第88話 盾を縦に


 ティルが了承したのを確認すると、クムトは徐に手を挙げ掌の前方に光の障壁を展開する。

 幾何学模様の光を放ちながら障壁はクムトの掌を中心に菱形状に広がっていく。

 余りに自然に造り上げた障壁に、デュスが何処か諦めた様子で呟く。


「何故そう自然にスキルを発動出来るかのう……」


「あはは。まあ、僕にはこれしか出来ないから……」


 相変わらずの幾何学模様の美しい光の造形に、ティルが心底羨ましそうに溜め息を吐いた。


「相変わらず綺麗よねぇ」


「ありがとう。で、この障壁なんだけど、大きさはこれ以上は大きく出来ないんだよ。逆に……」


 クムトは少し意識を集中させ、障壁を拳大まで縮小させる。それに応じて障壁が放つ光が強くなった。


「こんな風に小さくは出来るみたいなんだ」


「クムト、障壁の固さはどうだ?」


「はい。障壁の密度が高くなった様で、通常より固い感じがします」


 シュウの問いかけにクムトも真剣な表情で答える。

 今後もこのスキルを使用していくのだ。少しでも改良点を模索したいという姿が透かして見える。


「うーん……ねえ。元の大きさだと、同じ状態でしか障壁は出せないの?」


 ティルの考えながらの発言に、クムトは意味を図りかねながらも、再び元の大きさの障壁に戻す。


「えっと、こんな感じで障壁は出るんだけど……」


 障壁は掌を中心にして上下左右に一メートル位のサイズで菱形の形で展開されている。


「じゃあさ……障壁を縦にしてスキルを発動させたらどうなるの?」


「は?」


「成る程な……」


 意味が分からないクムトに対して、理解が及んだのか、シュウは思わずティルの発想に感心する。


「どう言う事かの?」


「要は方向だな。クムト、障壁の厚みはどんなもんだ?」


「厚み……ですか?」


 意味を理解出来ないながらも、懸命に障壁を把握しようとする。


「厚みは分かりませんが、均一に出来てるようです」


「なら一度障壁を消して、掌を頭上に掲げて、薄く鋭くする感じでスキルを使用してみろ」


「ああ……成る程」


 意図が読めたのか、クムトは早速とばかりに試してみる。

 障壁は基本的に掌の前に展開される。

 掌を上方に向けて障壁を展開すれば……横向きに展開される訳だ。つまり今のクムトを真横から見ると、障壁の菱形の頂点は前後左右に向いている事になる。

 クムトはゆっくりと障壁の範囲を意識しながら手をゆっくりと横に下ろしていく。

 目線近くまで下ろした障壁をクムトはそのまま前方へと差し出す。

 障壁はまるで刃の様に前へと競り出された。

 正に発想の転換であった。障壁は壁の様なものという発想が、見る位置を少しずらしただけで刃と化したのだ。


「成る程のう。確かに方向じゃな」


「あぁ。厚みと展開方向が変わらないのであれば、横に倒した障壁は刃となる。ティルのお手柄だな」


「えへへへ……」


 クムトが横向きにした障壁を腕の振りで上下左右に動かし、動作を一つずつ確認していく。


「これ……恐らく切れますよね」


「あぁ。障壁の強度さえ十分にあれば、突っ込んで来た奴には障壁が突き刺さるだろうな」


「なら障壁をもう少し小さくしたら……」


「そこはクムトの微調整次第だな」


 結果が予想出来たのだろう。クムトは笑みを浮かべながらティルに礼を述べる。


「ありがとうティル! 何か凄い武器を手に入れた気分だよ」


「えへへへ……上手く行ってよかったよ」


 少し照れた表情でクムトの礼を受けとる。

 こうしてスキル自体には変化は無いものの、クムト新たな障壁の使用方法を会得するのだった。

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