2.友達



「私は星河、星河依弦。」



その子が僕の方を向いて口元を緩めて放った言葉を、僕は理解できずにいた。


「星河・・・さんって・・・まさかあのb組の・・・?」

「そうだよ!私のこと知ってたの?」

「いや・・・今日僕の友達が星河さんの事話してたから・・・。」

「えっどんな話??」


その子は興味津々に僕に顔を近づけてきた。

たじろぐ僕のことなんてどうでもいいのだろう。


「今日星河さんにぶつかったら怒られた・・・って・・・。」

「ぶつか・・・?ああ!あの男の子か!」

「そう、残念ながらそいつ僕の友達なんだ。」

「あらまぁ、そうだったんだね・・・。」

「めちゃくちゃ怒られたって嘆いてたよ。アイツの自業自得なのにね。」

「ありゃ申し訳ないね・・・。勢いよくぶつかってきてちゃんと前見て無かったみたいだったから、つい、ね。」


そう言ってその子は困ったように笑った。

澄元から聞いていた印象と違いすぎて、現実に追いつけない。

澄元の話を聞いて僕は、星河依弦を少しでも目が合うと睨まれ、怒鳴り散らされるような絵に書いた感じのヤンキーだと勝手に想像していた。

だが僕の目の前に居る星河依弦は悪戯っ子のような笑顔の、華のように笑う可憐な少女で、あたかも別の人物を見ているかのように錯覚した。


「星河さん割と校内で有名らしいよ。ヤンキーだとかなんだとか。」

「え!?私そんな風に言われてるの!?」

「だっていつも一人で居るっぽいし、無表情だとか、学校サボってるとか。あと人への接し方・・・?とか・・・。」


濁すに濁しきれていない。


「いやぁ、いつも寝不足で眠たいんだよねぇ・・・。それで不機嫌に見えちゃってるのかな・・・。学校休んでるのはサボりとかじゃなくて、その、家の用事!」

「そうだったんだ・・・なんかごめんね。皆も誤解してるみたいだね。」

「気にしないで!いや嘘、やっぱり気にして!ちょっとショック!だから私皆に話しかけてもらえなかったんだ・・・。」


噂なんて信じるものじゃなかった。

現にその子は僕が見るからに無邪気で、そこらの女の子となんら変わりは無かった。


「私さ、その噂のせいか友達居ないんだ。もしその、志河くんさえ良ければ、友達ってのに、なってくれたりしないかな?」


そう言い放ったその子の顔はなんだか、少し悲しそうで、困ってるような、でも緊張してるような、そんな気がした。


「僕も、星河さんが友達になってくれると嬉しい。嬉しいよ。ありがとう。」


僕達は薄暗い街頭の下で、冷たい風に吹かれながら互いの顔を見て笑いあった。


僕に学校で噂の友達ができた。



その後はお互いに帰路を辿りながら、英語の先生の口癖がどうだとか、古文の小テストの意地悪さや、中庭の自販機の話だとかたわいもない話をしていた。


「あ、着いた。僕の家ここなんだ。」

「志河くんここの団地だったんだ!私この道の真っ直ぐ行ってすぐの家なんだよね。」

「家、近かったんだね。知らなかったよ。」

「ふふ、家が近いからふとした時に会うかも。じゃあまたね!」

「うん、ありがとう。またね『星河さん』。」


そう言って僕達は別れた。


もう星河さんに対して怖いだとか変な偏見も無くなっていた。

むしろ、不思議と僕は願っていた。星河さんと友達になれた事が夢でないようにと。



ーーー



「おはよ、澄元。」

「おやおや志河くん、なんだか今日はご機嫌ですね?」

「そう見える?そう僕はご機嫌だ。」


今日も今日とて寒い。

でもいつもよりその寒さも苦じゃなかった。

星河さんという人を知れて仲良くなれた、みんなの知らない彼女を知れたのがとてつもなく嬉しかったのかもしれない。

いつも通学路吠えてくる犬も今日はとても可愛らしく見えた気がする。


