第96話 世界のあれこれ①


 その男は強者だった。

 くすんだ赤い絨毯が敷かれた上に置かれた金の豪華な椅子――玉座に座る壮年の男は正しく強者だった。

 無駄の無い筋肉を清潔な白い服で覆い隠し、緩やかな黒いズボンを履いた男の眼光は鋭かった。

 短く刈られた金髪。彫りの深い顔立ちの中にあって群青の眼光は他者を見下ろす。

 只座っているだけで、王者の風格をこれでもかと見せつける。

 サーマレイ王国、国王ヴァング・リグ・サーマレイ。人は彼の事をこう呼ぶ。

 即ち――覇王と。

 ヴァングの短く整えられた髭に覆われた口が言葉を発した。


「報告を」


 決して大きな声ではない。が、腹の底に響く様な低く渋い声だった。

 一段いや三段ほど下がった場所の左右に貴族と思われる豪華な服を着た男達が控えるその中央。赤く延びる絨毯の上で、男の正面に跪いた銀色に輝く鎧を纏った金髪の女が、その声に頭を垂れたままハッキリとした口調で返事をする。


「はっ。南部の平定、これを成し得ました。これにより南方軍を東方へと進軍させる事が可能です」


「そうか」


「はっ!」


 ヴァングの視線が右手に控えていた男へと向けられる。


「マンシャル、例の件は」


「施設の接収は完了しました。やはり野獣と他種族の合成を目的に作られた施設の様です」


 マンシャルと呼ばれた壮年の男は眉を顰めながら返答する。


「で、合成自体は可能なのか?」


「いえ…どの被検体も生命活動を停止しておりました。合成体の作成はやはり難しいかと……」


「分かった。そこは破棄しろ」


 言い淀むマンシャルを一瞥した後、ヴァングの視線は左手に控える青年に向けられた。

 その青年を一言で表すなら美丈夫だった。くすんだ黒髪に灰色の瞳を持つ二十代くらいの青年である。

 だがその青年を見て受ける印象は恐らく誰もが同じ事を言うだろう。

 ――人形と。

 能面の様に表情のない冷たい眼差し。そこには個人と言う意思が宿っていない様に思えた。

 そんな人形のような青年にヴァングは問いかける。


「オブスレー」


「封考環の量産は順調です。例の者達に着けた役法鉢は、動作を安定させております。既に北の地に送る手筈は整えましたが、意思は奪っておりません……よろしいのですか?」


「構わん。北はバナガンに任せておる」


「はっ」


 オブスレーと言われた青年は表情を変える事無く恭しく頭を下げる。

 そして頭を垂れたまま更に言葉を発した。


「陛下。次いで、是非ともお目通りしたいと言う者が来ております」


「通せ」


「はっ」


 オブスレーの背後から、湧いたように黒い影が現れる。


「何奴!」


 跪いていた女が一瞬で現れた影に剣を突きつける。


「リゼルヴァ、よい」


「はっ!」


 リゼルヴァと呼ばれた女は剣を引くと、何があろうとヴァングを守れる様に、その立ち位置を影の斜め前とする。


「覇王陛下、お初にお目に掛かるでゴザル。拙者は法主殿の遣い。此方の封書を預かって来たでゴザルよ」


 影の男は懐から一通の手紙を差し出した。

 リゼルヴァが封書を受け取り、仕掛けが無いかを確かめる。


「よい」


「はっ」


 許可を受け、リゼルヴァ自身がヴァングへと直接封書を届ける。

 ヴァングは封書の封を解くと、内容を一読する。その鋭い瞳が興味深い色合を見せた。


「リゼルヴァ」


 読み終えた封書をリゼルヴァに手渡すと、意図を組んでリゼルヴァが手早く内容を確認する。

 それを横目に左に控えるオブスレーへと視線を向けると言い放った。


「オブスレー。この件は一任する」


「はっ」


 ヴァングの命令に、オブスレーは恭しく頭を垂れ、恭順を示す。


「では、拙者は此れにて」


 影はヴァングにそう告げると、言葉と共に一瞬にしてその姿を消失させた。


「……宜しいので?」


 リゼルヴァは影が消えたと思わしき方向に視線を送る。


「構わん」


「はっ! では陛下、この件、如何しますか?」


 封書を読み終えたリゼルヴァが確認を取るべくヴァングに声を掛ける。


「ふっ、帝都の門か……面白いではないか」


「では?」


「準備だけは怠るな」


「はっ!」


 リゼルヴァも頭を垂れる。


「聖法主め……我を誘うか?」


 ヴァングの鋭い眼光が宙を見据える。

 その瞳は此処より北方の地にある聖法都を見据えていた。


「……我を縛れるとは思っておるまい……なあ、聖法主よ」


 覇王ヴァングはこれから起こる事変を察してか、唇の端を歪めて笑うのだった。

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