光剣の勇者と神導の魔術師 ~輝石物語~
カエリスト
第一部 光剣の勇者と神導の魔術師
序章
悪夢
八月の暑さで熱せられたアスファルト、どこからか漂ってくるガソリンの匂い、そして僅かな血の匂いが混ざり合う不愉快な匂いで意識が覚醒した。
父親の都合がつかず延び延びになっていた家族旅行を夏休み終盤になってなんとか捻じ込む事が出来た咲村家は一路目的地である長野県を目指して車で移動していた、はずだったのだが。
「なのに、なんでこんな事になってるんだ……?」
意識を取り戻した
「……事故のせいで渋滞していて、列に並んでいたら前のバスが急に横倒しになって、それから……」
何かにぶつかった衝撃、同じ後部座席に乗っていた妹の悲鳴がした。一瞬の浮遊感の後、視界が何度も回転し、天井に頭をぶつけた所まで誠は思い出してぼんやりした目で周囲を確認する。
「なにが起きたんだ……?」
あちこち痛む体をなんとか動かしてひびの入った車の窓から外を見る。
そこに広がっていたのは地獄だった。
まるで竜巻が通過したかのように渋滞を作っていた車が横倒、あるいはひっくり返り、更にいくつかの車がガソリンに引火したのか炎につつまれていた。そして、その車から投げ出された人が人形のように地面に倒れ伏している。
その内、何人かの意識がある人たちが同じ方向を向いて彫像のように固まっていることに誠は気づいた。自然、その視線の先を追っていき誠は息を呑んだ。
惨状の真ん中にソレはいた。
大まかな形状は二本足で立つトカゲだ。ただし皮膚は金属のようにギラギラと黒光りし背中には一対の大きな翼が生えていた。しかも大きさは十メートルもある。その姿はまるで小説やゲームでよく見るある生物を想起させた。
「ド、ドラゴン?」
誠の方に背を向けているソレは身をかがめて器用に前足で何かを拾って口に放り込んでいる。咀嚼を終え、ドラゴンがこちらを向いた時にその拾っていた物が見えてしまった。
口の端にぶら下がっているのは人間の足。その凄絶な光景に誠の意識が飛びそうになるが体の痛みがそれを許さない。
何人かの人が悲鳴を上げて逃げようとするがギラギラとした紅い瞳を持つ狩人は無慈悲に獲物をつかんでは口に放り込んでいく。
悲鳴を上げながらドラゴンの腹に消えていく人々を誠は呆然と見ているしかできなかった。
「と、とにかく逃げないと……。父さん、母さん、綾香!」
何とかシートベルトを外して下になった天井に這いつくばる。右肩に走る激痛に涙がでるがそれに構っている暇はない。一刻も早くここを出なければと体を引きずり家族の体を揺り動かすが反応はない。
「起きてくれ!」
最悪の可能性も考えたが家族を放って逃げるわけにはいかない。恐怖に縛られそうになる心と体を必死に動かす。そうしなければ後ろから来る威圧感に呑まれ何も出来なくなってしまいそうだからだ。
「父さん、母さん、綾香! 起きろ!!」
誠は必死に叫ぶがその声が届いている気配はない。しかし、その声に反応してドラゴンの足音が確実に近づいてきていた。
―――
それから数十分後、やってきた救助隊に咲村一家は無事保護された。
渋滞中に起こった三十六台の車を巻き込んだ玉突き事故。死者二十二人、重傷軽傷合わせて負傷者多数。夏休みという事もあり多くの家族連れを巻き込んだ悲惨な事故はその後ニュース、ワイドショーなどで一か月近く取り上げられ世間の注目を集めることになる。
しかし、その話題の中に誠が見た「怪物」については一切言及がなく、あくまで不幸で痛ましい事故という扱いだった。
そして二年の月日が流れた。
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