終章
新たな日常の始まり。長き旅の終わり
九月。
夏休みも終わり、新たな学期が始まる日を迎えた誠は部屋で久しぶりに制服に袖を通していた。
隣の部屋では寝坊した綾香が母親と口論しているようで騒々しい。
「忘れ物はなし」
昨日徹夜で終わらせた今日が期限の宿題を忘れずに鞄に入れ、誠は部屋のドアを開けた。
「あら、もう行くの?」
娘との口論を打ち切って母親が誠に声をかける。
「うん、ちょっと学校に用があるから。それじゃ、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
階段を降りていく息子の背中を見て母親は頬に手を当ててポツリと呟いた。
「なんか、あの子変わったわね」
「彼女でも出来たんじゃない?」
「えっ、そうなの!?」
「だって最近すぐにどこかに出かけちゃうしデートでもしてるんじゃないの~?」
「もしそうなら、あの子の笑顔を取り戻してくれた子に感謝しなきゃね。ってそれはいいからアンタも早く支度しなさい!」
―――
玄関を出た誠はまるで新品のように直った自転車に乗り清々しいほどの晴天の下、坂道を下っていく。
そして、あのメイリルと出会った公園に着くと自転車を止めて公園へ入っていく。
相変わらず人気もなく涼やかな公園の中に入ると誠はおもむろに支給されたヤオヨロズを手に取るとちょうど誰かから着信がきた。
「おはよう、マコト!」
「おはよう、メイリル」
あの戦いの後、異空間に存在する勇者ギルド本部に保護されたメイリルとこの時間帯に話すのが日課となっていた。
「今日から学校でしょ。忙しいならあとでかけ直そうか?」
「いや、あの公園に今いるんだ。家だと母さんとか聞き耳立てているし早く出てきたんだ」
「ありゃ、ひょっとして無駄に手間かけさせちゃった?」
「いや、そんなことないよ。それよりそっちの今日の予定は?」
「今日、材料が届くからこれでヴィエルヴィントとアリエントのコーティング作業が出来るって。それが終わったらテストするそうだけどマコトは来れるの?」
「今日は昼にはそっちに行けるよ」
「ん、わかった。じゃあ、主任さんにはそう伝えとくね。にしても、もうマコトにはヴィエルヴィントは必要ないんじゃない?」
「いや、多分まだ必要になる気がするんだ」
「そっか。私の方もこれで少しは働けるかな。いつまでも皆の好意に甘えている訳にもいかないし……あっ!」
「どうしたの!?」
「あはは、アリエント蹴っ飛ばしちゃってテーブルがひっくり返っちゃった。それじゃ、そろそろ切るね」
「うん、それじゃ、また後で」
―――
ヤオヨロズをベッドに置いてメイリルは一本足のテーブルを起き上がらせる。だが、その上に置いてあった、ある物が見当たらない。
「あれ、あれ?どこかに転がっちゃったかな?ああ、あったあった」
アリエントの先端の下敷きになっていたヴィエルヴィントを拾い上げてメイリルは安堵のため息を漏らす。
「さてと、とりあえずシャワーでも浴びてくるかな」
アリエントをテーブルに立てかけ、その近くにヴィエルヴィントを置いてメイリルは部屋を出ていった。
―――
もはや何も聞こえない。何も見えない暗闇の中、かつての戦神の欠片は漂っていた。
全てを投げ捨て消えるはずだったのに、未だに消える事が出来ない己の未練がましさにヴィエルは苦笑するしかなかった。
外の、あの頼りない若者の事は気になるが、しかしヴィエルは彼の勝利を信じて疑ってはいなかった。
「消えたくても消えられない。これが俺の罰か」
「あなたらしくないですよ、ヴィエル」
「!!」
既に感覚など失っているのにも関わらずヴィエルは確かに声を、そして自分の頬を撫でる手の温かさを感じた。
その声の主が誰かなど問うまでもなかった。
幾千もの刻の中で、ひたすらに会いたいと願い続けてきた人なのだから。
「ナイトゥ、俺は、俺は!!」
慟哭するヴィエルの魂をもう一つの魂が包み込む。
「さぁ、行きましょう。これで私もようやく眠りにつくことが出来ます」
「だが君は……」
「長い時を超え種子を希望の元へ運ぶ。全てを私たちの子を守るための長い旅でした。ですが、それももう終わりました。あとはこの先を行く者たちに委ねましょう」
「俺は、君の助けになれたのか?」
「あなたがいてくれたから私はここまで来られたのです。ありがとう、我が最愛の人」
「俺もだ。我が最愛の妻よ」
二つの魂はまるで踊る様にクルクルと周り溶けあうように消えていく。
―――
これより数年後、二柱の神の意志を継ぐ者が二つの世界を揺るがす事件に巻き込まれていくことになるのだが、それはまた別の話である。
光剣の勇者と神導の魔術師 完
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