アギト 10
「私の事はひとまずお終い!次はマコトだよ」
「俺?」
「言っていたでしょ。アギトと戦っている人を見たって」
「ああ、うん、そうなんだけど……」
正直な所、メイリルからアギトの詳細を聞いた時から(もしかしたら違うんじゃないか)という思いが拭いきれないでいた誠は迷っていた。
結局、目の前の少女をガッカリさせるだけではないか、様々な苦難にあっている少女に変な期待をさせて裏切る結果になったらと思うとあまりにもいたたまれない。
「ひょっとして、私にがっかりさせたら悪いな、とか思っちゃってる?……思ってるんだ。あのね、私はそんなにやわじゃないよ。アギトの情報を集めて故郷に帰る。これは絶対にやる、やらなくちゃならないの。だから、どんな情報でもいい。私が知らない事を教えて欲しい。私たちはアギトを追うパートナーでしょ?」
「メイリル……」
「それに私はマコトの話を信じるよ。だって君は他の人に見えない私を見つけたんだから。君にはきっと何かがあるんだよ。そして、それはその二年前の出来事に起因しているだと私は思う」
(この子は今の境遇でも落ち込んでなんていない。なのに上から目線で憐れんでる俺は最低だ。出来る限り力になるって決めたんだ。しっかりやり遂げろ、俺!)
喝を入れるためパンと両手で自分の頬を叩く。そうすることで二年ぶりに自分の心の中からモヤモヤとした思いががなくなった気がした。
「気合入った?」
「おかげさまで。それじゃ話すよ。あまりに突拍子もないから今まで誰にも話さなかったことを」
―――
二年前。
誠の家族が乗る車にドラゴンの足音が迫る。歩く度に起きる振動に揺さぶられながら誠は泣きながら家族に『起きろ』と呼びかける。だが、それももう限界だ。すぐ近くにドラゴンの気配を感じ(もう駄目だ)と誠が観念して目を瞑る。車ごと喰われるか、それとも引きずり出されて喰われるのか恐怖で頭がどうにかなりそうだった。
だが、ドラゴンが車に手をかけようとした、その時だった。
『オラァァァ!!調子くれてんじゃねぇぞ、クソトカゲが!』
窓の外から男の怒声が聞こえた。次いで硬い金属が砕ける音、そして地面に大きな衝撃が走った。恐る恐る窓の外に視線を向けた誠が見た光景はあまりにも強烈であった。
巨大なドラゴンが、どこからか現れた一人の男に殴り飛ばされていた。間髪入れずに男が怪物に飛び掛かり更に顔や腹に拳や蹴りを叩き込む。長身細めな男の体躯と裏腹に凄まじい力で殴られたドラゴンの顔や胸が大きく凹み黒い煙をもうもうと吹きだしている。
だが、男の猛攻もそこまでだった。ドラゴンの両腕の爪を躱したと思った瞬間、腕の付け根から新たに生えた二本の腕に捕まりコンクリートの壁へ叩きつけられた。その衝撃で壁が崩れ男が瓦礫に飲まれる。
誰がどうみても死んだとしか思えない状況だった。しかし……。
『足りねぇ。全然足りねぇぞ……! こんなもんで俺を殺す気か? 本気を出せよ、アイツを殺した時みてぇによぉぉぉ!!』
声に混じるのは怒りと悲しみ。そして積み重なる瓦礫を吹き飛ばし現れたのは白毛の狼男だった。
『殺してやる……!今日こそ殺してやるよ、トカゲ野郎!!』
男の挑発に応じたのか、ドラゴンも大きく息を吸い、そして聞き取れない声で吠えた。
『GYURUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』
ただ、それだけで周囲に転がっていた車やその残骸が衝撃波で吹き飛ばされ地面にひびが走る。
そして、その衝撃波で誠が乗っていた車も吹き飛ばされた所で意識はぷっつりと途切れた。
―――
「っていうのが俺の見た物なんだけど、どう思う?」
「う~ん、さっき聞いたよりもドラゴンの方はアギトに特徴は近い気がする。腕を生やしたくだりなんて特にね。でも咆哮だけで周囲の物を吹き飛ばしたりなんて私の世界でもそこまで強力なのはいなかった。いや、たまたまアイツらが使わなかっただけの可能性もあるか。でも、なによりもその獣人さんだよね。相手がアギトだとしたら素手で殴り飛ばすなんて信じられないけど」
「アギトは触れた物を吸収する能力がある。そう聞いたから俺もこの話をするか悩んだんだ」
「その獣人さん自体になにかエンチャントされていたのかもね。神性武具ならある程度なら直接攻撃も出来たって話も聞いたけど、それに近い物を彼は持っていたのかも。会ってみたいな、その人に」
「うん、それで、まだこの話には続きがあるんだ。ただ、これはさっき以上にあやふやな内容だけど」
―――
どれくらい意識を失っていたのか分からない。下に硬い感触があるところから地面にねかせられているらしい。だが、意識と感覚はあるのに体が全く言う事をきかない、いわゆる金縛り状態だ。そんな誠の近くで若い男女の話し声が途切れ途切れに聞こえてきた。
『……がアイツを追い込んだらしい。そろそろオレ達も……』
『ちょっと待って……。……うん、これで……!女の子なのに……に傷が残ったら可哀そう……』
『何度も……けどあまり……ぎるなよ』
『でも……!』
『気持ちは…………。けど傷一つなかったらこの子が……疑……?』
