魔術師との出会い 2 

 咲村家が居を構える持山町は千葉県北西部にある町である。人口は約三十万、都心に近いベッドタウンとして発展してきた。その為駅周辺、およびその駅へ向かうバス通り周辺は整備され交通の便がよく住みやすい。だが、その区画外れると未だ自然が残る丘や歴史を感じさせる神社や寺なども多くみられる。


 その中で咲村家は街の南よりにある丘の中腹にある。丘の上には趣のある家屋があり、中腹から下は平成に入って作られた住宅が多い。昔はふもとに肉屋などのお店があったそうだが今は全て姿を消し、この辺りに住む人は少し歩いて個人経営の小さなスーパーに足を運ぶか、バス通り沿いにある大型チェーン店に足を運ぶかを選ぶことになる。


 咲村家の位置からは小さい方のスーパーが近いので誠はそちらを選んで急な坂道をのんびり歩いて降りていた。



 途中で通りすぎた公園では、子ども同士で水鉄砲の撃ち合いをびしょ濡れになりながら楽しんでいる。そして残り少ない夏休みを思い残すことないように、小学生低学年くらいの兄弟が大声で今日の遊ぶ予定を相談しながら走って誠を追い抜いていく。

 なんとも平和な光景だが、そんな自由に遊びまわれる夏休みももうすぐ終わりかと思うと誠の足取りも重くなる。

 断っておくと、誠は学校生活にトラブルを抱えているわけではない。幸い、先生にも友達にもそれなりに恵まれている。

 だが、楽しい、幸せであるほど、あの事故の記憶が暗い影を落とすのだ。

 今も、あの化け物がうろついている可能性を考えれば心が休まらないのも無理はないだろう。

 それが時々表に出るのか、「ちょっとノリが悪い」と言われることがあるのだが、それに対して苦笑で返すしかないのが誠には辛かった。


 そしてもう一つ誠の心を苛む現象があった。


 坂道を下りきって、しばらく歩くと家と家の間に畑がある。その傍らには無人販売所があり、時折収穫された野菜が袋詰めで置いてある。普段、人をあまり見る事がない場所なのだが今日は珍しく誰か人が立っているのが見える。


 「っ!?」


 無人販売所の傍にいたのは白いワンピースに麦わら帽子と夏を満喫している感満載の少女と年配の男性だった。なんとなく場違いな感じがする少女の方に視点を合わせると同時にゾクリと悪寒に襲われ誠の足は自然と止めて辺りを窺う。


 あの事故の日以来、こういう嫌な感覚に見舞われるときには大体不幸な出来事に見舞われるのだ。何度も経験して得た回避する術は「すぐに周囲を警戒する事」であった。これを守れば、大体不幸な出来事は回避できるのだが、今日は一向にそのアクシデントが起きる気配がない。


 額から流れる汗を拭い慎重な足取りで進んでいくと自然、前にいた二人の会話が耳に入ってきた。


 「ふむふむ。じゃあ今までにも何回かこのコインが入ってたんですね?」


 「ここだけじゃなくて他の販売所や店にも置かれてたそうだ。泥棒、とは言い切れないが使えないお金を置いとかれてもねぇ……」


 「両替は出来なかったんですか?」


 「銀行に持ってったけど、こんな硬貨見たこともありませんって突き返されちまったよ」


 「でも、おもちゃにしては良くできていますよね。質感とか本物っぽいですし」


 「夏休みだからどこかの子どもが悪戯してるんだと思うけどなぁ」


 「あの、その硬貨買い取らせて貰ってもいいですか?」


 「欲しいのならあげるよ。家に帰ればまだあるし」


 「いえ、そんな悪いです!あ、じゃあこの枝豆買わせてください!」


 「律儀なお嬢さんだね。じゃあ、この硬貨もどうぞ」


 「ありがとうございます!」


 用が済んで畑に戻る男性の背中に向かって少女が勢いよく頭を下げた。その拍子に地面に落ちた麦わら帽子がコロコロと転がって誠の足にぶつかって止まった。誠が麦わら帽子を拾いあげると、ちょうど振り返った少女と視線があった。

 肩にかかる艶やかな黒髪、少し日焼けした肌は活発な印象を与える。服装はまるで別荘に来た深窓のお嬢様のようにも見えるが不思議と少女の活発そうな雰囲気にあっていて、とても魅力的に映える。

