3.オリオン
「あら、蒼月どこか行くの?」
「ちょっとそこまで。友達と会ってくるよ帰りはそんなに遅くはならないと思う。」
「あらそう・・・友達・・・?澄元くんかしら。」
母さんの質問をくぐり抜けて家を出る。
指定では19時に僕の団地の前。
まだあと10分もあるし余裕だ。
会った時の挨拶の脳内シュミレーションでもしておこうか。
服装も気合いを入れすぎずラフすぎず程よいいい感じにキマっている筈だ。
何気なく団地の手すりから下を見ると見慣れた女の子が立っている。
「嘘だろ・・・俺が遅刻かよ!」
いや10分前だから僕は遅刻していない筈なのに悪いことをしたような気持ちだ。
一体いつから待っていたんだ。
急いで降りると完全にラフ着の星河さんが自転車を止めて待っていた。
「やぁ色男、乗りたまえ!」
「色男ってなんだよ・・・ごめん結構待ったりした?まだ10分前の筈なんだけどな・・・。」
「いや昨日コンビニで会った時みたいなジャージで来るかと思ってたのに普通にキメてくるからね。ごめんごめん、先に待ちたかっただけだから気にしないで。」
恥ずかしさで顔がカーッとなったのが分かった。
恥ずかしいやらなんだか悔しいやらで奥歯をぎゅっと噛んだ。
すると彼女は自転車にまたがり荷台をポンポンと叩いた。
「いや、いやいや!流石に女の子の後ろには乗れないよ。僕が漕ぐ。」
「何言ってんの、志河くん道知らないでしょ?どうやって向かうのよ!いいから乗って。」
言われるがままぐうの音も出ない僕を強引に荷台に乗せて自転車は動き出した。
「ごめんね。重くない?」
「女の子みたいなことを聞くね。重いって言えばマラソンでもしてくれるの?」
風を切って僕達は駅と反対方向の山の方へ向かっていく。
出来れば僕は自分の自転車に女の子を乗せて走りたかった。
それなのに今は全くの逆でなんて情けない男だと自分で不甲斐ない気持ちだ。
僕も一応男だ。重たくないだろうかと彼女の横顔を覗き込んでみると、こんな寒いのに楽しそうだった。
冷たい風になびく彼女の髪に頬を撫でられながら横顔を黙って見つめる。
まるで彼女の周りがキラキラ光っているようで眩しく感じた。
とっくに寒さなんて感じていなかった。
「ーー着いたよ。」
僕達が着いたのは、僕の団地から自転車で10分程の距離にある山の裏手だった。
「流石に私も少し疲れたし、山登って体力切れで女の子におぶらせるような男じゃないって信じてるよ!」
そう言い二ヒヒと笑って自転車を停め、先頭を切って暗い山の中をずんずん進んでいく。
僕は、女の子は暗い場所を怖がるものだと思って生きてきたのだが、どうも星河さんにその考えは通じないようだった。
「え!?これを登るの?」
「大した高さじゃないよ〜!いいから弱音吐かないの〜!」
夜女の子に誘われたのが山登りなんて思いもしなかった。
一体何を考えてるのかさっぱり読めやしない。
僕達は黙って山を登った。
その先に何があるのか尋ねても彼女は黙りを決め込むだけだった。
ところどころ登りにくいところはあったものの、すいすいと登る彼女の後ろを追いかけた。
「こっちだよ!」
途中で曲がるとその先には錆びたフェンスがあった。
よく見ると下の方が壊れていて人一人通れるくらいの穴になっている。
穴をくぐり抜けた彼女のあとを追って僕もフェンスをくぐり抜けた。
フェンスをくぐるとそこはほんの5mくらいしか幅がなくて柵もなく、落ちれば真っ逆さまになるような場所だった。
しばらく登ってきたのである程度高いだろう。
落ちた時の事を想像して思わず身震いした。
「志河くん、見て。」
彼女の言葉に立ち上がり指を指す方を向くと駅前の光や街な光が瞬いていて、上にはぶわぁと瞬く星々が見えた。
「・・・あぁ・・・。」
「駅前の方だと周りの電気で明るくて星がよく見えないでしょう?ここなら街の光から離れているから夜景も星もバッチリ見えちゃうの!・・・私のお気に入りの場所なんだ。」
「こんなに星を見上げる事って無いから、なんか、改まって、言葉にならないよ。」
しばらく僕達は座って星を眺めていた。
「ねぇ、星、分かる?」
「分からない、かな。」
「あの真上に見える繋げると砂時計みたいな形になる8つの星があるでしょう?あれの右にある5つの星と左上に見える4つの星を繋げるとオリオン座なの。」
