全てを喰らうモノ 4
「ごめんなさい、アユミさん!私のせいでお友達が……」
「大丈夫!まだ諦めるのは早いよ、マシロ!」
「しかしなぜ喰らうモノは無理やり咲村君を転移させた?訳がわからん」
「幻視者殺すべし、がアイツらのいつもの行動方針だもんね」
巣に突入した三人には、その理由を特定することができなかった。
なぜ幻視者=誠が狙われるのかを説明するにはまず喰らうモノの生態について説明する必要があるだろう。
地球に来た喰らうモノの力が削がれほとんどの個体は死に至る。だが、そんな環境でも生き残るタフな個体はいる。
その生き残りは自ら手にした力を放り捨てアメーバ状の素体と呼ばれる状態に進化を逆行して生き残りを図る。体を維持する力を確保できなのなら極限までコストをカットすることを選んだのだ。
そして残りの力の大半を使い小さな異空間である巣を作り、そこを拠点にしてせっせと微生物などを食べて生き残りを図るのだが、当然この素体形態は脆い。それこそ知らずに人に踏みつけられた程度でも体が崩壊してしまうほどに弱い。さらにここまでしても尚地球環境の中では数秒しか形を保つことができない。それ故に異常な程の隠密能力を発揮し人目にふれないようにしている。
だが、地球の環境は喰らうモノにとってデメリットしかない訳ではなかった。
超常の力の耐性が極めて低い地球人には喰らうモノの存在を認知することが基本的に出来ない。
それ故に。
誰にも気づかれずに活動したい喰らうモノと。
それに気づかずにいられるからこそ襲われる事を免れている地球人。
という、なんとも奇妙な共存が実現してしまったのである。
しかし何事においても例外は存在する。
例えば生まれつき霊感、あるいは第六感と呼ばれる感覚が鋭い人間は喰らうモノの存在を認識できてしまうことがある。
そして、もう一つの例外は後天的にそういった能力を獲得してしまった者たちである。
そう、例えば喰らうモノに襲われることで強制的に超常感覚を開花させられてしまった誠のような存在だ。
亜由美たちが言う幻視者とはこれらの『喰らうモノが見えてしまう人』の事なのである。
そして喰らうモノは幻視者を恐れる。
己の弱さを知るが故に己の存在を知る者を放置するわけにはいかないからだ。
その幻視者への恐怖は成長を果たし人間を簡単に殺せるようになってからも持ち続け執拗に狙い続ける習性を持ち続ける。
「その咲村くんが幻視者になったのは二年前の事件が原因なんだろう?今までよく無事だったな」
「持山町付近はそんなに喰らうモノが出なかったから。それでも同じ学校、同じクラスにいたのに全然気づかなかった自分が情けないわ」
「そんなことないです!というかそれを言ったら目の前に居たのに助けられなかったわたしの方がよっぽど……!」
「ストップ。反省会は全て終わってからだ。外から援軍が来るし状況は改善されている。きっとなんとかなる。まだ反応はあるんだろう、アユミ?」
「うん、かなり見えづらいけど。ただ誠くんじゃない方の人が見えなくなった。ただ視界が悪くなったせいだといいんだけど……」
「少しずつだけど敵の強さが上がっている気がします。もう一人の方が戦えば戦うほど力を奪われているのでは?」
「だろうな。恐らく喰らうモノはナニカを食べて力を増している。咲村君を追いかけ回しているのもそのナニカを使わせるためじゃないか?」
「材料を食べるより料理されたものを食べたい的な?」
「物質を食べるよりエネルギーを吸収する方が変換効率がいいと資料に書いてあった。もっとも注釈に仮説とあったけどな」
「えっと、つまり咲村さんを追いかけ回しているのはその力を出させるためということですか?でも、そんなの……」
「無理ね。喰らうモノが期待しているのは魔力的な物なんでしょうけど地球人にはそんな力はないから。もっとも勘違いしているのなら、それはこっちにとってはチャンスでもあるけど」
「殺さず追いかけ回してくれていた方がこちらとしては時間の猶予はあるからな。だけど、いつまでもというわけにはいかないだろう?」
「もちろん。そもそも相手は加減なんてできる器用な奴らじゃないから。出来るだけ早く助けるにこしたことはないってね!」
会話をしつつも三者三様に喰らうモノとの戦いは続けられていた。
密林の中、二メートル大の三角錐型の『通信塔』を守るためにりっくんこと
マシロはしつこく絡んでくる巨大な鳥型の喰らうモノの群れと森の上空でドッグファイトを展開している。
そして亜由美は草地に擬態していた巨大なトカゲの爪をジャンプで躱し勢いを殺さず走り抜けると再び風景が変わる。
「おっ、ここさっき話に出た砂漠じゃない?ぶっさいくな人形モドキがウロウロしているし」
「あっ、きっとそうです!何か視えますか?」
「……微かに意図的に空間を捻じ曲げた痕跡が残っている。でも、それだけ辿るのは無理ね」
「うう……。私が敵の殲滅より保護を優先すれば……」
「ほら、落ち込まないの!大丈夫、こういう事態になることを見越してアダムが誠くんにアレを渡しているし!」
「とは言うがアレを使えこなせるかは分からないだろう?」
「りっくん、お願いだから空気読もう?」
「うっ、すまない。だが……」
「私もマシロもそれで安心だ~なんて本気で思っていないって。援軍ももう来るしここから巻き返す!いいわね、二人とも!」
「言われずとも!」
「了解です!」
「ん、いい返事。それじゃ一旦通信切るよ」
通信を切った亜由美の前に百は下らない数の喰らうモノの群れが立ち塞がる。
「邪魔だって言ってんのよ!」
その群れを一睨みで蹴散らして亜由美は走る。
マシロを励ますために明るく振舞ったが内心亜由美もかなり焦っていた。
自分が誠より早く異世界からの来訪者を探し出せていれば、今朝電話した時に危機を知らせていればといった後悔で気持ちが鎌首をもたげ心を締め付ける。
今までも「誰か」を救うために戦ってきたが「友達」を救うための戦いは初めてだった。
今日この時、田村亜由美は「誰かの命を背負う重み」を本当の意味で理解しいやと言うほど感じていた。
けれども、彼女は止まらない。
願いも重みも全てを受け入れて彼女は走る。
後悔で立ち止まっても誰も救えはしない。それを教えてくれた人たちがいるから亜由美はただひたすらに走る。
「絶対に私が助けてみせる!」
そう叫ぶ亜由美の魔眼に一つの光が映る。
生まれた光は周囲の闇を吹き飛ばし亜由美の魔眼の視界を確保してくれた。
歪んだ空間に迷うことなく亜由美は飛び込んでいった。
それぞれの思いが力となって、今、最後の道が開かれようとしていた。
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