第一章
魔術師との出会い 1
―八月第四週 金曜日―
「ハックシュン!」
自分のくしゃみで誠は眠りから叩き起こされた。
Tシャツ、半ズボン姿で寝ていた誠はポリポリと寝ぐせが酷い頭を掻きながら誠は体を起こす。机の上に置いてある型の古いアナログ時計を見ると時刻は午前十時半を過ぎていた。普段なら文句のつけようもない大寝坊だが今は夏休み、しかも特に約束もなく焦る必要もない。
「なかなか眠れなかったからなぁ」
昨夜は風がひんやりと気持ちよくクーラーを切って網戸にしていたが、既にそこから盛りを過ぎたとはいえ未だ熱い夏の空気が部屋に充満していた。
「またあの日の夢か」
ちょうど二年前、あの『事故』にあった日から何度も見た夢、というより生々しい記憶の再生に誠はげんなりとしていた。ため息を一つついて熱い空気から逃げるべく窓を閉めてエアコンのスイッチを入れると早速涼しい風が流れ始めた。
「昨日は慰霊の日だったからな……」
多くの犠牲者を出した事故の記憶を風化させないために毎年事故があった日に慰霊会が行われることになった。
咲村家は幸い誠以外は数日の入院程度で済んだのだが、事故当時を知る人として出来れば参加してほしいと招待状が届いた。義理堅い両親は無視するのも後味が悪い、あそこに居合わせたのも何かの縁だからと二年連続で参列することを決めたのだった。
誠は特に異論はなかったが、難しい年ごろの妹は少々駄々をこねていたが、参加のお礼としてホテルの食事券が出ると聞いて首を縦にふった。
かくして、朝早くに車で事故現場近くに設けられた慰霊会場に向かい、終わるとすぐに帰宅するという強行軍であったため座っているだけの誠もかなり疲れていたのだが、二年前の事を色々思い出してしまいなかなか寝付けなかった結果の寝坊である。
(母さんに気を遣わせたかな?)
いくら夏休みだといってもダラダラと午前中寝て過ごそうとすれば容赦なく母親に引っ叩かれたる。下手をすれば小遣いを減らされかねない。なのに今日に限っては、そんな厳しい母親が起こしにこなかった理由を気遣いと決めつけてテレビのスイッチを入れる。
特に見たい番組があるわけではないが、普段学校へ通っている時間に見るテレビはなんとなく新鮮に感じ二割増しくらい面白く感じる気がする。
適当にチャンネルを変えていくととワイドショーが昨日の慰霊会の模様を流していた。
(ん~、俺たちは……映っていないか)
しめやかに行われた慰霊会の映像を流し終えるとスタジオに戻ると話は未だに謎の多い事故原因へと及んでいく。
曰く「居眠り運転」「アクセルとブレーキの踏み間違え」「日光の悪戯」「魔のカーブ」などなど事故原因になりえそうなものをアナウンサーがフリップを持ち出して説明して、コメンテーターが自説を披露するが結局議論は深まる事はなく次の話題に移っていく。
「違う」
苛立ちから誠はにテレビの消すと手にしたリモコンをベッドに放り投げた。
「あれは事故なんかじゃない……!」
あの時と、そして今までに何回も夢で見せられた光景が脳裏によみがえる。あの惨状を引き起こしたのが事故だと本気で彼らは思っているのだろうか。
「そもそも踏み潰された車だってあったのに何で追突が原因みたいになってるんだ?アレの足跡だって残っていたはずなのに!」
「原因不明の不幸な交通事故」のはずがない。そのはずなのに誰も疑問も持たず誠の言葉に耳を傾けない。その悔しさから思わず声を荒げてしまう。
「アレは、アイツは……!」
「はよー、兄貴起きてるの~?」
悶々としている誠の気持ちなど知る由もない妹の綾香がノックもせずに誠の部屋へ踏み込んできた。これから出かけるつもりなのか余所行きの服を着ている。
「お前な、勝手に入ってくるなって言っているだろ」
