魔術師との出会い 4
「ちょっと待った。少し確認をしたいんだけど、君は地球人じゃない?」
「チキュウってこの世界の名前?なら、そのとおりだよ」
「で、君の世界は滅びかけていると?」
「あっ、今すぐどうこうって話じゃないよ?とりあえず今は落ち着いている。だけど危機が去ったわけじゃない。だから私はこの世界に送られてきたんだ」
普通ならこんな与太話を信じる事はないだろう。しかし、さっき誠が目にした『魔術』とメイリルの憂いを帯びた表情が嘘だとは思えなかった。
「わかった。それで何で君の世界は滅びかけているの?」
「ある日突然私たちの世界に現れた怪物のせいよ」
「怪物……」
誠の脳裏にあの日の光景が蘇るが、なんとか頭の片隅に追いやってメイリルの話を聞く事に集中する。
「事の起こりは二年前。どこからか現れた数体の怪物が村を壊滅させたの。そして、その村を中心に怪物が増殖していった。事態に気づいた国や組織が慌てて対処しようとした時にはもう手遅れだった。なにせ相手には物理攻撃も魔術も効かないのだから手の打ちようがなかったんだ」
「でも、最終的にはなんとかなったから君はここにいるんだろう?」
「私たちがなんとかしたじゃなくて、向こうに何かがあったみたい。怪物、とりあえず私たちはアギトってよんでいるけど、そいつらは散々に私たちの世界を食い荒らしていった。結界魔術でなんとか凌いではいたんだけど突破されるのも時間の問題だと思っていた。だけど、ある日突然どこかへ行ってしまったの。後に残ったのはあいつらが使った異世界へ渡るゲートだけだった」
「異世界へ渡るゲート?」
なんだか猛烈に嫌な予感がする。
「うん。潜ったらチキュウに来てた」
「……あっ、そう」
予感的中。全く嬉しくない知らせに誠の表情が曇る。
もうメイリルをただの中二病コスプレイヤー認定してこの場から立ち去ろうかと真剣に考える。もっとも彼女の話が本当だとしたら、ここで誠が逃げても状況が好転するわけではないが。
「色々あって調査に私が派遣されてきたんだけど完全に拍子抜け。だって、チキュウはこんなに平和なんだもん。あっ、決してチキュウが不幸な目にあってればいいなんて思っていないからね。例え別の世界でも悲惨な光景なんて見たくはないから」
「そう……だね」
本当に平和なのだろうか。もちろん人間同士の諍いは今も世界のあちこちで起こっている。
しかし、それ以外。メイリルの言うような怪物が地球に居るのだろうか?
(いる!)
誠は地球に潜む怪物を知っている。だが、あの日見たドラゴンはメイリルの言うアギトと同一の存在なのだろうか?
「少し聞きたいんだけどいいかな?」
「もちろん!私が知っている範囲でなら」
「そのアギトってどんな姿をしている?」
「う~ん、じつはアギトに決まった姿はないんだ」
「姿が、決まっていない?」
「私の先生が言うには、自分が食べた、あるいは吸収した相手の姿、能力を模倣、更にそれらを組み合わせることができるんじゃないかって。聞いた話じゃ動物の手足が生えた家が襲ってきたって話もあるし」
「そんなバカな……」
「まぁ、家の話はともかく姿がコロコロ変わるのは本当だと思う。ああ、でも、二つだけ変わらない物があるよ。一つは体の色が黒い。元がどんな色をしていようと必ず黒になる。もう一つは目。血のように紅くギラギラした目。今でも夢に見るくらい不気味な瞳だったよ。この二つの特徴は常に受け継がれるみたい」
「……あいつだ」
あの時に見たドラゴンの姿。夜の闇を凝縮したような黒い皮膚。地面に流れ落ちた血を凝縮したような紅い瞳は今も誠の記憶に深く刻み込まれている。
ようやく手がかりを見つけたのだ!
