第91話 思いを乗せて
時は少し戻る。
シュウに諭され結界内に退避したデュスは知らず知らずの内に拳を握りしめていた。
「ワ、ワシは……」
危険を避けた。生物としては当然の行為だったが、仲間を危険に曝したまま退いた事が、デュスの心に耐え難い傷をつけていた。
握りしめた拳から血が滴り落ちる。
だが、シュウが作った隙をみすみす無駄にする事などデュスには出来なかった。
「……クムト、ティル……退くぞい」
デュスの言葉にティルが猛反発する。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! シュウがまだ居るじゃない?」
「ティル!」
クムトが咄嗟に止めようとするが、恐怖に震えながらも、ティルは言葉を止めようとはしなかった。
「シュウを残したまま、逃げようっての!」
「……そうじゃ」
「……ふ、ふざけんじゃないわよ! 幾ら危なくても、仲間を見捨てて「それでもじゃ!」……っっ!」
「それでもシュウが作った隙は今しか無いのじゃよ……」
デュスの顔には悔しさと後悔しか浮かんでいない。
「……デュ、デュス……で、でも!」
「もう止めなよ、ティル! デュスの気持ちも考えて……」
珍しくクムトが叫ぶ様にティルを止める。
「なら、クムトはシュウを置いて逃げるの?」
「……僕は……まだやれる事があるからね……まだ逃げれないよ」
「いかん! シュウの気持ちを考えてみい!」
クムトらしからぬ発言にデュスが制止の言葉を投げかける。
「……分かってますよ……シュウさんが作ったチャンスは今しか無い事くらいは……」
「ならばじゃ! 尚更お主を残す訳にはいかんのじゃ!」
「でも、でも今しかシュウさんを助ける事も出来ません!」
「……クムトよ。だからと言ってお主が残っても……」
クムトの気持ちもよく分かる。自分でさえも出来る事があるならシュウの為に何かしたい。
シュウ一人だけを死地に追いやって自分だけ助かりたいとも思わない。
だが、それは他ならぬシュウの願いだった。
だからこそ、デュスは血の涙を後で流そうとも、ここは皆を連れて退かねばならないのだ。
「いえ、一つだけ……考えがあります……前に出ずに、ここからシュウさんをサポートする方法が……」
「なん…じゃと?」
デュスも微かな希望にも似た何かを、クムトの言葉から受け取っていた。
まるで蜘蛛の糸の様に細く頼りないものかもしれない。
だが、無念を残すよりは、今出来る事をしたいと思う心もあるのも事実だ。
「一発勝負です……ティル、力を貸して欲しい」
「な、何? 私に出来る事なの?」
「うん。君にしか出来ないと思う……方法は唯一つ。シュウさんが危険になった時に……僕の結界をシュウさんに向けて空間方陣で飛ばして欲しい」
「えっ?」
クムトの提案に戸惑いを浮かべるティル。
デュスですら何を言っているのか理解が出来ずにいた。
「一瞬の隙を、シュウさんに届けるんだ! ティルが無理なら……僕も退くよ」
「……やる。やってやるわよ! でもどうやったらいいの?」
「今張ってある僕の結界に魔方陣を描いて『移動』させるんだ。今のままだと距離が足りない。だから僕が全力で結界を維持するから、ティルには結界をシュウさんに届けて欲しい。シュウさんの隙を助けて、奴の動きを止める!」
クムトの決意に満ちた表情に、ティルも決意を固める。
「やる。確かに一発勝負だけど、私達次第でシュウの助けになるなら、やる!」
「お、お主ら……」
「デュスにはそのタイミングをティルに教えて下さい。僕は集中するので、そこまでは出来ません。全員で、シュウさんに届けましょう。逃げるのはそれからでも遅く無いですよ、ね?」
デュスは今程このパーティに参加している事を嬉しく思った事はなかった。
一人では無理でも皆が力を合わせれば、仲間の危機を救えるかも知れないのだ。
その行動力、仲間を思う気持ち、その全てが誇らしかった。
「あい、わかった。但し一度きりじゃ。それ以上は唯の足手まといになるからの」
「はい」
「うん」
「ならば、クムトは結界の維持に、ティルは魔方陣に全力を、ワシはタイミングを計る」
シュウを助ける為に皆が出来る事をやる。クムトは維持に、ティルは魔方陣に、デュスは一瞬に、全てを懸けた一発勝負。
そしてその一瞬が訪れる。
「おらぁぁぁぁ!」
シュウの右腕が根元まで魔獣に突き刺さり、魔獣の体内でその電力を解放する。
「グラララォォォ……」
魔獣は心痛な鳴き声を上げると、身体を形作る靄を大気に拡散させる。
だが、その靄で出来た腕は動きを止めてなかった。
「今じゃ!」
「はぁぁぁぁ!」
「と、ん、で、けぇぇぇ!」
結界が更に光を放ち、そこに周囲から光の文字や図形が集まり形を成す。
魔導筆の残骸と共に描かれた魔方陣は、結界を前方へと高速で弾き飛ばした。
結界はシュウを通り抜け、魔獣の腕を身体を一時的に拘束する事に成功する。
「「「シュウ(さん)、いけぇぇえ!」」」
三人は声も張り裂けんばかりに叫ぶのだった。
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