「星が多くて砂時計だけしかよく分からないや。でもなんとなくオリオン座の形は分かった。」
「そうだよね、ふふふ。あのオリオン座の砂時計の部分の1番左上、あれがベテルギウス。1番右下がリゲル。
あと、あれがおおいぬ座のシリウス、あれがこいぬ座のプロキオン。ベテルギウスと繋いだら冬の大三角になるの。」
「へぇ凄い、詳しいんだね。」
「私ね、星が好きなの。名字にも星が入ってるの、何か運命かなって思うんだ。」
そう言って楽しそうに話す彼女がまるで、そう、星のように輝いて僕は、言葉に出来ない感情が溢れ出すようだった。
夜空は数えきれない星々に囲まれて、まるで吸い込まれるような感じがした。
「ーーなんで泣いてるの、志河くん。」
つうっと頬に涙が流れていた。
僕は彼女に何も応えずにわらった。
僕は何故自分が泣いてるのか理解出来なかった。
ただ星空を見ていると言葉じゃ言い表せない感情に襲われてた。
このちっぽけな僕達や僕の住む街、地球の何百倍じゃ足りないような広さの場所に僕の知らない世界が広がっている。
そう考えるだけで全身がぶるりと震える。
「私が星を好きになったのは、8歳の時なの。ふと星空を眺めていたら気づいたの。この星々は遥か何光年も向こうに居て、何百年も前に光ったものが今私たちの目に見えている。一度光ればその光が地球に届くまで何光年の距離、そして何百年もかかるのよ。現代の私たちが見ている光は何百年も前の、江戸時代やそれよりもっと前に存在していた星々の光でそれを長い間をかけて届けてくれたの。その沢山の瞬きが見えているんだと思ったらもう訳わかんなくなって涙が出てきちゃって、もう言い表せない感情で溢れかえってた。」
「その感覚、分かる気がする。」
そしてしばらくの間僕達は黙って座って星を眺めていた。
「ーー私ね、思うんだ。普段景色程にしか見られていないけれどこの季節、見上げたらオリオン座が見えるって一体何人が知っていて気づけたんだろうって。私は沢山の人に無視されて、気づいてくれる人なんてほとんど居なくて、それでも尚瞬き続けようなんて思えない。きっと耐えられない。」
彼女は笑っていなかった。
空を真っ直ぐ見たまま、何を考えているのだろう。
僕は何も言わずに彼女を見つめていた。
僕だって彼女に教えてもらうまで景色程度にしか感じず、星空をこんなにまじまじと見て、それについて考えることも知ろうと思うことも無かったのだから。
「そういえば神話でね、オリオンには愛し合うアルテミスが居たって話があるの。結果的にオリオンは死んじゃうんだけど、その2人が凄い相思相愛で、お互いを死して尚ずっと愛し合っていた、だから星になって傍にいるんだって。私素敵だなって思ったの。もし私がアルテミスなら私のところにオリオンが来るのかなって思ってるんだ。」
恥ずかしそうに彼女はふわっと笑った。
まるでさっきの話を無かった事にされたかのようにも感じられた。
彼女は沢山の人に自分を知られたいのだろうか。
彼女は今瞬いているのか。
僕は彼女に気づいているのか、彼女自身を知れているのだろうか。
「きっと来る。僕は星河さんがアルテミスだと思うよ。アルテミスだから、気づいてくれる人が全然居なくても、必死に瞬いてオリオンに知らせようよ。ここに居ます、って。」
「・・・志河くん。」
一瞬潤んだかのように見えたが瞳を閉じるともう次の瞬間にはいつも通り透き通り潤った瞳で僕に笑いかけた。
「「帰ろうか」」
ーーー
帰るときも彼女は強引に僕を荷台に乗せて走り出した。
「・・・笑ったりしないでね?」
「僕が重くてもう小鹿みたいに足腰ぷるぷるしてるとか?漕ごうか?」
「ばっかじゃないの!私そんなにひ弱じゃありませんよーだ。違うわよ、そういえば私は『星河』で君は『志河』だなと思って。二人とも『河』が付いてるよね。初めて名札の漢字見た時、運命みたいって思ったの。ただそれだけ。」
「確かに、こうして出会ったんだし一つの運命かもしれないね。」
「キザ男!」
そう言って笑い合いながら僕達はオリオン座の下を走り、互いの家に帰りついた。
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