光剣の勇者と神導の魔術師  5

 誠の目の前に人型になった喰らうモノが現れたのと同時に亜由美の前にも新たな喰らうモノが現れていた。


 「魔神タイプを壁に使うなんて随分と豪勢ね!」


 羊の頭と全裸の女性の胴体、背中にはコウモリのような翼をもつ五メートルはある喰らうモノと亜由美とメイリルは対峙していた。

 様々な形態をとる喰らうモノだが、ここ一番という時には特に戦闘に長けた姿を取る。

 その一つがこの動物の頭と人間の体を持つ『魔神』タイプである。

 魔術系の能力の扱いに長け、その恐るべき魔力は街一つを数分で灰燼に帰す事もできるという難敵である。

 翼をゆっくりと動かし宙に浮くと魔神は、どこか妖艶な手つきで腕を横に振る。ただ、それだけの胴さで無数の魔法陣が魔神の背後に描き出されるのを見てメイリルは絶句する。


 「嘘でしょ……。詠唱もなしにこんな数の魔術を展開するなんて」


 「まぁ、魔神タイプならこの程度は朝飯前だから」


 そう言いながら亜由美は魔眼で魔法陣、それを描く魔力に干渉して次々と魔法陣が力を発揮する前に破壊していく。その光景にメイリルが今度は唖然とした表情を亜由美に向ける。


 (この人もこの人でおかしいよ~!?というか、これもう魔法の領域なんじゃ……?)


 「メイリルさん、悪いけど作戦変更よ。あなたは誠くんの所へ行って」


 「え!?」


 「そんなに心配しなくても今の誠くんなら、ちゃんとあなたを守ってくれるって。それにあのディーオルフト?あれの無力化もあなたじゃないとできないんでしょ?」

 「それは、そうですけど……」


 「誠くんを助けてあげてね。それじゃお互い頑張りましょ!」


 明らかに魔神が自分にだけ敵意を向けている事を感じ取った亜由美がポンとメイリルの背を軽く叩く。幸いと言うべきか喰らう者たちにとって既にメイリルの存在は眼中にないようだ。

 自分の傍と誠の傍、どちらが安全かは計りかねるが確かな事はこれからここら一帯はかなり派手な戦いが繰り広げられることになる。その際に亜由美にはメイリルを守り切れる自信がなかった。

 亜由美の態度から考えを読み取ったのかメイリルは黙って頷いて魔神を迂回するようにして誠の元へ走っていく。


 (基本的に私の魔眼って攻めか探知がメインで防御がないのよね。今度じっくり魔眼を使った防御というのを考えよう。でも、どちらにせよメイリルさんは向こうに行ってもらう必要があるし、私は自分の役目を精一杯果たしましょうか!)


 本来の予定では、亜由美の援護を受けた誠が残る三つの核の内二つを破壊。弱った所で亜由美が喰らうモノの動きを止めメイリルが喰らうモノが飲み込んでいるディーオルフトを沈静化させたのちにトドメを刺すというものだった。

 喰らうモノは何物をも吸収してしまうが、時には消化できないモノが存在する。

 それは特に大きな力を持つモノに多く、それを飲み込んでいる喰らうモノは得てして特異な能力を持っていることが多い。

 だからこそ、神性武具を無力化できるというメイリルの能力に期待しての作戦だったのだが……。


 「まさか地球種特有の暴食の宴を使うなんてね。ちょっと想定が甘すぎたかなっ!」


 確かにこのアギトと呼ばれる種が地球に来て既に十日以上は経っている。その間に地球種を捕食、融合して情報を引き継いでいてもおかしくはなかった。それを見落としていたのは間違いなく亜由美の手落ちだろう。だがそれを悔やむのも反省するのも後ですればいい。


 亜由美は雑念を捨て向かってくる魔神に金色に輝く目を向ける。


 魔術が効かない相手と見るや魔神は武骨な棘付き棍棒を両手にもって亜由美へと振るう。更に亜由美が回避行動を取っている間に魔術を展開、魔法陣からマシンガンのように放たれた小さな炎の弾を狙いもつけずにばら撒く。


 「モードA展開!!」


 亜由美の声に反応して右手に青い刀身をもつショートソード、左手に円形のスモールシールドを身に付けかわしきれない炎の弾を弾く。二つとも輝石でコーティングを施してあるためそう簡単に喰われる心配のない亜由美の頼りになる相棒たちである。


 「私を、隊長格を舐めるなっ!」


 お返しとばかりに魔眼の力を発動すると魔神の体が急に鈍くなり四肢の先から石化していく。

 魔眼の定番といえる、この石化能力こそ亜由美の魔眼が一番初めに備えていた力であり、もっとも強力な能力なのである。

 魔眼の力に囚われた模倣の魔神が甲高い悲鳴を上げる。

 だが、魔神もまた負けてはいない。核を活性化させ無理やり石化を解除し出鱈目に魔術を展開し本能のままに暴れる。もはや勝っても負けても後がないのを理解しているがゆえに出し惜しみなしをする必要のない捨て身の攻撃を繰り広げる。


 「我慢比べをご所望なら付き合ってあげる。ただし、さっさとギブアップしてもらうけどね!」


 翼が石化して地面に落ち片膝をつく魔神を視て亜由美は薄く笑う。しかし額には玉のような汗が次々浮かび始めていた。


 (五分、無理すれば七分はいけるかな。あ~あ、あとでまた怒られるんだろうなぁ。まぁ、いいや、全部ボスのせいにすれば!)


 亜由美の魔眼は効果範囲が広く、様々な運用ができる極めて有用な『武器』であるが、一つ大きな弱点を抱えている。

 それは『武器』が直接的に体、神経、そして脳に繋がってしまっていることである。

 先にも述べたが地球人に異能力はほとんど備わっていない。当然、脳や体はそういった力を扱うようにはできていない。

 体の方は輝石の力で補う事が出来るが脳や神経はそうはいかない。

 結果的に魔眼を長期的に使う、あるいはその能力をフルに引き出そうとすると脳に負担を強いて、最悪意識を失う、場合によっては何らかの後遺症を残す事態にもなりかねないのだ。

 だが、それでも亜由美は自らの力を振るうことを躊躇わない。


 走っていくメイリルとその先にいる仲間を、そしてなにより自分の力を信じて。


 「さぁ、暴れるだけ暴れなさい。動きを止めた時があなたの最期なんだから!」


 雷撃を盾で受け、氷の矢を剣で弾き、足元に発生した炎の渦を後ろに飛んで避ける。この一連の行動をしながらも亜由美は視線を外さない。

 魔神の手が完全に石化し棍棒が床に落ちて粒子に戻る。

 足も石化し砕け散り体がゆっくりと床に倒れそうになるのを新たに脇腹から生やした毛むくじゃらの二本の腕が支える。

 そして上体を反らしと鳩尾部分から人間を一飲みに出来そうな蛇の頭がまっすぐ亜由美に食らいつこうと大口を広げ向かっていった。

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