 だが、そんな少女の中でもっとも印象的なのは右目にあてられた眼帯である。

 それもよくみる医療用の白い眼帯ではなく黒に金縁が施されたオシャレな一品である。

 そして、なにより驚いたのはその少女は誠にとって顔見知りであったことである。


 「ごめんなさい!って、あれ、咲村君?」


 「こ、こんにちは、田村さん」


 少女の名前は田村亜由美たむらあゆみ。誠と同じ高校に通う同級生である。

 性格は朗らか快活、異性同性を問わずに友達が多い人気者。あまり目立たない誠とは対極に位置する人物であり、それ故に学校内での二人の交流は全くない。

 何回か言葉を交わしたことはあるが、友達といえるような間柄でもない。

 友達の中に亜由美に好意を持つ者もいるが誠にとっては縁遠い同級生であり、それ以上でも以下の感情はもってはいなかった。

 とはいえ、人気者の女子との予期せぬ出会い、そして普段見る事はない制服以外の姿に少し緊張してし顔が知らず赤らんでしまうのも年頃の男の子ゆえやむを得ないだろう。


 「咲村君はこの辺に住んでいるの?……へぇ、そうなんだ。これからお出かけ?」


 「ああ、うん。ちょっと買い物があって……」


 「そうなんだ。おっ、顔が赤いよ~、熱中症かな~?」


 誠から帽子を受け取った亜由美がからかうように一歩誠の方へと近づき顔を覗き込んでくる。ほんのりと香るいい匂いに更にドキドキしながら誠が後ずさるのを見て亜由美はクスクスと笑っている。


 「クスクス、咲村君は照れ屋だね~。あっ、ごめん、ごめん、少し慣れ慣れしすぎたよね」


 「い、いや、気にしてないから」


 受け取った帽子をかぶり直して安心したように亜由美が誠に笑いかける。

 笑う姿は可愛らしく、真面目な顔をすれば中性的な凛々しさを持ち男女ともに人気がある少女は謝りながらも、あたふたしている誠を楽しそうに左目で見ている。

 これ以上からかわれては男子の沽券に関わると誠は亜由美と顔を合わせる。すると、やはり視線は彼女の右目、眼帯に目がいってしまう。

 「この眼帯はいわゆるコスプレじゃなくて、昔故で右目をちょっとやってしまいまして……。とりあえずよろしくお願いしま~す!」というのが新クラスになった際の亜由美の自己紹介だったのを誠は思い出していた。

 亜由美の右目の事は一年生の時からあちこちで噂になっていたし、今更そのことが大きな話題になることもなくクラスの中でごく普通の光景としてすぐに慣れてしまった。亜由美自身も眼帯の事を冗談のネタにしてたりしていたので周りも変に気を使わずにすんだのも大きいだろう。そして、そんな自分のハンディを笑い飛ばせる亜由美だからこそ周りに人が集まるのだろうと誠は思う。


 そして同時に過去を克服できない誠には眩しすぎる存在という事でもあった。



 「田村さんはここで何しているの?買い物って訳じゃないだろうし」


 「ふっふっふ、私は真面目に夏休みの自由研究をしているのだよ!」


 「じ、自由研究?そんな課題あったっけ?」


 「ないよ。本当はただの散歩しつつ調査かな」


 「調査って?」


 「これだよ」


 そう言って亜由美は右手で先ほどの硬貨を親指と人差し指で挟んで誠に見せた。おじさんはおもちゃと言っていたが傍目に見てもかなり精巧に作られているように見える。


 「咲村君はこのコインの事を知っているかな?」


 そう言って亜由美は摘まんでいたコインを誠に手渡した。

 誠は亜由美の真似をしてコインを摘まんで観察する。そのコインには片面には髭を生やした男性の横顔が、裏には植物と見たことのない文字が彫られていた。


 「なにか顔立ちはギリシャとかローマの人っぽいね。こっちの文字は……うん、わからないな」


 「私が思うに、中央の文字が価値を示す数字だと思うんだよね」


 「ん~。まぁ、それっぽく見える気がしなくも…。って、田村さん、近いよ!?」


 コインを見るのに夢中になり、いつの間にか亜由美が真横に来ていた。それに驚いて誠が弾かれた様に横っ飛びで距離を取ると亜由美が少し悲しそうな顔をして。


 「そんなに驚かなくても……。あ、それとも汗臭いからかな?」


 「ち、ちがうよ。むしろいい匂い……、じゃなくて!ちょっとびっくりしただけ。はいこれ返すよ」


 あらぬことを口走りかけた照れ隠しにコインを亜由美に手渡す。笑って亜由美が受け取った所を見るとあの悲しそうな顔も誠の反応を見るための演技だったのだろう。

 その様子に安堵して誠がコインを返そうとして亜由美の手に触れてしまう。女の子の手の柔らかさにドキッとしたのを誤魔化すように今度は誠が質問をした。


 「そ、それでなんでこのコインの事を調べているの?」


 「最近この町で妙な盗難事件が多発しているのは知っている?」


 「いや、初耳」


 「まぁ簡単に言うと食べ物とかが盗まれて、そのかわりにこのコインが置かれているんだよ。どう?とってもミステリーじゃない?ちょっと調べたらこんなに見つかったんだよ」


 自分の活動報告をするのが楽しくて仕方ないらしい。目を輝かせながら亜由美は肩から下げたショルダーバッグから先ほど誠に見せたのと同じコイン五枚を掌に載せて見せてきた。


