1.日常


太陽が眩しく照らしてくる。

太陽は僕を温めようとしてくれてはいるがちっとも暖かくない。


「あーくっそ、なんでこんな寒いんだよ。」


マフラーを2週巻いて口元を埋める。

ぶるぶると身体を震わせ着慣れた制服を纏って通学路を進む。


僕の通う高校はよくある「自称」進学校だ。

頭がさほど悪い訳ではない、だが決して特別賢い学校な訳でもない。

無駄に厳しい校則に囚われて監獄という名の学校に向かう。




この時期は椅子がひんやりとして席に着くのも億劫になる。


「おはよーっす志河(シガ)、いつまでマフラー巻いてんだ?」


僕が凍えてると前の席の子の椅子をかっさらって話しかけてきた。

こいつは澄元(スミモト)、いわゆるクラスメイトだ。


「うるさいな、寒いんだよこっちは・・・。」

「こんな寒いと女の子に暖められてぇなぁ〜!彼女欲しい、いやまじで。」

「なんで俺達高校入ってもうすぐ1年経つのに恋愛イベント起きないんだよ。」

「寂しいにも程があると思うよなぁ〜!」


僕達の学校は公立だから共学だけれど、残念なことに全く恋愛沙汰が起こる事もなく過ごしている。


「なぁ志河、このまま俺達お互い彼女出来なかったら俺らで付き合うしかなくね??」

「流石にそれは引く。」




本当にいつも通りの馬鹿げた日常、である。




ーー



昼休み。

じんわりと自分の体温で温もった椅子から離れられずにいた。


「志河、昼飯食おうぜ!」


そしてまた澄元はまた僕の前の席の子の椅子をかっさらう。

その子はいつも友達の席に行っているみたいなので問題は無さそうだが、そんな毎度乱雑に扱われるその子の椅子の気持ちにもなって欲しいものだ。


「そういやさっきの隣のb組に教科書返しに行ったんだけどさー、志河お前b組のあの子知ってる?」

「あの子?誰だよ。」

「あれだよ、星河依弦(ホシカワイズル)。」

「僕イマイチ別のクラス分かんないんだよなぁ。」


別に友達が全く居ない訳ではないけれど、他クラスの、特に女の子になると僕は全く関わりがなく、恋愛沙汰が起こらないのもそのせいかもしれない。

なんだかんだ澄元と恋愛だの彼女だの話をするけれど、そこまで深い他人との関わりについて考える事は実の所ない。


「まじ?星河さん割と知られてねぇか?無表情でめっちゃ怖いの。授業まともに受けず寝てるしちょくちょく学校サボってるらしいし。」

「へぇ、この学校にヤンキーなんて居たの?」

「頭いいヤンキーって居るんだな〜。でさ、そのb組に行った時に星河サンとぶつかっちゃったのよ。めっちゃ睨まれて『前見ろ』って怒られてさ〜!!」

「こっっっわ。」

「俺あぁいう女とは付き合えねえ〜!」


ぶっちゃけぶつかった澄元が悪い。

僕は自分からヤンキーみたいなのにぶつかっていけない。

ある意味澄元は勇者かもしれない。


「僕は付き合うならお淑やかで〜優しくて〜いつもニコニコしてて〜お弁当僕のために早起きして作ってくれたりする子がいいな。あと勉強教えてくれる子。」

「分かるぜ志河、女の子っぽい子っていいよな〜。ザ・華!って感じのふわっとした女らしい可愛い子と学園ロマンス〜!!たまらんねぇ青春すぎる、そんな彼女が出来たらきっと俺、世界救えるよ。」


勇者にでもなるつもりか分からない馬鹿げた澄元を放っておいて、僕は窓の外を眺めた。


星河さんとかいうその人の事は初めて知ったけれど、なるべく関わらずにこの学校生活を終えたいと切実に願った。



ーーー




ーーー




「蒼月(アツキ)ー!どこ行くの?」

「コンビニ〜!!」


母さんは本当に声が大きい。

そんな大声出さなくても聞こえてる。


よれたジャージにマフラーを巻いて住み慣れた団地を出てコンビニに向かう。


「夜はもっと寒いな・・・。」


ヒュウっと吹く風に肩を竦(すく)めて歩いていく。コンビニに行くには歩いて10分ほどの駅前まで行かなければいけない。

駅前は賑やかだけれど、この辺りは街灯がポツポツとあるだけで薄暗く何も無い。


街中はあと1ヶ月でクリスマスなせいか、クリスマスケーキのチラシが張り巡らされてる。

コンビニにも七面鳥やクリスマスケーキの宣伝で溢れかえっている。

もうそんな季節になるのか。


一年というのはあっという間に過ぎていく。

きっと今年のように来年も、再来年、そのまた次の年も何事もなく同じような日常を繰り返していくのだろう。

僕は絵に書いたようなつまらない人生、つまらない人間なのかもしれない。



「ミルクティーは必須だな・・・あとはポテチと・・・っと!」


お菓子コーナーで突っ立って悩んでいると誰かとぶつかった。


「わっ、すみません!」


声のする方を向くと、ポッキーの箱を握りしめた女の子が困った顔で立っていた。

サラサラで柔らかそうな栗色の胸元まである髪。

切れ長だけれど長いまつ毛に大きな目をしている。

美人とはこういうのを言うのだろう。


「いやいや大丈夫です!」

「あれ、君もしかして葉月(ハヅキ)高校?」

「えっなんで知って・・・。」


突然自分の学校を見知らぬ女子に特定され、呆然として無言で見つめ合う。


「待って、とりあえずレジ行こ!そしたら少し私と話してくれる?」


レジを終えて店を出て、僕はその子と並んで歩いていた。

母さん以外の女性と話すのなんていつぶりかで緊張して何を話せばいいか分からない。

何かを話さなければと考えれば考えるほど、どんどん頭が真っ白になり、言葉が何も浮かばなくなる。


「君、家どっち?」

「あっ僕こっち・・・。」

「なんだ、私もそっちだ。この道長いし歩きながら話そっか。」

「あ、はい・・・。」


オドオドしながら喋って、自分はこんなにも情けない男だったのか、女の子に会話をリードされて。と一人で悶々としていた。

男は美人を前にすると緊張する、そういう生き物だ。そうだ。だから仕方ない。仕方ないのだ。

そう自分に言い聞かせていた。


「君の名前、なんて言うの?教えてよ。」

「志河蒼月だよ。ちなみにa組。」


同じ高校だと知ってるのに僕の名前は知らないというのは些(いささ)か納得できない。その理解出来ない事実に少しショックを受けた。


「ごめんね、強引に一緒に帰っちゃって。急に学校名言われてびっくりしたでしょ?」

「まぁ少し。でも大丈夫だよ。それよりどうして僕を?」

「一回校内で見たことあるなって顔してたの!ダメ元で聞いたから違ってたら恥かいてたよ〜!」


そう言って栗色の髪の女の子は二ヒヒとはにかんで笑った。




「じゃあ改めまして、初めまして志河君。私は星河、星河依弦。」

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