第14話 隠し部屋+地下=ダンジョン


「何かあったんですか?」


 真っ先に反応したのはクムトで、硬い表情で問いかけてくる。


「ガウ」


 周囲に違和感を感じなかった事に内心で安堵しつつ、家族が逃げた方向を前腕で示し、小さくかつ短く吠える。

 これはクムトと意思疎通する際に、二人で考えた暗号通信のような物だった。

 自分達に危険が迫っている時は大きく、違う相手に危険が迫っている時は小さく、緊急の場合は長く、そうでもない場合は短く吠える様にと、吠え方で状況を示せるようにしたのだ。

 つまり先程の吠え方は、家族達に何らかの危険が迫っているとなる。

 と――繋いでいた糸が途切れた様に感じる。

 つまりは……事故か故意にかは分からないが、何かが起きたと言う事だ。

 直感を信じれば……殺害された可能性が高い。


「シュウさん……何かありました?」


 どうやらクムトはシュウが糸を付けていた事に気付いていたらしい。

 視線を地面に落ちている極細の糸に向けている。



(やっぱクムトは侮れないな)



こんな状況でもそう考える自分に飽き飽きしながらも、狼頭を使って家族に何かが起きた事を伝える。


「そうですか…」


「あんだよ。何があったって?」


「……あの家族が逃げた方で何かあったっぽいです。恐らくは……」


 クムトが泣きそうになりがらも、突然の空気の変化に困惑気味なスムに掻い摘んで状況を説明する。


「マジかよ……間違いないんだな?」


 状況は明らかに悪い方向に進んでいる。

 もし灰色ローブが追いついて来て、先の戦いの様に魔導をバラ撒いたとしたら……こっちには幼児がいるのだ。正直守れる自信がない。

 クムトはじっとスムの目を見て視線で肯定の意を伝える。


「ちっ、ならさっさとずらかるぞ」


 取り敢えずはこっちは今現状は切迫した状況にはない様だが、いつまでも安全とは言い切れない。

 家族達には悪いとは思うが、あちらと別の方向へ即座に移動する必要がある。

 そう考えたシュウは尻尾を使って不安そうな様子の三人の幼児達を再び背に乗せ、尻尾で支えながらかなりの速度で移動を開始した。

 クムトとスムが付いて来ているのを視覚で確認しながら、シュウはひたすら家族達と反対の方角へ移動していくのだった。




 しばらく一行は無言で進み続けた。

 先頭を歩くスムは周囲に、特に前方に注意を払いながら歩き、後方を歩くシュウは三百六十度の視界に捉えられないちょっとした変化にも対応出来るように感覚を研ぎ澄ましている。

 クムトは何か考えて込んでいる様だ。幼児達も周囲に流れる空気の変化を敏感に感じているのか、静かにかつ不安げにシュウの毛を掴んでいる。

 曲がり角を曲がると唐突に通路が途切れ、正面には扉が一つあるだけで行き止まりとなっていた。


「くそっ! 行き止まりかよ。今から来た道を戻るとなると……」


「取り敢えずあの部屋に入って考えましょう。もしかすると先に道が続いているかもしれないし、此処で止まってる方が危険な気がします」


「……だな」


 クムトの言にスムは頷き、慎重にドアを開け様子を伺う。

 安堵した表情からどうやら無人だったらしい。

 スムを先頭に一行はドアを潜り部屋へと入っていく。


「ちっ、ハズレかよ」


 スムが吐き捨てる様に呟く。そこはかなりの広さを持つ空間だった。

 が、スムの言うようにハズレだ。他の部屋と同じように別の扉があるなどと言う事は無かった。

 広さでいうと先に居た実験室に負けるとも劣らない位の面積を有している。

 恐らくあまり使用されていないのだろう。壁に掛けられたランプが半分くらい消えている為、室内は薄暗く見通しが悪い。

 だが、それは人間の視力の問題であり、シュウの目には正面の壁の一角が明らかに何かを塞いでいる様に見て取れる。


「ガゥ」


 シュウは前腕でその壁を指し示しゆっくりと歩いていく。


「お、おい待てよ」


「何かあるんですね?」


 二人も何かを期待する様に後ろからついてくる。

 とシュウは壁から少し離れた所で止まり、スムに調べるよう視線を送る。


「……スムさん。正面の壁何か変じゃないですか?」


「ちょと待て……へぇ、この暗い中でよく見つけたな」


 クムトの意見を聞いたスムが壁に近づくと少しずつ確認する様に触っていく。


「……コレか?」


 壁の一部を押した途端、結構な音を響かせながら壁の一部がスライドした。

 隠し扉だ。その先は階段状となっている地下へと続く通路だった。

 幅的にシュウでも何とか通れそうな位には広い。


「どうしますか?」


「おいおい、どうするもねえだろ。あれだけ大きな音を出したんだ、誰か確認に来るのは当然だろ」


 その通りである。かなり大きな音が周囲に響いていた。

 当然家族連れを襲ったと襲撃者が調べに来る可能性が高い。

 となれば、ここに留まっている方が危ない。

 もはや選択の余地は無い。今は前へと進むしかないのだ。

 シュウは無言で尻尾を使って幼児達を床に下ろす。流石に乗せて歩けるほどのスペースは通路には無かった。

 シュウ自身も少し背を屈める必要があると思ったほどだ。


「なら、行きましょう!」


 クムトが宣言すると全員が頷く。


「ちょっと待て」


 と、一歩を踏み出そうとしたクムトの出鼻を挫くように、スムが他の壁に向かう。

 向かった先に在るのは壁に掛かったランプだ。

 少しすると上手く取り外せたのか、その手元にはランプがあり、明かりが煌々と灯っている。


「……な、なら行きましょう」


 少し恥ずかしかったのか、ランプに照らされたクムトの顔が若干赤くなっているように見えた。

 スムは軽く肩を竦めると、灯りを手に通路へと入っていった。続いてクムト、幼児達と続き、最後がシュウだ。

 こうして一行は地下へとその歩を進めるのだった。

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