昼休みになっても僕は澄元に昨日の出来事を話さずにいた。

友達になったからと言ってべらべらと話す気にもならず、僕と星河さんの秘密の共有のように感じている。


ーーふとクラスがざわついた。


「ん?なんだなんだ?」


小テストの範囲が広がったとかそういうのだろうか。


「えっ、ちょ、おい!志河!星河サンだ!」

「ん?」


澄元の声で教室の入口を見ると星河さんが立っていた。

きょろきょろとクラスを見渡す彼女と目が合う。

ニヤっと口角を上げた彼女がこちらに向かってくる。

ずんずんと歩いてくる彼女をただただ呆然と見つめる。

「おはよ、じゃなくてこんにちは?かな。志河くん!」


無邪気に笑って星河さんは僕と澄元がいる席に来た。


「あぁおはよう星河さん。まさか会いに来てくれるなんて思わなかったよ。ビックリした。」

「またねって行ったでしょ!それに友達だし!会いに来ちゃった。」

「えっ?えっ?星河サンと志河、お前友達なの!?」

「そうだよ。」


僕達に注目していたクラスメイト達がまたざわつき始めた。

澄元はと言うと、雄叫びを上げながら椅子に身体を預けて大きな音と共に後ろに落ちていってしまった。


「こんにちは!昨日はごめんね、変なつもりじゃなかったの。『志河くんの友達くん』は名前なんて言うの?」

「あ、俺澄元って言います!昨日はすいませんっした!」


後ろに倒れたまま澄元は頭をぺこりと下げた。


「いいよいいよ、澄元くん。あと一つ言うけれど、私ヤンキーじゃないからね?本当に!あとちゃんと前見てね。」


腰に手を当て怒ったようなふりをしてそう放って彼女は僕の傍に来た。


「実は志河くんのメルアド教えて欲しいなと思って来たんだ。」

「あぁ、メルアドか。いいよいいよ。」


メルアドを交換したあと、満足気に教室から出ていく彼女を僕と澄元、だけではなくクラス全体が見送っていた。


「志河、星河さんと友達らしいぞ。」

「星河さんヤンキーじゃなかったの?」

「えーどういう関係?」


そんな話がちらほらと聞こえてくる。

あまりヒソヒソされるのは好ましくない。


「なぁ志河、お前いつから星河さんと友達だったんだ?昨日知らないって言ってたじゃないか!嘘、嘘だったのか!?俺に嘘ついていたんだな!?うっ・・・俺達もう終わりね・・・。」

「何言ってんだ始まってすらいないだろ。昨日たまたまコンビニで偶然会って話しかけられたんだ。家も近いみたいでそのまま話し込んでな。」

「星河さん確かに怖かったけどヤンキーじゃないって言われたしあんな美人だぜ?そんな人と家が近くで友達ってラブロマンスじゃん・・・羨ましい・・・。お前のこと仲間だと信じてた俺が馬鹿だったよ・・・。」


少し秘密の共有が無くなったみたいで寂しいが、皆の星河さんへの誤解が少しでも解ければと願う。

話しかけてもらえないと言っていたし、これで少しはクラスに馴染めるようになるかな、と親のような気持ちになる。

変な噂のせいで友達が出来なかったのは流石に同情せざるを得ない。

まぁ、星河さん自身の少しキツい言い方にも問題はあるのだろうが。


そんなことを考えていたらケータイが震えた。


見てみると早速星河さんからメールが来ていた。


『今日、夜ちょっと会えないかな?一緒に行きたい場所があるの。』


華の高校生だと言うのに部活に入っていない僕は年中放課後は暇だ。

星河さんのメール内容にはもちろん了承した。


夜に女の子と二人で出かける。

流石にジャージだと格好もつかないし恥ずかしくもどんな服装で行くかで頭がいっぱいだ。

夜に一体何をしようというのか。

女の子の免疫が全くない僕には少し刺激の強い誘いで脈は早くなる一方だった。

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