第12話 ギャン泣きと施設の探索


 それは正に阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 スムの隣の部屋には年の頃十歳にも満たない幼児が三人が居た。

 幼児達はまず扉を開けて入ってきた目付きの悪いスムに怯え、次いで優し気なクムトの姿に安堵し、最後にシュウの異形を見て泣き喚きながら逃げ出した。


「うわぁぁー! く、くるなあーーっ!」


「うえぇぇぇん!」


「グシュグシュ……」


 最早収集がつかない。本気のギャン泣きである。


「だ、大丈夫だよ。見た目はああだけどいい人だから……」


 クムトのフォローも何とも言えないものになったのは仕方がないだろう。


「お、俺達を食わねえのか?」


「食べない、食べない」


「ほんとに?」


「本当、本当」


 クムトが何とか宥めすかして漸く話が出来る様になったのはそれからかなり時間が経ってからだった。

 仕方のない事とはいえ、シュウに多大なダメージを与えた三人の名はそれぞれパル、アーチェ、ファヌというらしい。

 パルは明るい金髪碧眼のすこし勝気そうな印象を与える少年、アーチェは薄い茶髪で碧眼の気の弱そうな少女、ファヌは薄い金髪で茶褐色の瞳をしたのんびりした感じのちょっと小太りな少年だった。



(まぁこれが普通の反応だよな……そう考えるとクムトって何気に大物なんだよなぁ)



 シュウが脳内でクムトの評価を少々上方修正する。

 それを余所にスムが小さく溜息をつきながら呟いた。


「まったく。だからガキは面倒でいけねぇ」


「まあいいじゃないですか。今はほら……」


 クムトの視線がシュウの背に向かう。


「シュウ兄ちゃん、背中登っていいか?」


 パルがそう言いながら既にシュウの腹部にへばり付いている


「危ないよぅ」


 アーチェは未だ少し怖いようだが、パルが心配なのだろう。すぐ後ろにいる。


「大丈夫だって、ファヌも来いよ!」


「あっ、うん」


 ファヌもシュウの腹部に手を伸ばした。


 大人一人の身長位あるシュウの腹部は細い毛に覆われており、三人はそれに器用に掴まりながらシュウの背によじ登っていく。

 子供とは現金なもので、あれだけ怖がっていたにもかかわらず、自分に危害を加えないと存在だと知るややりたい放題である。



(こいつらも何気に図太いよな)



 三人はシュウの背によじ登って跨る。


「すげぇ」


「落ちないよね。」


「うわー高いね」


 パルは楽しそうにはしゃぎ、アーチェは怖いのかパルの腕を握っている。ファヌも楽しそうにしている。


「そろそろ行きましょう」


「ったく、面倒くせえの拾ったもんだぜ」


 クムトが声を掛け、スムが呆れた様に言う。

 スムを先頭にクムト、シュウと続く。三人の幼児達はシュウの背に跨ったままでの移動となった。

 子供の足で歩かせるよりは移動速度が上がると考え、シュウも敢えて好きにさせている。

 幼児三人を加え六人となった一行は、三人を加えた場所が通路の行き止まりの為、再び来た道を戻る事にする。

 幼児達はその内、蜘蛛の体温に包まれた為か、比較的静かにシュウの背でゆったりと寛ぎ始めた。

 ファヌなど既に半ば眠りかかっており、転げ落ちない様にとシュウが振動を抑えながら歩いている。

 一行は魔狩人のスムが最前列を歩き、クムトを挟むようにしてシュウが後方を歩いていた。

 当然後方の注意はシュウが行っており、蜘蛛の視界を以って安全を確保している。

 一行はそのまま来た道を戻り、最初にいた実験室の前を超え、反対側の通路へと進路を取った。

 正面のT字路では左側は突き当りとなっており、一つのドアが見て取れる。


「スムさん。扉の確認お願いしてもいいですか?」


「あん? 確認すんのかよ……しょうがねえな」


 スムが先行して警戒しながらドアを開き内部を確認する。


「チッ! ハズレかよ」


 どうやら無人であるらしい。

 スムは面倒なのかドアを開きっぱなしで早々に戻って来る。

 スムが戻った事で一行は右側の通路へとその進路を変えた。


「全く面倒な事だな。行き止まりの部屋なんざ態々確認する必要あったのか?」


 部屋を確認して戻ってきたスムが頭を掻きつつ、さも面倒であった事を強調する様に話す。


「でもこの施設の人が隠れていたり、他にも誰かが捕まって居たかもしれないじゃないですか」


「そんなの放っておけばいいだろうに……親切な事だな」


「安全第一ですよ」


「あーそうですかい」


 クムトとスムの交わす会話にシュウが内心苦笑していると、右手に脇道が見えてきた。

 そのまま何事もなく交差点に辿り着いた一行は右の通路を確認する。

 部屋のドアが左右で三つありその先は行き止まりとなっている。


「本当に面倒だな。一応聞いておくが確認する気だよな」


「はい。一応全員で行きましょう」


「わーったよ。じゃあ、ちょっくら調べますかね」


 そのまま進路を右へと曲がる。

 通路は結構長く三部屋は通路の奥まった所……つまりは行き止まり付近に部屋の扉は設置されていた。

 スム一人にそこまで行って貰っては非常時の対応で問題が出る。その為一行は一塊となって進む。


「ウォン!」


 最初の部屋のドア付近に辿り着いた時、シュウが小さく唸り声を上げて注意を喚起する。

 人の気配を感じたのだ。それも複数を。唯危ない感じはしない。


「気を付けて。誰かいます」


「ああ」


 シュウの様子から察したクムトが小声でスムに要件だけを伝える。

 この状況下では流石は魔狩人。無駄口もなく簡潔に返事を返しながら、かつ抜き足で……それでも競歩位の歩行速度でドアまで移動する。

 その際、また騒がれては面倒だとシュウは後方で待機していた。

 シュウは特に身構えてもおらず、何時でも戦闘に入れる様に気を張っている二人とは対照的だった。

 スムは一応といった感じで、シュウとクムトに視線で合図すると、慎重にドアの扉を開け放った。

 はたして部屋の中には三人の男女がおり、子供を庇う仕草から家族連れで在ろう事が見て取れた。


「だ、誰だ!?」


「こりゃまた……まあ、ありそうな事だよな」


 驚いた様子の男にスムが肩を竦めて呟いた。


「あの、大丈夫ですか? 僕達はここから脱出しようとしているんです」


 開け放たれたドアの付近から顔を出したクムトが説明する。


「本当に…外に出られるのか?」


「そりゃあ、出る為にこうやって出口を探してるんだから当然だろ」


 胡乱げな視線で見てくる父親と思われる男の態度に、スムがぶっきらぼうに答える。

 少し距離を置いているシュウは、二人が中に居る人物と会話をしている様子を静かに見守っていた。

 会話はスムがメインで行っており、クムトがそれをフォローする様子が伺える。


「じゃあ、ついて来んだな。なら、手早くしな!」


「わ、分かった」


 納得したのだろう、家族連れは部屋から通路に恐る恐る出て来る。


「うぉう!」


 視線の先に映ったシュウの姿に父親の男は驚きの声を上げ動きを止める。

 だがシュウの背に三人の幼児が跨り和らいだ様子でいる姿を見て、シュウに向かって無言で頭を下げていたのが印象的だった。

 クムトとスムの二人も漸くシュウが距離を取っていた理由に思い当たったのか、顔を合わせて苦笑いを浮かべる。

 こうして施設から脱出する面子は老若男女問わずで九名になったのだった。

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