第9話 影兵

――――帝蜀市 『ホール』 4/20――――

友輝が剣をなぎ払うと騎士のような格好をした相手は手にしている盾で受けた。騎士は体制が崩れたのを見逃さず、反対の手で握る槍を突き出し、友輝の腹部を狙う。友輝が気づくと左手を挙げた。すると石の壁が現れ槍を阻む。騎士が苛立ったように槍をなぎ払い、石の壁を破壊したがその先に友輝はいなかった。驚いた騎士が友輝を探すが、発見できない。すると、


「はあー」


友輝は気合いを入れた声とともに騎士の脳天に剣をたたき込む。騎士は抗議の声を上げる。


「痛ッてぇ!」

「おっと、ごめんな。ちょっと力入れすぎてしまったよ」

「気をつけてくれよ」

「はいはい、分かったよ明」


友輝はその騎士――加藤明――に答えた。周りには他のクラスメイトたちが模擬戦や道具の作成をしている。


「いやぁ、この刃をつぶした武器といい、研究といいここの技術力やなんやらはすごいよな」

「ああ、お前の剣だけだなく、俺の槍も人に突いても問題ない材質になってるのに本物と同じ長さ、重さなんだからな。やっぱりすげぇよ」

「しかも毎日体育だけじゃなくここで球技大会の練習できるから経験がない競技でもみんなうまくなってるし、なんか割とうまくいってるよな。そういえば、伊藤博士が俺らの能力を抑える機械がもうすぐ開発できるっていってたな。明、今から研究室行かないか?」

「よし、分かった。こっちでよかったよな」

「ああ」


二人は部屋から立ち去り、研究室へ向かっていった。





扉を開いた明は中へ声をかけた。


「おーい、博士ー例の奴完成し……なんだこれ!」

「どうした……ッ!」


二人は植物が部屋中に生え、たくさんの人を縛っている光景に息をのんだ。


「どうなってるんだ……だ、大丈夫ですか?」


その声に応えるものは誰もいない。

いや、一人だけいた。黒い人影が部屋の片隅から現れ二人の前に立つ。


「?誰ですか?あなたは」

「…………」


その人影のからだは真っ黒に染まり顔を覆うかのように何かをかぶっており素顔を見ることはかなわない。それは二人へ手を伸ばすと何かが掌に集まり、ビームとなって射出される。二人はとっさに左右に分かれ、回避した。


「おっと、なんだこいつ?」

「分かるわけないだろ。とりあえず、この状況はこいつが作ったのかもっしれない。明本気の方の武器を出せ、油断せずにいくぞ!」

「お、おう、分かった!いくぞ!」

「……」


二人はそれぞれ自分の武器を取り出すと構えた。影はそれを意に介さず明の方へ飛びかかり、掌底を繰り出す。明は盾で庇うが、そのあまりの強さに盾が吹き飛ばされてしまう。繰り返される拳、蹴りの攻撃を残った槍でなんとかいなすが余裕がなくなっていく。友輝も斬りかかるが影の背中から黒い触手が伸び受けるため、ダメージを負う様子はない。


「く、クッソー!」


余裕がなくなった明は槍を影の腹部へ突き出した。だが、槍は影に刺さる直前につかまれ、影の元にからだを引き寄せられる。明のからだが引き寄せられる先には影の抜き手があった。


「ハッ!ヤベぇ……」


自分の運命を理解した明は目をつぶった。








いつになっても痛みを感じないのを不審に思い、明が目を開けると影の周りに青い鎖のようなものが巻き付いており、その先には二人の女生徒がいた。影を縛っている女生徒が明を煽る。


「どうしたの?明。『ナイト』の名が泣くわよ?」

「うるせーよ、優花……まあ、ありがとな。助かったよ」

「優花さんについてきて正解でしたよ。危なかったですね」


女生徒――レイラと優花――は影を見ると話しだす。


「で、こいつ誰?」

「知らねぇよ。研究室入ったらなんか襲ってきたんだよ。部屋の中もメチャクチャ荒らされてるし」

「ということはこの人はヌルやゼクスの仲間なんでしょうか」

「分からないけど、その可能性は高いと思う。こんなに強い奴がそんなにいるなんて考えたくないな」

「まあ、あたしに止められる程度だった……ッ!待って!こいつ!うわあ!」


いきなりガラスが割れるような音が鳴ると影を縛っていた鎖が消え去る。影は何事もなかったかのように四人へ向き直った。影が首を鳴らすとそのからだは再構成されはじめやがて全身から無数の黒い触手が生える。


