第四章
その名は…… 1
「ぐえっ!」
「きゃっ!」
一瞬の浮遊感が終わるとあったはずの地面が無くなり一メートルほど落下して誠は腹からメイリルはお尻からぬかるみに着地した。
「ぺっぺっ、ここは?」
口に入った泥を吐き出しながら誠は体をゆっくり持ち上げる。
涼しげな木陰、薄汚れたベンチ、小さな鉄棒に水飲み場。そこは昨日メイリルと出会った公園の中だった。今日も相変わらず人は居ない。
「な、なんとか、戻れ、たね。いや、さすがに、二人転移は、疲れる、よ」
「メイリル、すごく顔色が悪いけど大丈夫?」
「ごめん、ちょっと手を貸して。あっちのベンチまで連れて行って」
息も絶え絶えで顔色も悪いメイリルに肩をかして誠はベンチにメイリルを座らせる。腰に巻いていたリュックの一部だったポシェットから小さな小瓶を取り出すとそれを一気に飲み干した。
「ごめんね。急な転移だったから、座標設定が甘かった、みたい」
「いや、この程度なんてことないよ。それよりさっき飲んだの?」
「これは魔力回復薬だよ。味は、まぁ大して美味しくはないけど。ちょっと飲んでみる?」
「いや、遠慮しておく。あれ?アリエントは無尽蔵に魔力を生み出せるとか言ってなかった?」
「一回魔力を放出すると、しばらく時間を置かないと出来ないんだよ。元々そういう仕組みなのか、私の適性が低いせいなのか分からないけどね。さてと、ちょっと手を洗おうっと。誠も顔が酷いことになっているから洗った方がいいよ?」
その後、二人は手洗い場で手や顔を洗い、メイリルの魔術で服の泥も落としてから改めてベンチに座った。まだメイリルの顔色が優れないのでしばらく休んでからの動いた方がいい、というのが誠の弁だが、実際は一刻も早く情報交換したいというのが本音だった。
それから二人はお互い朝にあった出来事を交互に話した。
「呼んでいたような音、ねぇ」
「具体的にどうこうって説明は出来ないんだけど、でもそう感じたんだ。信じてもらえないかもしれないけど」
「あっ、マコトの事を疑っている訳じゃないよ?現に君はあの場所に来たんだから。偶然っていうには流石に出来すぎだよ。ただ、なんでその音を私じゃなくて誠が聞こえたのかが疑問なんだよね」
「それは俺も思った。それに共鳴は他の場所からも発せられていたんだろう?なんで、この……、そういえばこの筒はなんていう名前なの?」
「退魔の剣、『ヴィエルヴィント』。戦神ヴィエルの力を宿した武器だよ。今、誠が持っているのは柄の部分だけで持ち主の魔力を刀身に換えて敵を切り裂く武器で、私たちの世界ではもっとも知られた神性武具なんだ。それぞれの時代、英雄と呼ばれる人の手には必ずこの光の剣があったといっても過言ではない、まさに伝説の武器!戦士なら誰もが手にすることを望む至高の一品なんだよ!」
「ああ、うん、そうなんだ」
話しているうちにヒートアップしてきたメイリルにたじろぎながらベンチから立ち上がる。今もその英雄の武器ヴィエルヴィントは誠の手の中にある。
しかし、もう光も発してはいなければ音もしないそれは、ただの大きい文鎮のようにしか見えない。
今の姿を見て伝説の武器と言われても誰も信じないのではないだろうか。
「う~ん、強力な神性武具は使い手を選ぶというけど、ひょっとしてマコトが……?」
「ない、ない、それはない、絶対にない」
「え~、どうしてそう言い切れるの?」
「あの一撃は俺じゃなくてアリエントの魔力を使って出来たんだよ。別に俺に凄い力があるとかって訳じゃないよ」
「アリエントの?ああ、あの時放出した魔力か~。でも、よくそんな方法思いついたね」
「いや、だから俺は何もしていないって。勝手にコレが俺の体を動かしてやったんだよ、多分……」
「ヴィエルヴィントが体を勝手に乗っ取った?そんな話聞いたことないけど。でもそうだとしたら、もしかして……。う~ん、まぁいいや。とりあえずソレはマコトが持っていて」
「へ?」
「お守り代わりだよ。またアギトが現れるかもしれないし持ってれば役に立つかもしれないでしょ」
「そうかなぁ。もうあんな奇跡は起きないとおもうけど」
「じゃあ、これはお願い。少しの間預かっていてもらいたいんだ。……ダメ?」
自分が持っているよりメイリルが持っていた方がいいと思うのだが真剣な目をして見つめてくるメイリルを見て誠は反論を飲み込む。
気休め程度のお守りだとしても。それでメイリルの気が休まるのなら預かるくらいはいいだろう。
それにメイリルがこう申し出た原因は自分がのこのこ危険な場所に入り込んだことだろう。
(もう泣かせるようなことはしたくないからな)
そう思って誠はヴィエルヴィントを握りしめた。その時微かにまたあの音が聞こえた気がした。
誠が頷いたのをみて安心したのかメイリルが微笑む。
ずっと難しい顔をしていたメイリルの笑顔を見て誠もホッとした。
「でっ、次にだけど……」
そのまま、先ほど体験したことを確認しようとするメイリルの気勢を削ぐかのようにリンリンとベルの音が静かな公園に響く。その音の正体は。
「ごめん、俺のスマホだ。えっと誰かから連絡がきたって言えばいいのかな」
当然スマホなる単語を知らず怪訝そうなメイリルに簡単に説明をして誠は相手を確かめようと画面を見る。
派手に地面に転がったせいで画面の端がひび割れているが、それでもスマホは己の役目を全うしている。懐に痛い修理費用の事は一旦忘れて通知されている番号をみるが全く知らない相手だった。
時刻は八時半。誠的には色々あったがまだ朝早い時間だ。悪戯や勧誘などではないとは思うが今はメイリルとの話を優先すべきと思ったのだが。
「あれ、話さないの?」
と気をつかうつもりだった相手から電話に出る事を催促されてしまった。
(そういえばメイリルって地球の技術にすごく食いついてきてたな)
元々機械、あるいは技術に興味がある子なのかもしれない。今も誠が持っている小さな板切れでどう連絡をとるのかと興味津々で見ている。
期待を裏切るのも悪いのでとりあえず電話に出てみる事にする。
「はい、もしもし……」
「あっ、繋がった!じゃなくて、誠くん?私だよ、私」
「えっと、どちら様でしょうか?」
「え~、昨日会ったのに冷たいな~。同級生の田村亜由美だよ~」
「た、田村さん!?」
突然で意外な相手に誠の頭は真っ白になり、メイリルはその誠の反応を不思議そうに見ていた。
だが、その一方亜由美の方もまた脳をフル回転させていたことを誠が知る由もなかった。
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