全てを喰らうモノ  5

 ベチッと鈍い音を立てて背中から地面に落ちた誠が呻きつつ体を立たせる。

 人形の投げたフォークが当たった背中を再び打ち付けたことで痛みがぶり返すして涙目になりながら誠は周囲を見渡す。

 周囲は森だが、しかし明らかに二番目に見た景色とは雰囲気が違い過ぎた。

 ねじくれて毒々しい紫色の木が立ち並び、その幹からは同じような色の樹液が地面に流れ落ちていく。

 木も草も花もあるが、その全てが紛い物。ひたすらに醜悪さを追求したような悪意が透けて見えてくるようだった。

 唯一の救いは悪臭などがないことだが、その臭いのなさが更に作り物っぽさを演出していた。


 「メイリルが言っていた北の森ってこんな感じだったのかな」


 まるで心が落ち着かない森の中を誠は歩き出す。時折、木の幹から黒いガスが噴き出されるのを避け手で口を鼻を隠して進んでいくと森が開けて小さな広場のような場所に出た。


 「なんだ、ここ?」


 その広場の中央には誠よりも大きい深紅の巨石が黒いモヤを纏って佇んでいた。

 見ただけでも禍々しい石の後ろからのそりとしなやかな体を持つ動物が姿を現わした。

 虎に似た姿を持つが地面に届くほど伸びた牙と三メートルを超える尻尾が誠の知るソレとは大きく異なっている。

 そして何よりこの獣が纏うのは圧倒的な死の気配だ。

 今まで追いかけ回してきた人形とは違う雰囲気に誠は飲まれ恥も外聞もなく一目散に来た道を走ろうとしたが、その足に何かが絡みつく。

 あっと思う間もなく誠の体は軽々と引っ張られ広場を囲む木に叩きつけられた。


 「がはっ!」


 痛みと衝撃で肺の空気が強制的に全て外に出る。

 するりと誠の足に絡みついていた獣の尻尾が解け解放される。

 どうやらあの尻尾は伸縮自在で体とは別に独立して動くことができるようだ。現に獣は最初に立っていた場所から一歩も動いてはいない。

 そして尻尾は誠の手から零れ落ちたヴィエルヴィントを奪い取ろうとする。


 「わ、渡すものかよっ……!」


 ズキズキと痛む腕を伸ばしてヴィエルヴィントを抱え込むようにして体を丸くするが……。


 「ぐはっ!」


 再び足に絡みついた尻尾に誠の体は人形のように投げ飛ばされた。

 地面に叩きつけれらた誠の目には悠々とヴィエルヴィントを回収しようとしている獣が映る。

 だが、もう誠にはそれに抗う力は残されていなかった。


 (結局、俺には何も出来ないのか……。あの時と同じでただ震えて見ているしか)


 そう諦めかけた時、どこからか男の声が聞こえた気がした。


―――

 (どうした?もう諦めるのか、若人よ?)


 (諦めたくないさ!けど、俺にはもう……)


 (そうさな。そう簡単に諦められては困る)


 (あんたが何か力を貸してくれるのか?)


 (ワッハッハ!それは無理だ。なぜならワシは亡霊のようなものじゃからな!)


 (……)


 (それにお主にはワシの加護なぞ必要なかろうて。そら、お主の心、抗おうとする心に呼応しておるソレに意識を集中しろ)


 (ソレって何だよ?)


 (その首から下がっておるモノじゃ!)


 謎の声に言われて誠は首にかけていたペンダントを握りしめる。

 ソレはここに落ちてくる前にドローンに渡された袋に入っていたものだった。

 綺麗な白い石を円形に錬磨した簡素な物だが、詳しく調べる前に人形型のアギトに追いかけ回されてそれどころじゃなかったのだ。


 (意志を強く持て!願え!そして、思い出せ、あの娘の顔を!)


 (俺の意志、願い……。そんなの一つしかない!俺はメイリルを助けたいんだ!!)


 虚ろだった誠の瞳に強い意思が宿る。

 それに呼応するかのようにペンダントが強く輝き闇を払う。

 そして誠の意識もまた光に飲み込まれた。

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