」
裕司が言うにはパートの女性は初め「辞める」と言ったそうだ。しかし裕司の両親が詳しく話を聞くと父親の容体が落ち着けば、すぐに戻ってくるつもりだという。なので裕司の両親は彼女が戻って来るまで従業員を雇わず待っていると約束したそうだ。とはいえ、二人だけで店を切り盛りしていくのは大変だと言うので働ける期間が未定でも構わないアルバイトを探しているのだという。
「と言う訳でさ、少し小遣い稼ぎをしてみないか?」
「要するにいつ辞めさせても問題ない人を探しているのか。でもなんで俺なんだよ?」
「部活や道場の友達を誘ってみたけど全員に断れた。俺が手伝えればいいんだけど柔道の稽古があるしさ。曜日は水、金、日曜。時間は応相談で。お願いします!」
体に見合う大声に教室にいた同級生の注目が集まる。そんな中で一人の女生徒が誠たちの方へやってきた。
「お、誠くん、バイトするの?」
声を掛けてきたのは同級生であり、勇者ギルドの先輩にあたる
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