その名は…… 2
場面は先ほど誠たちがアギトと遭遇した住宅街から少し離れた路地裏。
足元には壊れた自転車を置き自分のスマートフォン……に似せた万能ツール『ヤオヨロズ』を手にした亜由美が立っていた。
(さて、誠くんが無事だったのは喜ばしいことだけど色々聞き出さないといけないのよね)
そもそも咲村誠は特殊な異能の持ち主なのか?
(喰らうモノの侵食空間の中でも動けたのなら幻視者である可能性はある。でも喰らうモノ相手に立ち回れるような戦闘能力はないはず。そんな強力な力があるのなら私は見逃さない。だからこの可能性は捨ててもいいはず)
頭はフル回転、されど口調はあくまで普通にを心掛けて。何気ない口調で亜由美が話し始める。
「急にごめんね。ちょっと聞きたいことがあったから電話しちゃった。ん、なんか声を潜めているけどもしかして誰かと一緒にいたり?」
「い、いや。そんな事ないよ」
(おっ、ちょっと焦った?もしかしてビンゴかな)
咲村誠自身に窮地を脱する能力がないとしたら別の誰かがその能力を持っているはず。そしてその人物こそ亜由美が探していた相手に違いない。
もし亜由美の探している相手だとしたら当然秘匿したいと思うに違いない。
「でも、誰から俺の番号を聞いたの?番号交換してなかったよね」
「実は前にも聞きたい事があったから○○くんから聞いてはいたんだ~。その時はかける前に聞きたかった事が解決しちゃったから使わなかったんだけどね」
大嘘である。つい今しがた亜由美の頼りになる仲間が少々非合法な行為で番号を手に入れたのだ。少々良心が痛むがこれも悲劇を防ぐためにやむを得ないと割り切る。もし彼が『こちら側』に人間だったら後で謝るつもりだが、果たして……。
「でさ、今日も元気に調査で歩いていたんだけど駅の近くで誠くんの壊れた自転車を見つけたんだけど。前輪の所に名前が書いてあるし、後輪の所にうちの学校のステッカーもあるし間違いないかなって」
「…………あっ!え~と、実は自転車盗まれていたんだ」
(不自然な間。多分嘘をついている。今の今まで自転車の事を忘れていたんでしょうね。まぁ、アレを見た後なら無理もないでしょうけど)
既に彼の居場所はスマホのGPS機能をハッキングして判明しているし自宅の住所も把握済みだ。
とはいえ、いきなり乗り込むわけにもいかない。下手に誠の同行者を刺激すればまた逃げられてしまうかもしれない。
それに誠自身も、どの程度まで『視えてしまう』のかを確かめなければならない。
「そうなんだ。結構派手に壊されちゃっているけど取りに来る?」
「ああ、いや、その……」
「ああ、都合悪い感じ?今日は出かけるのかな?」
「う、うん、そうなんだ。自転車はそこに置いておいてくれていいよ」
「いやいや、それじゃ盗まれ……はしないだろうけど捨てられちゃうかもしれないよ。良ければ私の家で預かるけど?」
「え!?いや、そんな悪いよ!」
「いいって、いいって。ここから私の家までそんな離れてもいないから。都合がいい時に連絡くれればいいから」
「その、本当にごめん」
「ははは、でさ、ギブアンドテイクってことで一つ私の調査に協力してくれないかな?」
「調査?……ああ、あのコインの事?」
「そそ。お手数をおかけしますが何卒……」
「いや、全然かまわないんだけど。その、もし、コインを置いていった犯人を見つけたとしたらどうするの?」
「そうだね~、あなたがやった事は泥棒です!ってお説教する。それでもし困っている事があるのなら力を貸してあげたい、なんてちょっと偉そう?」
「いや、すごく立派だと思うよ、本当に。それで俺は何をすればいいの?」
「うん、実はね、ある情報サイトを覗いて情報を集めて欲しいんだ」
「情報サイト?」
「そう。関東地方限定の怪しげな話が満載で結構面白いんだよ。もしかしたら、そこに情報がでてるかもしれないって思って」
「別にそれくらいなら構わないよ。コインの事を調べればいいんだよね?」
「うん、URLとかはメールで送るからよろしくね!それじゃ、切るね」
「色々ありがとう、田村さん」
「いいってことよ、じゃ~ね~」
―――
なんとか上手く誘導できたと思う。
もし彼が見えるはずのないモノが見えてしまう幻視者であるのならサイトに仕込んである秘密に気づくはずだ。
「ドローンは飛ばしてくれた?……こっちの首尾は上々。向こうも余裕はないだろうからそう遠くないうちに仕掛けてくるよ。極上のエサを目の前にしてお座りしているお行儀のいいことをする奴らじゃないでしょ?出来るだけ人数は欲しいけど……、うん、わかってる。確認できたらすぐに事情を説明して保護しないとね。それじゃ、一旦切るね」
ヤオヨロズをポケットにしまってから足元にある自転車を片手でひょいっと持ち上げ亜由美が家への最短距離を走り出す。塀から家の屋根を走り、線路も軽々飛び越えていく、その姿はまるで忍者のようである。
こうして、本当なら歩いてニ十分はかかる距離を三分に短縮させて亜由美は自分の家へと帰り着いた。
―――
「ただいま~」
庭の隅に誠の自転車を置いた亜由美は家に入る。
さっとシャワーを浴びて自分の部屋に入ると敷きっぱなしの布団に転がる。
(少しくらい休まないと……身が……)
ここ数日、緊急任務などで忙しかった亜由美はあっさりと夢の世界に落ちていった。
万全な態勢、とまではいかないが現状最上の監視体制を整えたという思いがあったのだろう。
しかし、事態は亜由美の予想を超えた方向に転がっていくのだが、彼女がそれを知るのはもう少し後のことである。
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