第13話 別行動の行方


 他の部屋も調べて、他に捕まっている人が居ないことを確認すると、九人となった一行は、先程右折した場所まで通路を戻り次は直進してみる事にした。

 幼児達は家族連れの子供と仲良くなったのか、何気に楽しそうにしている。

 現在は子供を一人加えてシュウの背に四人が乗っている状態だった。

 なんだかなとシュウは思いながらも、落とさないようにゆっくりと歩行する。

 八本脚は安定性抜群なので、背の上で暴れたりしない限りはそうそう落ちるような事はないのだが。

 少し進むと通路の先は再びT字路になっていた。


「さて、どっちに行くかだな…」


「スムさんは何方から来たとか記憶ありますか?」


「いや、ねえな。アンタらは分からねえか?」


「いえ、私たちも知りません。連れて来られた時目隠しをされていたので……」


 クムトの質問にスムも首を傾げ、そのまま家族へと問いかけるが、家族にも分からないらしい。無論シュウにも三人の幼児達にも分からない。

 結局はこの人数が揃っていても出口の方角など分からないのだ。


「で、今まではこんな場合どう選んで来たんだ?」


「その……シュウさんの……感で?」


「ああ、そうかよ……で、ダンナはどっちを行くのかい?」


 スムもシュウに慣れて来たのか、化け物やデカブツ呼ばわりは止め、ダンナと呼んでいる。



(ってここで俺に振られてもなぁ。まぁ直感で言うなら……右か?)



 取り敢えず視線で右を指し示す。


「分かった、右だな」


 スムも特に拘りも無い為、シュウの感覚を信じ右に進もうとする。


「あの……」


 不意に聞こえてきた声に一向を歩行を止める。

 振り向いた先では父親が何とも気まず気な表情を浮かべて立ち止まっていた。


「助けて頂いた上で恐縮なのですが、私たちはその……別行動を取らせて頂きたいと思います。皆さんが右へと行かれるなら私たちは左へ行きたいと思います」


 突然の父親の発言に、シュウははたと気付いた。恐らく原因はシュウ自身であろう。

 やはり襲わないとはいえシュウの見た目は化け物なのである。

 ましてや愛しい我が子がその背に乗っていると考えたら、この父親の選択も仕方がない事なのかもしれない。


「はあ? おっさん何言ってんだ?」


「いえ、その……自分は家族を守る義務があるので……」


「助けてもらっといて家族を守る義務だ? 寝言は寝…ってなんで止めんだよ」


 剣呑な目付きでスムが父親を睨みながら言っているのを、シュウが前腕を伸ばして遮る。

 シュウは向けて来たスムの視線を受け止めつつ、静かに狼頭を左右に振る。

 シュウに家族を止める気が無い事を何となく理解したスムが舌打ちをする。


「チッ! 好きにしやがれ」


 ムッとした表情のままスムは顔を背ける。

 彼にも父親が言いたい事は伝わっていたのだろう。

 だが、ある意味自分勝手な要望である事、そして離れて移動するとなると危険が伴う事が分かっていながらも、家族の為にと意見を述べた父親の気持ちもわかるのだ。

 故にこれ以上肯定も否定もするつもりが無い事を態度で示したのだ。

 シュウは素直でないスムに内心で苦笑する。


「あの……ご家族の皆さんもそれでいいんですか?」


「はい。主人がそう言うのなら」


 最後の確認とばかりにクムトが母親に問いかけるも、苦笑気味に納得している事を伝えてくる。


「えー行っちゃうのかよ」


「そうだよ一緒に居ようよ」


「……寂しい」


「ごめんね。でも父ちゃんがそう言うなら……僕も寂しくなるけど……」


 幼児達はせっかく出来た友達と別れたくないのか口々に駄々をこねるが、子供はやはり両親と一緒が良いのだろう。

 辛そうにしながらもシュウの身体から元気に飛び降りる。


「ならてめえらはさっさと違う道を行くんだな」


「はい、助けて戴きありがとうございました」


 父親が頭を下げると、家族の皆もそれにならう。

 結局家族三人は反対側へ逃げる選択を取る事で話はまとまり、家族連れとは分かれて進む事となった。


「気を付けてくださいね。危なくなったら僕達の方へ走って逃げて来て下さい」


「はい。ありがとうございます」


 クムトが優しくそう言葉を掛けるのを見たスムが突き放した様に言う。


「勝手に違う道に行きたいって言うんだ。自分たちの身は自分たちで守るんだな」


 それでも三人の家族は改めて丁寧に頭を下げると、シュウ達と別れて左の道へと進んでいった。


「よかったのかな? 大丈夫だといいけど……」


「そんなもん知らねえよ。あいつらが勝手に別れたんだ。精々施設の奴らに見つからないよう逃げ回るだろ。そもそもどっちに進んだら正解かなんて分かんねえだろ? 仮に俺らと一緒だったとしてもこっちが安全な道だとは言い切れねえのも事実だ。それにこれまでに施設の奴なんぞ見ちゃいねえんだし大丈夫だろ。まあ仮に見つかったら見つかったで大声でも上げて、こっちに危険を知らせてくれれば、それはそれで御の字だろよ」


 心配そうに語るクムトに対し、スムはあくまで自己責任だと言いたげな言葉を返す。

 警戒要因とも捉えていそうな発言もあったが、確かにどちらの道が正しいのかなどシュウ達には判断が出来ない。

 だがシュウの直感は、家族に危機が迫ると訴えていた。

 故にクムトとスムには内緒で、こっそりと目に見えない程細い糸を家族に取り付けた。

 何かあれば糸に何らかの反応があるかもしれない。

 あくまで何かが起きた時にこちらに知らせる事が出来れば御の字程度の考えで、何もしないよりはいいと思って付けたのだ。

 兎も角、あちらの通路が危険であると告げている己の直感は信じるに値する。

 今までだってシュウはそうやって生きて来たのだ。

 今回も自分の直感を信じ、何時何が起きてもいいように神経を張り巡らしておく。

 しばらく歩き続けると、相当遠くから微かに音が聞こえてくる。方角は後方、家族が逃げた方角だった。



(やっぱ何かあったか……)



 どうやらシュウの直感は正しかったようだ。

 シュウは糸に神経を集中するが、やはりそうは上手くいかないようで、糸には何ら反応は見られなかった。


「グルルル」


 兎に角向こうに何かあったとしたらこっちも安全とは限らない。

 シュウはクムトらに周囲に警戒を呼び掛ける様に鋭く吠える。

 同時に何時でも動けるように腹部を下げ、幼児達に尻尾を巻き付けると、ゆっくりとその場に降ろし周囲に変化がないか感覚を研ぎ澄ましていくのだった。


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