「マジかよ……」

「任せて!あたしがまた捕まえて……キャ!」

「危ない!」


影は自分をもう一度捕まえようと手を伸ばした優花に向け複数の触手を伸ばした。明がとっさに近くに転がっている盾を拾い、優花を庇う。だが、その猛攻に耐えるのが精一杯であり気を取り直した優花が魔法で障壁を張ってなんとか耐えている。


「明!大丈夫か?」

「ああ、だが動けそうにない。お前と竹山さんでそいつはなんとか倒せないか?」

「分かった。竹山さん、いくよ!」

「了解です」

「……」


レイラは懐から先端に宝石の意匠が施された小さな杖を取り出し、友輝は剣を構え直す。

影は左手を明と優花へ触手を伸ばすのに使いながら右手をレイラと友輝に向け、触手を伸ばした。その数は20を超え、そのどれもが目視するのがやっとなほどの速度であった。

レイラは杖で障壁を張り、友輝は剣で触手をはじいて近づこうとするがあまりの勢いに二人はむしろ後ろに追い詰められていた。

焦った友輝は疲労により集中力が限界へと達し、ついに腹部へ強烈な一撃を食らってしまった。


「ウッ!クソッ!」

「大丈夫ですか!?」

「なんとか大丈夫だけど、このままではまずい。なんとか光明を見出さないと……」


そのとき、友輝の思考に閃光が走る。


「そうだ!あれなら……

優花!一度でいい。<障壁領域>を出せるか?」

「無理!残り魔力考えると一発であたし、ぶっ倒れちゃう!」

「それでも一瞬時間を稼げるはずだ。後は俺らに任せてくれ!」


優花が悩んだのは一瞬だった。それはともにいくつもの死線を通り抜けた故の行動だった。

そもそもこのままでは4人ともまとめて影に倒されてしまうだろう。だったら賭けようと思った。

優花はうなずき、友輝に声をかける。


「わかった。絶対に成功させてね」

「当たり前だ。レイラ、君は<重力グラビティ操作コントロール>を使ってくれ」

「!なるほど。了解しました」

「そろそろいくわよ!<障壁領域>」


優花が魔法を発動させるとドーム状の薄い膜が優花から放たれる。

触手はその膜に触れるとはじかれ、中に侵入できない。だが、膜はレイラと友輝を抵抗なく中へ取り込んだ。

程なくして膜が影へ到達するが影は少し後ずさりしただけでダメージを受けた様子はない。

だが、影が出す触手はすべて影の元へ戻った。

影はすぐに触手を伸ばそうとするがレイラはその隙を逃がさなかった。


「いきます。<重力グラビティ操作コントロール>」


その魔法は影の身動きを制限し、空中へ浮かび上がらせる。そして、レイラは左手を鳴らした。

すると逆にとてつもない勢いで影は地面に叩き付けられた。

流石にダメージを負ったのか心なしかゆっくり影は立ち上がろうとする。

しかし、この隙を逃さず友輝は影へ剣を向けた。


「いまだ!<聖剣斬セイントスラッシュ>」


友輝は光をまとった剣を影へ横薙ぎに払った。すると影は動きを止め、倒れ伏した。

影が動きを止めたのを確認し、四人は倒れた。


「危なかったな」

「ええ、全滅してもおかしくなかったです」

「ああ、動ける奴はいるか?」

「無理。さっきので魔力を絞り切っちゃったからもう指も動かない」

「おれもだ疲労で指一本動かない」

「わたしも動けないですね」

「はは、じゃあ誰かが来るまで待つしかねぇか」


友輝は動くことを諦め、何気なく影の倒れている方を見た。

だが、彼は恐ろしいものを見た。


「ッ!マジかよ……」

「どうしたん……え?」


影がぎこちない動きで立ち上がり四人へ向け手を伸ばす。だが、その手から触手はでなかった。

影が自らの手を見ると手の輪郭が乱れ、形が安定していない。どうやらさっきの攻撃で相当のダメージを負ったようだ。

しかし、歩くことはできる。その手を使えば一人の人間くらいは簡単に絞め殺せるだろう。

影は一番近くにいた友輝へ向き直るとそちらへ向け、ぎこちなく歩き出した。


「く、クソ!マジかよ」


手が全く動かず剣を持つことができず、友輝が下がっていくがすぐに壁にぶつかり、追い詰められてしまった。

影は友輝の首に手をかけ首を絞める。


「ウッ……クッ…………やめ……」


友輝は影が自分へ笑いかけているように見えた。

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