『それは……けど……』
声を聞くうちにだんだんと誠の意識が微睡み始める。それでも、何が起こったのか知ろうと耳に意識を集中する。
『それにオレ達の……なんだ。ここであまり力を……』
『わかっています!……あっ、……』
『いや、……。俺だって……。だけど俺は、俺たちは絶対にアイツを逃がすわけには……!』
その男の声からも先ほどの狼男と同じ怒りと悲しみが滲み出ていた。だが男の言葉を遮る様に遠くから複数の救急車両のサイレンの音が聞こえてくる。
『さてと、あとは……。オレ達は……べきことを……。これ以上犠牲者を……!』
『……はい!行きましょう!』
その言葉を最後に話し声は途絶え、誠の意識も限界を迎え深い眠りに落ちていった。
―――
「う~ん、こっちも中々意味深な内容だね」
途中から途切れ途切れの会話をメモに取っていたメイリルがペン先に唇を当てて考え込む仕草をする。
「なんていうか、水の中から話を聞いていたみたいに、ぼんやりとしか聞こえなかったから聞き取れない部分が多かったけど」
「でも、結構分かる部分もあるよ。まず第一、多分この二人は獣人さんの仲間だろうね。男の人の言葉を見るに、複数人でドラゴンを追いかけていた、その中で獣人さんが単身ドラゴンと戦闘を始めた、それを追いかけている途中で誠たちを見つけたってところかな。獣人さんとドラゴンはこの時はもう違う場所に移っていったみたいだね」
「うん、そして女の人は俺たちの怪我を治してくれた。確かに俺が車の中で見た時、家族全員があちこちから血を流していた。妹なんて額が大きく切れて血が滴っていたはずなんだ。なのに救助された時には全員かすり傷程度しかしていなかったんだ。俺たちだけじゃなく他に助けられた人たちも似たようなものだったらしい。服に血が付いている割には傷が浅いって医者も不思議そうにしていたよ」
「そして、最後はドラゴンを追って行っちゃったってところかな。……それから一つ付け加えるのなら、彼らは多分仲間を殺されている」
「一番俺が記憶に残っているのは最初に戦っていた人の声だな。あんなに怒りに満ちた悲しい声を聞いたのは生まれて初めてだったから印象に残っている」
相変わらず雨は強く振り窓を叩く音が静かになった部屋に響く。時計の針はすでに七時を回っていた。メイリルがメモをテーブルに置き天井を見上げる。
「やっぱりアギトはこの世界にもいる。だから私たちの世界にいたのはこっちに移ってきた。でも、なんでチキュウに来たんだろう?……もしかしたら、よっぽど強い相手がいるからその増援に呼ばれた?なーんてことはないか」
実の所、このメイリルの考えはほとんど当たりだったのだが、彼女がそれを知るのはまだ少し先のことである。
「そういえば今更なんだけど、この世界には獣人っていないの?」
「いない……と思うよ。伝説では満月の夜に変身する狼男は有名だけどね。少なくても実在を確認された事はない。そっちはどうなの?」
「ネビュラ大陸にはいないけど他の大陸にはいるよ。もっとも満月で変身とかはしないしマコトが見た人と違ってそこまでがっつり獣の姿をしている人はいないと思うけど。私が会った事がある人は獣の耳や尻尾とか部分的に動物的な特徴を持っている人だけだったな~。後は魔術で見た目だけそういう風に変えている人はいたけどね。オシャレとか、後はまぁそういうのが好きな人を相手にするお仕事の人とか…」
(そっちの世界にもそういうのが好きな人はいるんだなぁ)
誠が二つの世界のどうでもいい共通点に感心していると顔が赤くしたメイリルがコホンと咳払いをして話を戻そうとする。
「やっぱりアギトに関する情報を得るには、その戦っていた人たちに会うしかないと思う」
「俺もそれには同意見だよ。だけどそれは難しいと思う。少なくともあれ以来俺はあの人たちに会った事はないし活躍なんかも聞いたことがない。あのドラゴンの事もただの事故で済まされているし、普通にニュースとか調べているだけじゃ見つかりそうにないよ」
「う~ん、となると闇雲に探し回るのは得策じゃないか。でもその人たちが今でも戦っているならアギトを見つけ出せば会えるんじゃない?」
「そのアギトも見つからないんじゃないか」
「ちょっと危険だけど捜す手はあると思う」
「危険な手……?」
「神装武具には共鳴現象を起こして互いの場所を知ることが出来るんだよ。そして、多分こっちの世界にいくつか奪われた神装武具がアギトと一緒に来ている筈だから……」
「それでアギトの居場所がわかるってことか!……でもお互いにわかるってことは?」
「私の、というかアリエントの事が知られるということだね。もっとも、それで向こうがどう動くかはわからないけども覚悟はしておいた方がいいと思う」
「他にいい方法も思いつかないし、それで見つけるしか……」
その時、誠の発言を遮る様に玄関のドアを乱暴に開く音がした。そして。
「兄さん、いる~?ちょっとタオル持ってきて~~!!」
続いて綾香からの誠への催促の声が家中に響いたのだった。
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