全てを喰らうモノ  6

 そこはとても静かな場所だった。

 上下左右に何もなくどこまでも白い空間に誠は一人漂っていた。


 「また妙な場所に飛ばされた?」


 不思議な光景だが不思議と恐怖などは沸いてこない。むしろ心地よさすら感じるその理由はずっと誠の心をざわつかせていた『虫の知らせ』がぱったりと無くなっていたからだ。

 それに酷く痛めつけられた体にまったく痛みを感じない。


 「まさか死んだってことはないよな?」


 この妙な居心地の良さは天国的な何かではないかと焦る。三途の川らしき物を見た人の談では渡らずに引き返したことで現世に帰還できたという話を聞いたことがある。だがその川らしき物もないこの空間で、いやそもそも地面すらないこの空間で自分が何をすればよいのか分からず誠はただ立ち尽くしていた。


 「だからって諦めて死んでられるか!」


 だが手足をばたつかせても全く文字通り空を切り動くことができない。


 「落ち着け。傍から見ていると馬鹿みたいじゃぞ?」


 「だ、誰だ!?」


 突然聞き覚えのある男の声に呼びかけられた誠が驚いて振り向く。

 さっきまで誰も居なかったはずの場所には半透明の人が立っていた。おぼろげな姿ながらもまるでファンタジー世界のような煌びやかな、しかし所々傷がある甲冑をきていることから位の高い武人といった雰囲気を備えている。しかし顔の半分が立派な角飾りをもつ兜に隠され表情は見えない。

 口調は老人のようだが二メートルはあるだろう立派な体格と威風に誠は自然身が引き締まる。


 「ようやくワシの声が届いたか。それだけでなく、この空間に満ちる力は残滓に過ぎないワシにも力を与えてくれるのか。いやはや大した力じゃ」


 「……あなたがさっき俺に話しかけてきた人なのか?」


 「然り。もっとも人かと問われると少々自信がないがの。ああ、そう警戒せんでくれ。ワシはお前の味方じゃ。お前さんがあの重荷を背負わされた娘の味方であるのならな」


 「娘?メイリルの事か?結局あなたは何者、というか何なんだ?」


 「言ったじゃろう、亡霊じゃと。お前が持っていたヴィエルヴィントに残っていた魂の残滓じゃ」


 「前にヴィエルヴィントを持っていた人の幽霊ってことか。でもなんでそんな人がここにいるんだ?」


 「簡単に言えばお前の魂とワシの魂が結び付いたからじゃろうな。本来ならここはお前が自身の内面と向き合う試練の場になったのじゃろうがワシが邪魔してしまったようじゃ。じゃがそのおかげでお前と直接話せるのじゃからこの場を作った主に感謝せねばなるまいて」


 自称亡霊が芝居がかった仕草で胸に手を当て深く頭を下げた。


 「ここに溢れる力はなんと清浄であることか。まるで我が故郷を思い出させる。あのちっぽけな石にこれほどの力が秘められているとはな。異世界には我が知らぬものがまだまだ沢山あるのだな!」


 「いや、うん、それはいいから結局あなたは誰なんですか?」


 話しているうちにテンションが高くなってきた亡霊と対照的に誠は半眼になって冷ややかに再度質問をする。


 「おっと、すまん。こうして誰かと話をするのも久しぶりでな。ついつい気分が高揚してしまった。昔からの悪い癖じゃな。ナイトゥにもよく注意されたのじゃが」


 「ナイトゥ?それって確かアリエントを作った神様の名前じゃ……」


 「ほう、あの娘から聞いたか。ならワシの事もきいておるかもしれんの。では、改めて名乗ろう。我が名はヴィエル。肩書は色々あるが戦神の呼び名が一般的じゃな」


 「ヴィエル?ひょっとしてあなたがヴィエルヴィントを作った人、じゃなくて神様なんですか!?」


 「正確に言えばヴィエルヴィントに残された戦神ヴィエルの力の残滓じゃな。ちなみにヴィエルヴィントとはヴィエルの刃という意味じゃから憶えておくとよいぞ」


 「いや、そんな豆知識を伝授されても」


 その威容に釣り合わない妙なフレンドリーな態度に呆れつつも、目の前の神を名乗る存在の言葉を誠は不思議と疑わなかった。それはこの自称亡霊から感じる力がヴィエルヴィントから感じた力と似ているからだった。


 「ってこんな所でいつまでもいられないんだった。すみませんが、俺を戻してくれませんか!?」


 「それは無理じゃ。この空間はワシが作ったものではないからの。ここの主は別におる」


 「別にいるって、どこに?」


 「ここら全てじゃ。お前の前に後ろに右に左に存在しておる。分からんか?お前の鋭敏な感覚なら分かろうものじゃがな」


 一体この老人は何を言っているのだろうと誠は戸惑う。あるいはただ単にからかわれているのだろうか?

