魔術師との出会い 3
「あっつい!」
誠は天を仰いで愚痴をこぼす。その愚痴を向けられた太陽は家を出た時よりも更に強烈な日光を地上にもたらしていた。
亜由美との思わぬ出会いで予定より時間がかかったが目的地のスーパーまではもう少し。出来るだけ木陰を移動して暑さを凌ぐ。
やがて進行方向の左側に小さな公園の入り口が見えてきた。誠も小さい頃はなんどもお世話になった公園だ。計画性があったのかなかったのかは不明だが小さい敷地にやたら植樹されており、生い茂った木が公園を不気味に薄暗くしていた。そんな雰囲気のせいか、すっかり他の公園に人をとられ、いつも閑散としている。
だが誠にとってはもう見慣れた光景である。いつも通りに公園の前を素通りしようとした時だった。
「……今日は多いな!」
さっきよりも強烈な悪寒を感じた誠は慌てて周囲を見る。もしかして亜由美がいるのではとも思ったが見える範囲にそれらしい人は見えない。
『虫の知らせ』
あの事故以来、誠の身の回りで何か良くない事が起きるときに悪寒を感じるようになってしまった
初めは偶然だとも思ったが、その的中率の高さから次第に無視できないようになっていた。それに事前に何かが起こるのをわかっているのなら回避もしやすい。
そういう意味ではありがたい能力ではあるが原因となった出来事を考えれば素直に喜ぶことは誠にはできなかった。
周囲を見ても、何か事故の原因になりそうな物は見当たらない。
車やオートバイが猛スピードで走ってくる気配はないし、空には落ちてきそうな飛行物はなさそうだ。
それなのに悪寒は収まる気配はない。
普段は大体数秒で悪寒が収まるが、今回はなぜか治まる気配がなく誠に警告を発し続けている。
自然、誠はあのドラゴンの姿を思い出す。
(この中にいるのか?)
唾を飲み込んで誠は公園の入り口に目を向ける。汗が滴り落ちているのは暑さのせいだけではない。
相変わらず公園は多くの木々が作り出す木陰に包まれ薄暗い。蝉がやかましいほど鳴いているが今の誠にはまったく届いてはいなかった。
しばらく悩んだのち、誠は公園に足を一歩踏み入れた。
(確かここの遊具は古くて危ないからって撤去されたんだっけ)
そのせいか、誠の思い出の中にある風景よりもだだっ広く殺風景になっていた。入口近くに地面に落ちた30センチほどの枝を見つけた誠はそれを手に取る。身を守るにはあまりに貧弱ではあるがないよりマシかもだろうと右手で握りしめる。
(誰か、いや何かいるのか?)
いつでも逃げ出せるように片足を引き気味にして薄暗い公園の中に目を凝らす。向かって右側には子ども用の鉄棒がある。正面には神社へ向かう小道が、その少し左側にはベンチが設置されている。そして更に左側には水飲み場がある。そこまでは誠の記憶通りだ。だが……。
「……は?」
あまりに予想外かつ場違いな光景に脳がフリーズする。ややあって動き出した脳が捻り出した疑問はごく単純なものだった。
なぜ、水飲み場に、上半身が、裸の、少女が、いるのだろうか?
「はぁ~、今日もあっついよ~」
一方の少女は、そんな青少年の煩悶などに気づかず、ごしごしと濡れタオルで背中を拭いていた。体を揺らすたびに背中のまである長いピンク色の髪がユラユラと揺れている。
そんな艶めかしい光景に虫の知らせのことなど完全に忘れ去り、馬鹿みたいに口を開けて少女の背中を見ている事しかできなかった。
「ん?」
背後の不躾な視線に少女が気づいて振り返る。焦る誠と違い、なぜか恥ずかしがる様子もなく裸身を露わにしながらタオルで体を拭き続けている。顔の作りが明らかに日本人とは違う。陶器のような白い肌、そしてなにより紺青の瞳が印象的だ。
ちょうど上手い具合に胸は長い髪で隠されていたが、かえって艶めかしさを増している。
しかし、悲しいかな。今の誠にそれを楽しむ余裕はない。頭に浮かぶのは何故とクエスチョンのみで頭がまったく動いていない。
(あの髪の色は染めているのか?どこかのコスプレイヤー?外国人だから裸を見られても気にしない?いや、そんなバカな)
流石に誠の様子が気になった少女が不思議そうな顔して誠に右手を小さく振った。
すっかり脳がフリーズしてしまっている誠も反射的に手を振り返えしてしまった。
(あっ、やばい……)
自分が覗きをしてしまっていることに、ようやく気付いた誠だったが時すでに遅し。
少女の顔色がみるみるうちに赤くなる。慌ててタオルで自分の体を隠し誠を指さしながら「あ、え、え、な……」と意味のなさない言葉が漏れ、そして。
「いやぁぁぁぁぁ!!!」
しゃがみ込みながら少女が放った絶叫が誠の鼓膜に突き刺さったのだった。
それから、ややあって。
「いや~、まさか私の事が見えちゃう人がいるなんて思わなかったよ!」
メイリル・マクドールと名乗った少女は朗らかに笑っていた。ただし顔にはまだ赤みが残っているので照れ隠しに殊更陽気に振舞っているのだろうということは誠にも理解できた。
「いや、こっちこそ、その、申し訳ありませんでした!」
相手が自分の不注意を認めてはいるが、半裸の姿をまじまじと見ていたのは事実。既に服を着てベンチに座っているメイリルに誠は手にしていた枝を投げ捨て男らしく頭を地面に擦り付けんばかりに土下座をしていた。
