第97話 世界のあれこれ②


「まっ、真か! つ、遂に来おった……」


 玉座に座る若い男が、思わず立ち上がり報告に面を薄青く染める。

 名をポモク・リグ・ヌーンディ。シュウ達が居るヌーンディ王国の国王である。

 歳の頃は十代後半。国王としてはまだ若い。

 昨年急死した父王の後を次いだばかりであった。

 その為か、未だに思慮遠謀に長けてはいない。

 今ですら覇国の進行と言う言葉だけ捉え、次の対応策までは思考が回っていなかった。


「は、はい……ディフォン大河の南東より北進してくる模様です……そ、その数……万を越えていると……」


「愚か者が! 確りと報告せぬか!」


 謁見の間に詰めていた重臣から叱責の声が飛ぶ。


「覇国が動いただと……」


「……馬鹿な」


「なんたる事だ……」


 にわかに謁見の間がざわめきに包まれ騒がしくなる。


「……王君陛下……如何いたしますか?」


「……覇王が……覇王が…我が国に攻めてくる……」


 王君はその言葉にも反応出来ず、玉座に崩れ落ちるかの様に座り込むと、忙しなく指先で己の膝を叩く。


「……陛下!」


「王君陛下!」


 重臣が重ねて王君に意見を求める様に視線を、声を掛けてくる。

 だが、王君は唯唯譫言の様に言葉を重ねるだけで、返事も出来ない状態であった。


「落ち着きなされ、我が王よ!」


 大声が響き、豪華な鎧を纏った壮年の男が謁見の間に入って来て周囲を一括する。


「この様な時にこそ、王としての資質が問われますぞ! 確りなされよ!」


「ラ、ラング……」


 ラング・ガ・ダキブ。ヌーンディ王国の大将軍である。

 今ヌーンディ王国があるのも彼の力に依る処が大きいとすら言われている男であった。


「ラングよ……どうすればよい? この様な時、父王は如何いたした?」


「……先ずは状況を把握するのが大事ですぞ。覇国が大軍を以て我らが国を狙うのであれば、我らは連合を以て事に当たるが肝要。公国、水国に情報の共有と盟約に従い、連合発足を提案なされよ」


 ラングが落ち着いた様子で王君の問いに答える。

 父王の時代よりヌーンディにラング在りと言われた男の言は重く、信に足る物であった。

 王君は深く深呼吸をすると、表情を改めて指示を飛ばす。


「そうだな。先ずは情報収集と連合の発足だな。即座に伝令を二国へ送れ!」


「はっ!」


「情報を集めよ! 些細な事でもよい、諜報部隊を派遣し、事細かに仔細を報告させよ!」


「はっ!」


 其処には先程までの、先行きの道すら見えていなかった只の若者はいない。皆が仕えるべき若き王の姿がそこにはあった。


「其れでこそ我が王ですな。此度はワシが軍を纏めましょうぞ。王は良く観察し学び、次に活かしてくださればよい」


「うむ。此度の戦はラング、お前に任す。覇国に我がヌーンディの力を見せつけるのだ!」


「はっ! 必ずや勝利を王に捧げまする」


 若き王の姿に将来の名君の面影を視たラングは、深々と頭を下げると、勝利を捧げる事を誓うのだった。




 ヌーンディ王国にサーマレイ王国の侵略行動が行われるという情報は、瞬く間にここ、ヨーク公国の公王の私室に届けられた。


「……やはり覇国は動いたか。どうだ、予想とは違って早かったか?」


 蒸留酒の入ったグラスをくゆらせながら、公王ウルューゼ・リグ・ヨークはテーブルの対面に腰かける公王の懐刀とも云われる家臣アネジテム・ガ・テトニムに尋ねる。


「そうですね。未だ手は出してこないと読んでいたのですが、いやいや予想が外れました」


 四十代のウルューゼに対しアネジテムは二十代である。

 自分の半分くらい歳の離れたこの家臣をウルューゼは重用していた。


「となると、何か策が有ってか……」


「……でしょう。でなければ態々戦を仕掛ける意味が在りません」


「恐らくはヌーンディから連合の話があろうな」


「ええ、ラング・ガ・ダキブ。彼が居ますから」


「……ならば受けるに越した事はあるまい。ヂゥーマク辺りに軍を任せてみるか……」


「それで宜しいかと」


 恭しく頭を下げるアネジテムにウルューゼはニィと口許を歪ませて笑いかける。


「さて、この戦勝てるか?」


「はてさて、それは覇国の動き次第でしょう。このままなら三国でこちらが有利。であれば……」


「何か仕掛けてくるか」


「恐らくは」


 ウルューゼは酒を煽ると窓の外に視線を向ける。


「……さて、我らが皇帝陛下はどうでるかな」


 動くか、それとも動かないか。それによりウルューゼの取るべき道筋は変わってくるのだ。


「善い選択をしてくれればいいがな」


 ウルューゼはそう呟くのだった。




 閉めきられ光の射し込まない室内には香の匂いが立ち込めていた。

 部屋は二十畳は優にある広さで、中央には天蓋付きのベッドがある。

 恐らくここは寝室なのだろう。天蓋から垂れているカーテンが風に揺れる。

 そのカーテンの隙間から一糸纏わぬ女体が見え隠れしていた。

 出る所は出て引っ込む所は引っ込む、凹凸がはっきりとした男が見たら生唾物のスタイルを持つ女性だった。

 ベッドに横になっている女性が微かに身じろぎをする。


「……動いたのね。ふふふっ。彼の男は妾に幸を届ける事が出来るのかしら」


 艶かしいと言えるような女の彩のある声が闇に響く。


「さあ覇王よ、妾に更なる富と名声を捧げるのよ」


 女の声はどこか妖しい音色を以て闇に溶け込んでいった。

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