 だが、どちらにしても答えは得られそうにないので誠は質問を変える事にした。


 「じゃあ、その神様の欠片?がどうしてここにいるんです?」


 「本来ならばお前一人がここに招かれるのじゃが、ワシとお前の間に繋がりが出来たためにワシもついでに引き込まれてしまったといったところだろうな。つまりワシは招かれざる客というわけだな」


 「繋がりなんてありましたっけ?」


 「冷たいのう。ワシは何度もお前に呼びかけていたぞ?」


 「呼びかけていたって……。まさか、あの音か!?」


 どうやらあのヴィエルヴィントが発する怪音は、この神様の声だったらしい。


 「でも、どうしてメイリルじゃなくて俺にしか聞こえないんです?そもそもメイリルの話じゃ神様が宿っているなんて話はなかったですよ」


 「それはそうじゃろう。あの娘にはワシの剣を扱う素養がないからの」


 「それを言ったら魔力のない俺なんか問題外だと思うんですけど?」


 「そうじゃな。じゃがお前はワシの声なき声を聞いて剣を手に取った。魔力の有無なぞ些細なこと、その行動にこそ意味があるのじゃよ」


 「……ごめんなさい、何を言っているのかさっぱりなんですけど」


 「気にするな。ワシもただそれっぽい事を言っているだけじゃ」


 「…………」


 「そう睨むな。そもそもワシとて異世界の若者と言葉を交わす日がこようとは夢にも思わんかったわ。このワシらの出会いに意味があるのかどうかなぞ知る訳なかろうて。じゃが、もう一つの問いには答えてやれるぞ。ワシが目覚めたのはアリエントと共鳴したからじゃろう」


 「アリエントと?何か因縁でもあるんですか?」


 「……そうじゃな。エンドゥとも色々あったからのう」


 そのしみじみとした呟きだけで、このとぼけた戦神と知識神の間に様々なことがあったのが察せられた。

 だが、ヴィエルが言葉を続けようとするまえに彼の体が段々と薄れていってしまう


 「おっとすまんな。どうやら時間切れのようじゃ」


 「時間切れって……」


 「ヴィエルヴィントと離れたせいで姿が保てんのじゃ。あとはお前に任せるしかないの」


 「任せるって、何をどうすれば……」


 「本来は誰かが教えることではないのじゃろうが今回は大目にみてもらうとしよう」


 そういってヴィエルは両手を広げて声をあげた。それは今までのような人の好さそうな好々爺然とした声ではなく、まさに戦神と呼ばれるにふさわしい威厳に満ちた声で誠に告げる。


 「願え、我が後継よ。お前の意志こそが全てを決めるのだ。お前は何を勝ちとりたい?誰を救いたい?勝利の果てに何を求める?」


 「俺が、願う事……」


 その言葉に誠の心に様々な思いが去就する。

 そして、残ったのは一人の少女の笑顔。


 「心は定まったようだな」


 「ああ」


 「うむ、いい顔だ。ではこれより戦いに赴く若き戦士に一つアドバイスを贈ろう」


 「また適当な事を言うんじゃないでしょうね?」


 「我は仮にも戦神と呼ばれた男だ、戦の事で嘘は言わんさ。さてと我から贈る言葉は、感覚を研ぎ澄ませ、だ」


 「感覚を研ぎ澄ませる……」


 「君は自分の鋭すぎる感覚を疎ましく思っているが我からしたら贅沢な悩みだ。その力、極まれば運命すら変える事ができる物なのだぞ」


 「そ、そんなことを言われても……」


 「精進するがよい。力を磨き力に溺れるな。……決して我のようにはなるな」

 「え?」


 「では近いうちにまた会おう!」


 最後の言葉だけが聞き取れず誠が聞き返そうとするがヴィエルは片手をあげて消えてしまった。


 「なんか言いたいことだけ言って消えていったな、あの人」


 結局、知りたいことのほとんどが知れないままな気がするが、それでも誠はあの戦神に好感を持ち始めていた。


 「そうだな。あの人の事を聞くためにもメイリルの所へ行かないと!」


 そう決意した誠の上からサッカーボール大の光の球がゆっくりと降りてきた。

 何の気もなしに誠がその球に触れると爆発的に光を放出する。そして放たれた光は今度は誠の体へと収束していく。


 (な、なんだ、これ!?)


 誠の体に入り込んだ光は『力』となって体内を駆け巡る。

 体が中から爆発しそうな感覚だが恐怖はない。

 むしろ、あるのが当たり前なほどに体に力が馴染んでいくのを感じる


 そして、誠はゆっくりと倒れていた体を起こした。

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