「可愛い妹が起こしに来てあげたんだから喜んでよ~。でね、あたしこれから友達の家行くから~、って汗スゴイよ、風邪ひいたの!?」
言われて視線を下げてみると着ているシャツは胸元まで汗で濡れていた。
「え、ああ、ただの寝汗だよ。さっきまでエアコンつけてなかったから」
「汗臭いから部屋消臭しといたほうがいいよ。じゃあたしもう行くから」
「何時ごろ帰るんだ?」
「ん~、借りていた物返して少し遊ぶ予定だから夕方くらい、かな?じゃ~ね~」
言いたいことだけを言い綾香が部屋を出て行く間際に「あっ、そうだ」と言って振り返った。
「お母さん、今日帰りが遅いから夕飯は自分で買って食べろって言ってたよ」
「ん、わかった」
「台所のテーブルにメモとお金が置いてあるからね~」
「気を付けて行けよ」
バタンとドアが閉められトントントンとテンポよく階段を下りていく音、そして玄関ドアの開閉音を最後に家の中は静かになった。
「はぁ。とりあえずシャワーでも浴びるか」
箪笥から着替えを取り出して誠は一階の風呂へ向かった。少し冷ための水で汗と眠気を洗い流すと少し気持ちも晴れた気がする。
首にかけたタオルで髪を拭きながら台所にやってきた誠は綾香の言っていた母親からのメモを確認しようとテーブルの上にあった一枚のメモ用紙を手に取る。
【誠へ。今日帰りが遅くなるから夕飯は各自でお願い。あとついでに買い物もお願いね♪】
この文の下には二行にわたって買ってくるべき物が書き連ねられていた。そしてメモがあったところには五千円札一枚が置かれていた。
「この量は自転車じゃ無理だなぁ」
リストには容赦なく二リットルペットボトルの飲料水も含まれていた。誠の自転車には小さな籠しかないので歩いて店までいくしかなさそうである。
窓の外には清々しいほどの青空が広がっていた。順調に気温も上昇し、蝉も大音量の鳴き声でパートナー探しに精を出している。さっきシャワーを浴びたばかりなのに炎天下の中汗だくになるのは、なにかもったいない気がする。
「買い物は夕方でいいか」
なにも暑い日中に出かける事はない。そう考えた誠はリビングのクーラーを点けて台所から持ってきた朝食兼昼食の菓子パンをかじる。その合間に適当にテレビをつけるとちょうど天気予報がやっていた。なんとなく暇つぶしで誠は若い女性気象予報士の声に耳を傾ける。
「関東地方ですが、今は晴れていますが午後になると天気は急変して荒れ模様となる地域もあるようです。この雨は明日の朝まで降りそうなので夜お帰りになる人は大きい傘をもってお出かけください」
「まじか?」
より詳細な情報を得ようとデータ放送から天気予報を確認すると予報通りきれいに雨マークが並んでいる。しかも、大雨、落雷、強風などの注意報もセットである。
「だから買い物を俺にしろってか」
面倒ではあるが文句を言う相手もいない。全ては寝坊をした自分が悪いのだ。それに特に用がない以上買い物を断る口実も持っていないのだから諦めるしかない。
「降ってくる前に行くか」
最後の菓子パンを食べ終えると誠は二階の自分の部屋に戻って身支度を整えて、出かける前に家の中をチェックする。
「戸締りよし。火も消えている。下のエアコンは……点けっぱなしでいいか」
スーパーまでは歩いて十分ほど。買い物時間を含めても一時間はかからないはずだ。
「じゃ、いってきま~すっと」
玄関のドアを開け放つと同時に外からの熱気が誠の体に襲い掛かってきた。その暑さに、一瞬心が折れかけるがグッと堪えて一歩を踏み出す。涼しい部屋への未練を断つように玄関の鍵を閉め、雲一つない青空にため息をついて誠はスーパーへと歩き始めた。
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