第15話 影蝙蝠


 スムを先頭に一行は下り階段をゆっくりと階段を踏みながら確りした足取りで進んでいく。

 真っ暗な中、光源はスムの持つランプの灯りのみであった。

 唯一シュウだけが通常通り視界を確保できていた。これも合成獣としての能力だろう。

 一行は焦ることなく慎重に階段を下りていた。

 後方から追手が来ないか気にはなるが、焦って足を踏み外し転げ落ちる方が危険だ。急がば回れと言う奴だ。

 暗がりを怖がっているのか幼児三人の内、唯一少女であるアーチェはクムトの手をギュッと握っている。他の二人の少年であるパルとファヌは一人で歩いてはいるが、後方にいるシュウから離れようとはしていない。

 一行は言葉も交わさず、ただ黙々とスムの持つ光源を頼りに歩いていた。




 どの位歩いたのだろう。

 階段の終わりを迎えた先はある程度……シュウが楽に動ける程の広さを持つ広間に出た。

 通路と違い舗装はされておらず、荒々しい自然のそれだった。



(すげぇわ……。完全に洞窟だな……こりゃ)



 シュウの思い描いた洞窟と同じように周囲には鍾乳石が生えており、つらら状に垂れ下がったものや地面から筍の様に生えているものなど、正しく鍾乳洞といった場景を思い起こさせる。

 雄々しく猛々しいその景色に一行は足を止め、詠嘆の声を上げる。

 乏しい光源に照らされる様は正に幻想的であった。

 どの位見惚れていたのだろうか。その場景に警戒が薄れていたのか、不意に頭上から何かが襲い掛かってくる。


「きゃっ!」


 咄嗟にクムトがアーチェの手を引き、身体で抱え込む。

 シュウも前腕をパルとファヌの頭上に掲げ盾のようにして襲撃を防ごうとする。


「チッ!」


 スムもランプを落とさぬよう低姿勢で態勢を整えた。

 襲い掛かって来たのは蝙蝠、真黒な身体に透明感の無い黒い羽根。犬というより狼に近い顔つきで、その口には鋭く角ばった牙というより歯が並んでいる。体長は七十センチ位の大型の蝙蝠だった。

 その蝙蝠が五匹くらい天井付近から現れたのだ。



(何だと? どこから現れた?)



 突然の襲撃だったが、シュウは違和感を感じていた。

 そう、シュウの視界は蜘蛛の持つ単眼によって視界を三百六十度確保している。当然頭上も視界に入っていたのだが、体長七十センチ位であれば当然見落とす訳もない。それも五匹だ。そんな物体がシュウからすると突然上空に現れたのだ。


「ちぃ……影蝙蝠ソンブシェラゴかよ」


 そんなスムの呟きが聞こえてくる。


「魔物ですか?」


「いや違う。奴らは獣、ただの野獣だ。気を付けろ奴らは物の影に隠れるスキルを持ってやがる! ったく只でさえ暗いってのに厄介な」



(どうやらかなり面倒な魔物らしいな……いや野獣と言っていたか。それに……)



 シュウにはその影蝙蝠の姿に見覚えがあった。

 勿論今まで一度も出会った事は無い。だがその姿は確りとシュウの脳裏に残されていた。



(サコィの記憶で見た蝙蝠と全く同じか……。だとすると俺の合成元に成ってる一匹って事だよな)



 そう思いつつシュウは影蝙蝠と幼児二人の間に立つ様にポジションを入れ替え、前腕である鎌を振るう。

 影蝙蝠は思ったより敏捷にその鎌を避け、そのまま天井の方へと飛翔する。

 身体が鍾乳石の影と重なった途端にその姿が掻き消えた。

 まるで煙の様に一瞬で消えたのだ。



(確かにこりゃ厄介だわ)



 一匹は何とか追い払ったが、未だに四匹の影蝙蝠がスムとクムトに集っている。


「クソッ!剣さえ持ってりゃこんな奴ら……」


 スムが苛立ち紛れに叫ぶ。

 クムトはアーチェを抱きかかえる様に……体格的に抱きしめているに近いが……してシュウの方へと走ってくる。

 尻尾を使って頭上の影蝙蝠を追い払うと、クムトに襲い掛かろうとした一匹に対しシュウは歩脚を使って一気に近づくと左鎌を振るう。

 影蝙蝠は先の一匹と同じように鎌を避け、そのまま天井の方へと飛び去り姿を消す。

 その間にクムトが幼児三人をシュウと挟み込むような位置取りをする。

 スムもそれを見たのか、徐々にシュウの方へと向かって移動して来る。

 再び消えた対面の影から飛び出してくる影蝙蝠を尻尾を振るって追い払う。

 三百六十度の視界は伊達ではない。影から現れる事が分かっているなら、それ相応に対応すればいいのだ。

 だが……。



(鼬ごっこだな……)



 追い払えはしても倒す事は出来ない。更には一度追い払っても再び影から飛び出してくるのだ。

 このままではこちらが一方的に消耗する。それが元で幼児に被害が及んでは目も当てられない。

 何とか対応しようとシュウは思考し、ふとサコィがやっていた事を思い出す。



(一発勝負…か……)



 スムがタイミングよく傍に辿り着いたのを機にシュウは勝負に出る。

 要はイメージだと、かつての記憶の姿を思い浮かべる。

 影蝙蝠が一方に集まった時、シュウの狼頭の顎から空気が砲弾の様に吐き出された。


「ウォォォォン!」


 咆哮は風を纏い影蝙蝠の集団を吹き飛ばす。

 影蝙蝠を倒すには至らなかったが、その威力に驚いたのかキィィと鳴き声を上げながら影蝙蝠達は明後日の方角へと飛び去って行った。

 それを見た一同が安堵の溜息を漏らしたのは仕方のない事だろう。



(ちっ、収束が甘かったか。要訓練って事か……)



 シュウのみ咆哮の結果に満足しなかった様で、別の意味の溜息を漏らしていたが。

 シュウの初めての野獣との戦いはこうして幕を閉じたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る