 「これ全部別の場所で?」


 「うん。無人販売所、スーパー、コンビニとか食べ物が置いてあるところが被害に遭っているみたい」


 「ふ~ん、質の悪い悪戯、いや万引きか。店の人も迷惑だろうね」


 「うん、そうなんだけど……。でも、本当に悪戯なのかな?」


 「え?」


 「だってただ盗むのならわざわざこんな物置いていく必要ないじゃない?」


 「そ、それは私が盗んだっていうサイン代わり……とか? 何年か前に海外でそういう事件があったそうだけど、それを真似しているとかあるんじゃないかなぁ……」


 勢いで反論はしてみたものの自分でも信じていない言葉は次第に尻つぼみになって途絶えてしまう。


 「怪盗見参!って感じね。実は私もそれを考えたんだ。けど、そんな自己顕示欲が強い人がこんな分かりにくいサインを置いていくかな。目立ちたいなら、もっとこうペンキでサインを描くとかさ。盗みに入っている時点でモラル0なんだから、それくらいするんじゃないかなって」


 「じゃあ田村さんはどう思うの?」


 「ふっふっふ。物事は単純に考えるのだよ、ワトソン君」


 コインをバッグに戻してから、妙に偉そうに腕組みをした亜由美が不敵な笑みを浮かべる。知らず亜由美のペースに巻き込まれている誠は目の前の可愛らしいホームズに事件の見解を聞いていた。


 「単純にって?」


 「つまり犯人はこのコインで物を買ったつもりなのさ!」


 ビシッと摘まんだコインを誠に突き付けて亜由美が自信満々に言い切った。

 一方の誠は、発言の内容を慎重に吟味した結果、苦笑いで答えるしかなかった。


 「それはちょっと苦しいんじゃないかな~?」


 「え~、一番合理的な考えだと思うんだけどな~」


 「大体なんで円を使わないで、よく分からないコインを使って買い物する必要があるのさ?」


 「それも簡単。これしかお金、というか価値がある物をもっていないからだよ。言ってみれば物々交換のつもりなんだと思う」


 「じゃあ犯人は日本円を持たずに盗みを繰り返す人、つまり外国人?でも外国の人だって両替とかするだろうしなぁ。密入国した人が犯人って事?」


 「あるいは異世界から来た人、とかね」


 「そんな小説みたいな話あるわけない……」


 「世界には色々な不思議が溢れているんだよ?」


 口調も表情も変わらない。なのに、最後の言葉だけが何か違っていたように感じられたのは誠の気のせいだろうか。

 目の前の無邪気に微笑む少女に悪寒を感じたのも暑さにやられたからなのだろうか。

 誠は亜由美の顔から視線を外すことができない。


 (さっきの悪寒の原因が田村さんだとしたら?)


 「な~んて冗談だよ~。もうそんなに見つめないでよね。あっ、ひょっとして、さっきから私がからかったから仕返しのつもりなのかな?でも残念、この亜由美さんはその程度でうろたえるほど初心うぶじゃありません事よ?」


 大人の女性を表現しているのか、しなをつくった亜由美の言葉で誠は我に返った。


 「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」


 女の子の顔をまじまじと見るなんて普段は絶対にしない事をしてしまった誠が顔を赤くして慌てて視線を地面に落とした。


 「ふふ、咲村君は真面目だね。でも、そういうのもいいと思うよ。ごめんね、買い物に行くの邪魔しちゃって。それじゃ、またね~」

 「あっ、今日はこれから雨が降るそうだから早めに切り上げた方がいいと思うよ?」

 「え、そうなの?情報提供ありがとうね~!」


 そういって亜由美は誠の家がある方へと元気に駆け出して行ってしまった。その元気な後ろ姿が小さくなるまで誠は何とはなしに見送って呟いた。


 「なんというか元気なだな」


 学校内でも活発なイメージはあったが、どうやらあれでも猫を被っていたらしい。今日のように他愛のない話をしたのも初めてだったが人気があるのもわかるなと誠は思う。

 それだけに、あの時感じた悪寒が気になるのだが……。


 「世の中には不思議が溢れているか……」


 先ほどの亜由美の言葉を噛みしめるように誠が繰り返す。


 「そんな事知っているさ」


 もう見えなくなってしまった亜由美に向けて誠はそう答えて再び歩き始めた。

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