「……ひょっとして、何か情報を持っていたりする?」
「いや、その……」
「私には情報が必要なの!何か知っているのなら教えて!」
思わず漏れてしまった言葉にメイリルが食いつく。
教えるか否か、誠は逡巡する。それはメイリルという自称魔導士を信用するか否か。話したとしても二年前と同じ結果になることを誠は恐れていた。
あの『事故』から救助されたあと当然被害者たちには聞き取り調査が行われた。
「突然衝撃がきて気を失った」「わからない」「何も覚えていない」という証言ばかりの中にあって、誠だけは自分の見た光景を必死に伝えた。
だが、怪物の仕業などという荒唐無稽な話を信じてくれる人がいるはずもなく黙殺された。両親にも訴えたが、返ってきたのは事故で錯乱している息子に向ける憐憫の眼差しのみであった。
警察、家族、友達、誰からも信じてもらえず、ただ哀れみの視線を受ける日々は、次第に誠の心を摩耗させていった。
自分がおかしいと認めれば楽になれたのだろう。だが、その楽な道を行くことは繰り返し夢に現れるドラゴンのリアリティによって阻まれた。
誠は知りたかった。あの日、起こった事の真実を。ドラゴンの正体を。そうすれば、あの日以来、何かがずれてしまった自分を取り戻せるかもしれない。
誠は決断した。
「話すよ。ただ、俺が知っている怪物と君のいうアギトは全然関係ないかもしれない。それでもいいのなら」
「構わない。というか、どんな情報でも大歓迎だよ!はい、それじゃ握手」
異世界でも握手はあるんだなぁと変に感心しながら誠は少し冷たいメイリルの手を握る。
そして、誠は二年前の事故の経験をかいつまんで話した。
「黒い鱗に紅い目、か。確かにアギトと同じ特徴があるね。一応聞くけど、チキュウにはそういう生物が元々いたとかないよね?」
「いない、と思う。大昔には巨大な生物がいたけど、とっくに絶滅しているし」
フィクションなら、よく科学者がDNAを利用して蘇らせるなどという話をよく見るが、陰謀論を含む可能性まで考慮していたらきりがないので誠はあえて可能性については口をつぐんだ。
「この世界にもアギトはいる。でも、二年前じゃ私の世界から来たのとは違う個体よね。なら、あの大量のアギトは何処にいったのかな?」
「メイリルさんは、地球にきてどのくらいになるんだ?」
「今日で十日目だね。この世界だと魔術が上手く効果を発揮してくれないから足で探すしかなくて大変なんだよ。時々妙な反応は感じるんだけど空振りばかりだし。そういえば、マコトが見たアギトはどうなったの?」
「俺も詳しくはわからない。けど、多分倒されたんだと思う。そうでなきゃ今頃大騒ぎになっているだろうし」
「倒した!?どうやって!?」
「いや、俺も分からないけど。だけど、誰か戦っていたのを見た……気がするんだ」
にわかには信じられないようでメイリルは顎に手をあてて考え込んでしまった。アギトというのは誠の想像以上に厄介な相手のようだ。
「う~ん。この世界には『アギト』を倒せる方法が確立している?だから見かけない?でも、あの数を短時間で倒すことができるとは……。ねぇ、そこのところをもっと詳しく……」
話を続けようとした二人の間に強くそして冷たい突風が吹きつけてきた。空の彼方に黒い雲がみえはじめていた。
「っとと。なんか風が冷たくなってきたね」
「今日はこれから雨風が酷くなるそうだから。……あっ!」
「ど、どうしたの?」
「買い物に行く途中だったんだ。しかもエアコン点けっぱなしだ……」
「エアコン?」
「あ、いや、それはこっちの話だから」
色々あったせいで、既に13時を過ぎていた。雲の流れが速く夕方前には雨になるかもしれない。メイリルの話は聞きたいが雨の中、両手に荷物をもってずぶ濡れになるのは御免だ。
「そっか。じゃあ、行こうか?」
「……え?」
「私もマコトの家に行く。とにかく早く情報が欲しいから。大丈夫!普通の人には私は見えないから迷惑はかけないよ!……そういえばマコトが私を見れた理由もわかっていないよね」
「いやいやいやいや、そんな家に人一人匿う場所はないから!両親も妹もいるから!」
そうそう都合よく高校生が家族不在で一人暮らしなどというシチュエーションはないのである。
だが、誠の言葉を無視してメイリルが杖を振ると公園の隅に置いてあった寝袋などが小さく折りたたまれ自動でリュックの中に収納されていく。
話を聞く気はなさそうなメイリルに抗議をしても無駄と諦めて、誠は家族の帰宅時間を考え今なら大丈夫だろうと判断する。
会ったばかりの女の子を家に連れ込むのはどうかという道徳的問題も頭をかすめたが、どう考えても力関係は向こうの方が上なのでメイリルが気にならないのなら誠が気に病む問題でもないだろうと自分に言い聞かせた。
「はぁ、わかったよ。先に買い物を済ませてから帰るけど、ここで待ってる?」
「ううん、せっかくだからついていくよ!」
何がせっかくなのかはわからないが買い物にも付き合うつもりらしい。
最後に忘れ物がないかをチェックしてメイリルが巨大なリュックをふらつく様子もなく背負った。
「それ重くないのか?」
「それはもう魔術を使えば重さなんて問題にならないから。マコトの買い物も量が多いの?なら、特別にこの王国正魔導士である私が!力を貸してあげてもいいよ」
「それは、どうも」
ともかく、準備は整ったようなので誠も立ち上がる。既に足元の氷は解け、凍っていた範囲だけぬかるんでいた。
「さぁ、行こう!と、その前に注意ね。私の姿は普通の人には見えない。だから私に話しかけたら一人で話す変な人に見られるから、そのつもりでね」
「本当に他の人に姿が見えないの?」
「今までそうだっただから信用してよ。だから、なんでマコトが見えるのか不思議でしょうがないんだけど」
「そんなこと言われてもなぁ」
原因が思いつかない以上なぜと問われても困る。
誠が困惑している間にメイリルは軽やかな足取りで公園の出口へ向かう。時折吹く強風は次第に湿り気を帯びてきた。
「じゃあ、ついてきて」
小声にメイリルが頷いたのを見てから、誠は先に立って歩き出した。
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