第89話 悪夢再び
「次は新しいスキルの光結界ですね」
クムトはそう言うと障壁を消して新たなスキルを発動させる。
クムトから五メートル位の距離に全方位に向けた結界が張られる。
障壁と同様に幾何学模様の結界が、クムトを中心に半球を形作る。
「ほう。これはまた大したもんじゃな……」
「すっご……」
各々驚きを露にクムトの結界を見やる。
「ふむ。クムト、結界を張ったまま移動できるか?」
シュウの言葉に従ってクムトは少し歩いてみると、結界もそれに応じて移動する。
「行けそうです」
「なら結界の範囲は変えられるか?」
シュウは新たな可能性を模索しようとクムトに発動距離を問いただした。
「そうですね。感覚から言えば、そんなに離す事は出来なさそうですが……」
そう言いつつも、クムトは結界の発動距離を自身から離れていく様にイメージする。
その意思に従って、結界は光を薄くしながら距離を八メートル位まで拡げる。
「この辺が限界みたいですね。この距離だとあまり強固にはならないみたいですが……」
クムトにそこまでの疲労は無さそうだ。
だとすると、強度は落ちるにしても、距離を使い分けられるという事だ。
範囲を変えられるのであれば、それだけの応用力は大きな意味を持つ。
「なら、今度はそのまま右手で結界をキープして、左手でもう一重結界を張れ……っちっ!」
シュウが途中で言葉を止め、右前方の草原に注意を向けた。
「チイッ! チイッ!」
空からはシュペルの警戒したような鳴き声が聞こえてくる。
「
「いや、どうやら違う様だな」
クムトの結界越しに草原の向こう側……山岳地帯の林から複数の野獣が姿を見せる。
それは一種類ではなかった。
複数の種類の野獣が統制もなく草原に向けて駈けてきていた。
「何が起こっている?」
「
鉤爪猿は以前にパヌエの町に来る途中の林で出会った野獣である。
今回はその野獣以外にも、小熊サイズの野獣である短熊に、今回の標的である疾風猪までいた。
種族的にも群れる事がない野獣達が、二十は下らない数が群れて来たのだ。
「ちょ、こ、これは洒落にならないわよ!」
「シュウさん!」
ティルの焦った声が耳に届いたが、今はそれどころではない。
一度に二十匹など正面から対峙などしてはいられない。
「クムトは結界を維持しつつ場所を移動しろ。背面が林だと死角が多すぎる」
「はい」
「デュスは俺と敵前方を捌きつつ、左舷に回り込んで回避する。逃げる野獣は放っておけ!」
「了解じゃ」
矢継ぎ早に指示を出しながら集団で移動を開始する。
どういう訳か、野獣はこちらに構っている様子はない。であれば回避自体は問題ないだろう。
問題はその後だ。野獣の様子から何かに追われて逃げてきた可能性がある。だとすると、問題は後から攻め立てる奴がいるという事だ。
取り敢えずは現状を打開する必要がある。
「来るぞ!」
シュウとデュスが前列となって、結界から外に出て、野獣と対峙する。
クムトは結界を維持しつつティルを結界内で庇い、左後方へとシュウ達に続く様に移動する。
接敵は直ぐだった。
先頭を走ってくる鉤爪猿達を、シュウとデュスが槍と戦斧で迎え撃つ。
「ギャギャッ!」
「ここは通行止めじゃ!」
デュスが戦斧を横凪ぎに振り払い鉤爪猿を右へと捌くと、
「キィッ!」
「ふっ!」
シュウは刺突でもう一匹の鉤爪猿を刺し貫いた。
他の野獣達はそんなシュウ等には構わず、我先にと奥の林に向けて駆け出していく。
誰が倒れようとまるで見向きもしていない。本能での逃避である。
(こりゃ、本気で逃げてやがるな……)
シュウの予想は間違っていなかった。
「なっ、何じゃ? この禍々しい空気は?」
デュスが戸惑い混じりに呟くが、シュウはこの気配に身に覚えがあった。
(まさか……またなのか?)
想像通りならどれだけ運が悪いのだと嘆きたくなる。
曰く、早々お目に掛かる存在ではない。現れれば村が崩壊してもおかしくない存在。
そしてシュウが一度は死をも覚悟した存在。
シュウはそんな存在に再び出会うのかと戦々恐々としてしまう。
あの時はベルが偶々通り掛かったから良かったが、もう一度巡り遭うとは思ってもいなかった。
(出来れば勘違いであって欲しいが……)
だがそうはならないだろう事もシュウは感じていた。
そして、その予想は不運にも現実の物となる。
林から現れたのは不確定な黒い大きな靄みたいなモノ。
この世の禍々しい部分を切り取ったかの様な化け物。
「グロロロロ……」
現れた巨大な黒い獣は大きな叫び声を上げた。
「……変異種」
この世の災厄が再びその姿を見せた。
シュウの絶望にも似た呟きが大気に流れた。
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