幕間
共鳴
暗い闇の中。次元の狭間に潜むソレは機会を窺っていた。
こんなはずではなかった。
いくつもの世界を渡り何億もの獲物を狩り力を得たはずの雄大な体は無残なほどに傷つき再生もままならない。
自らが生み出した何千もの尖兵は、この渇いた地に耐え切れずにすぐに爆散した。辛うじて耐えた個体も、あの恐るべき天敵たちに狩られ、蓄えた力の元をほとんどが奪われた。
だが、そんな状態でもソレに退くという選択肢はなかった。
現地種と融合し僅かながらではあるが渇きに耐性を得たソレはなんとか力を奪い返そうとしていた。だが彼我の戦力差は如何ともしがたく耐え忍ぶ日々が続いていた。
そんなときである。僅かだが、渇きの地にあの天敵たちとは違う力を感知した。
ソレは知っていた。少し前に似た力を喰らった事を。その力を持つ獲物を引き寄せる方法を。
故にソレはその方法を実行する。
腹の中にあるモノに力を流し込む。そして、ほんの少しだけ次元を裂き、その波動を放つ。
こうすれば、あとは向こうから寄ってくるはずだ。その時を待ってソレは再び闇の中に沈む。獲物が近寄ってきた時こそ力を取り戻す時だと信じて。
しかし、ソレは知らなかった。
その波動を感知できるのが他にいるという事実を。
ソレがもっとも恐れる者たちもまた網を張り巡らしていた事を。
―――
ほぼ同時刻、持山町のある家にて。
軽快な行進曲を鳴らし眠りを邪魔するスマホを半ば無意識に手に取った少女はぼんやりと壁に掛けられた時計を見る。午前五時半。セットした目覚ましアラームの時刻より一時間半も早い。それでも、その着信が悪戯でもなければ無意味なお喋りのためでないを知っている少女は目をこすりながらスマホに喋りかける。
「はいは~い。どしたの~?」
「緊急連絡デス。サキホド持山町付近ニテ4ツノ異常反応ヲ確認シマシタ」
男性の声を模した機械音声を聞いて少女は布団から跳ね起きた。
「異常反応?」
「90%ノ確率で以前入手シタ アーティファクト ニ関係シテイルト推測サレマス」
「四つね。この前の生き残りも四体。やっぱりまだこの辺りに潜んでいたのね。もう誰か出た?」
「宿直組ノ3人ガ既ニ出撃シマシタ。他ノ方タチニモ連絡中デスガ……」
「この時間じゃ親と暮らしている子じゃ出てくるのは難しいか。まぁ、私はたまたま親が旅行中だから問題ないけど!」
パジャマを脱ぎ捨て、動きやすいボーイッシュな服装に着替え、最後に手品のように何もない場所から取り出した黒いロングコートに腕を通す。
「前に戦ったのと同じ程度の強さなら下手に分散しない方がいいね。二人ずつの二手に分かれましょう。表に出てきてくれれば私の目で追えるんだけど、どうせまたコソコソ隠れているんでしょ」
「ソレガドウモ移動シナガラ定期的ニ、アル種ノ波長ヲ放出シテイルノデス。ソレニ関シテ、モウヒトツ報告ガアリマス」
「報告?」
洗面所に移動して最低限の身だしなみを整えていた少女が聞き返す。
「4ツノ反応ガアルト報告シマシタガ、モウ1ツ微弱デハアリマシタガ反応ガアッタノデス」
「チーフは何か言ってた?」
「嗅ぎ付けたのだろう、ト仰ッテイマシタ」
「でしょうね。わざと餌をチラつかせようってことでしょ。こうなる前に見つけたかったんだけどね。それで、その微弱な反応は今は?」
「既ニ消失シテ追跡は不可能デス。データ転送ハ完了シテイマス」
慣れた手つきで少女がスマホを操作すると持山町の地図が空中に投影される。その地図には大きな赤丸が東西南北に四つ、やや中心からずれた南寄りに黄色い丸が一つ点滅している。
「またきれいにバラけてるわね。……オーケー、北と東の反応を調べましょう」
「了解。微弱ナ反応ハ無視シテイイノデスカ?」
「いい訳じゃないけど、でも、すぐに反応が消えたという事は警戒はしているって事でしょう?私でも発見できないのに、ただでさえ少ない人を割けないから。まずは捕まえやすいところから捕まえる。そうすれば隠れているヒトも安全になるしね。本格的な追跡は調査班に出したサンプル解析まで待つわ。一応聞くけどアーティファクトは持ち出しちゃダメ?」
「アーティファクト ノ使用許可ハ降リテイマセン。許可申請ヲシマスカ?」
「お願い。上手くいけばそれで釣りだせるかもしれない。さて、私も出るわよ」
「メンバーハ既ニ配置ニツイテイマス。デハ、ゴ武運ヲオ祈リシマス」
玄関から家を出る前に少女は、そっと右目の眼帯を外して右目を開く。そこに隠されていた金色の瞳は怪しい輝きを放っていた。
狩る者、狩られる者。
追う者、追われる者。
それぞれの望むモノを手に入れるべく陽が出たばかりの街を舞台に動き出した。
その結末を知る者は、まだ誰もいない……。
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