「いや、だから無警戒だった私が悪いんだし、それにまぁ見られて減るもんでもないし?その気にしないでよ。ね?ほら、もうわかったから立って、立って」
促されるまま立ち上がった誠は考改めてメイリルという少女を見る。
やはりインパクトが大きいのはピンク色の髪と紺青の瞳だろう。よく見ると顔立ちにまだ幼さがあり誠よりも年下かもしれない。整った顔立ちのせいか奇抜な髪の色も不思議と違和感がなく魅力的に思える。
そして、彼女が着ている服は、完全に魔法使いである。体を覆うのは飾り気のない黄色いローブで足首辺りまでの長さがありフード付きでゆったりというよりブカブカでサイズが合っていないようだ。紐で縛っている腰の細さをみれば明らかに大人用のをむりやり子どもに着せているのがわかる。
座っているメイリルの隣には彼女の体が隠れるほどの大きなリュックが置かれ、傍らには先端に白い宝石が埋め込まれている木の杖が立てかけられていた。
これらの情報を総合的に判断して誠が下した結論は(やっぱりコスプレイヤー……だよなぁ?)という妥当な判断に落ち着いた。
日本に遊びに来た外国のコスプレイヤーが人気のない公園で野宿をしていた。自分はたまたま、その中の一場面を目撃してしまったに過ぎない。
色々混乱したが、ようやく様々な疑問に納得のいく答えを得ることができた、と誠は思ったのだが。
「でもおかしいなぁ、不可視の術は発動しているはずなのに」
(コスプレだけでなく中二病まで患っている!?)
とりあえず謝りはしたのだからもう行ってもいいかな~と思い誠はソロソロと気づかれないように後ろに下がり始める。
「う~ん、壊れてはいないし効果が切れたわけでもない……。ねぇ、君、マコト君だっけ?君はどうして私の事を認識できるの?」
左手首につけている腕輪をコツコツと叩いていたメイリルが興味津々に誠に尋ねる。
無視して逃げるべきかと思ったが、やはりそこは負い目がある悲しさで誠は渋々話に付き合う事にした。
「どうしてって言われても……。その設定がよく分からないんだけど?あっ、俺はあまりアニメは見ていないんでタイトル言われてもわからないかもしれないけど」
「設定?アニメ?」
「それってコスプレでしょ?だから、なりきっているんだよね?」
「コス……プレ?」
「その服とか髪の色とかゲームとかラノベとかのキャラの真似をしているんでしょ?う~ん、コスプレって英語じゃないのか?」
一向に噛み合わない会話で二人とも頭の上に?を浮かべていたが先にこのおかしな状況を理解したのはメイリルだった。
「んん??あっ、そうか。この世界、マナがないもんね。だから魔術とか知らないのね」
「いや、だからそうじゃなくて……」
「なら見てもらいましょうか。王国正魔導士メイリル・マクドールの力を!」
メイリルはベンチから立ち上がり右手を伸ばすとひとりでに杖が吸い寄せられた。
「そうだな~。今日も暑いからちょっとひんやりさせてみましょうか」
メイリルがトンと杖の先端で地面を叩く。
「氷導ノ弐、氷陣」
静かに、しかしはっきりと耳に残る言の葉が紡がれる。それに呼応して杖の上部先端に嵌め込まれている白い宝石が淡く輝く。
その瞬間、先ほど感じた悪寒を感じる。
今見える範囲にいるのは、この少女のみ。ならば、悪寒の原因は……。
「こらこら、見るべきはこっちじゃなくて下だよ?」
メイリルが左手で下を指さす。呆然とメイリルの顔を見ていた誠が視線を下げると杖を中心に一メートル範囲の地面が氷に覆われていた。当然誠の足元もである。足で感触を確かめると、スケートリングのようによく滑る。
「これを君が……?」
「ふふふ。どうかな。これで私がごっこ遊びをしている子どもじゃないってわかってくれた?」
呆然としていた誠はメイリルの声に壊れたおもちゃのように首をカクカクと縦に振る。
「素直でよろしい。とりあえず色々お話したいから座ってよ?」
メイリルは再びベンチに座り自分の隣を手でぽんぽんと叩く。物腰は柔らかいが拒否権はなさそうだ。
相手は本物の魔法使いである。逃げれば何をされるかわからない。
腹を決めて誠はメイリルの隣に腰を下ろす。この判断は何も怖気づいたからだけではない。
(あの日見た怪物の事、それから虫のしらせの事も何か分かるかもしれない)
完全に信じた訳ではない。しかし、彼女から何かを感じたのは事実だ。それを見極める必要があると誠は考えた。
「まず何から聞こうかな。いや、それよりも、まずは私の事から話すのがいいかな!」
「えっと、どうぞ……」
やたらハイテンションにグイグイと迫るメイリルに会話の主導権を譲るとやたらと嬉しそうに顔を綻ばせる。どうも人と話すことが嬉しくて仕方がないようだ。
「ありがとう!それじゃあどこから話そうかな~。やっぱりこういうのは最初が肝心だよね。……うん、ならまずは私の住んでいる世界の事をしってもらおうかな」
「君のいた世界?」
「そう。こことは違う魔術が当たり前にある世界。そして」
「滅びに瀕している世界のことだよ」
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