第82話 邪神と聖神と巨人と


「どうじゃ? 色々と出来るようじゃが、予想とは違ったかの?」


「あぁ。中々面白い結果になったな。能力の確認が楽しみになったよ」


「うむ。それは何よりじゃな」


 シュウの反応に感じる事があったのか、デュスも満足そうにしている。


「凄いわねー。ある意味シュウはチートよチート!」


「いや、変わりに人間辞めてるけどな」


「うっ。そ、それは……確かに嫌ねぇ」


 ティルは自分が人間じゃない事をイメージしたのだろう。心底嫌そうな顔をしている。

 そんなティルの様子を苦笑しながら見ていたシュウだったが、ふと思い付いてティルに訪ねる。


「なあティル。この本を転写しておけないか? この先野獣のデータがあると便利なんだが……」


「そうじゃのう。じゃが魔方陣も必要じゃしな……かといって冊子をもう一冊は買えんしのう」


 デュスがシュウの意見に頷いたが、ティルの事を考えて思い悩む。

 お金があれば良かったが、流石にない袖は振れない。


「あのね、魔方陣は問題ないよ。ある程度覚えたし。それに何でか、何かしたい事を思ったら、頭の中に魔方陣が浮かんでくるのよね。これってば想像転写のスキルの影響かな?」


 ティルの考えにシュウも同意する。


「恐らくそうだろうな。想像した物を実現させる魔方陣が脳裏に浮かび、その魔方陣を別の物に転写出来るスキルなんじゃないか?」


「それって凄く便利だよね」


「あぁそうだな。空間方陣との相性も良さそうだしな。想像転写で浮かんだモノを空間方陣で描く。空間方陣で同時に複数の魔方陣が描けるかを確認してみると面白い事が起きそうだな」


「成る程の。確かに複数の魔方陣を描く事が可能ならばじゃ、本当に魔導と同等かそれ以上の事が出来るやも知れんな」


 デュスの言葉にティルが驚き、戸惑いつつも嬉しそうにする。


「そしたら、私もパーティで役にたてそう!」


「まぁ何にせよだ。魔方陣の本が現状必要無いなら、野獣図鑑を先に転写してくれないか? 魔方陣の本は次回来た時に転写すればいいだろ」


「あっ、そうか。今回だけじゃないんだよね。じゃあまた今度来た時は魔方陣の本を転写させてね」


「あぁ」


 シュウはそう言うと司書からティルの姿が見えない場所に位置取りを変える。


「じゃあ試すね」


 そう言うとティルは右の掌を本に、左の掌を冊子に置くと目を閉じて想像していく。

 右から左へと。内容をそのまま複写するように。


「転写」


 小さく呟いた言葉に冊子が反応する。冊子の隙間から光が微かに漏れる。

 見た目、魔方陣は描かれていない為、シュウとデュスも失敗したかと不安げな表情を浮かべた。

 ゆっくりとティルが目を開けると、冊子の光も消えていく。


「ど、どうじゃ?」


「う、うん。多分大丈夫だと…思うけど」


 そう言いながら、ゆっくりと冊子のページを捲る。

 そこには何やら内容がビッシリと記載されている。

 パラパラとページを捲っていくが、どうやら複写は成功した様だった。

 野獣図鑑の最後のページと見比べてみても何の違いも見てとれない。


「やった……やったよ! デュス!」


「おうおう! ティルよ! ようやったのお!」


 興奮したティルとデュスの大声に司書が苦言を述べてくる。


「そこ! ここは図書館だよ。静かに」


「すみませーん」「も、申し訳ない」


 二人は何度も頭を下げるも、その顔は満足げだった。




 暫くはティルとデュスが静かに興奮するという不思議な光景が繰り広げられていたが、クムトが来た事で平静を取り戻した。


「何か騒がしかったけど、どうしたの?」


「うん。転写が出来るようになったんだよ」


「へえ。それは凄いね」


「でしょでしょ」


 鼻を小さく動かしながら、ティルが自慢げに言う。


「まぁ自慢はそこまでにしとけ。で、クムトの方はどうだ?」


 終わりの見えない自慢のループをシュウが留め、クムトに成果を尋ねる。

 クムトも顔を引き締めると、皆の前に持ってきた本を数冊置く。


「はい。幾つか見繕ってきました。かなり内容がちぐはぐ何で、どれが正しい情報かは判断が出来ませんでしたが……」


 そう言うと置いた本の中から、一冊を選びページを捲る。


「ほう。これは創世神話じゃな」


「何と書いてある?」


「うむ。シュウの為に読み上げるぞ。




古に神々の争い有り


巨人を率いし邪神


聖神に戦いを挑まん


聖神邪神を剋するも


滅ぼす事は叶わず


封ずるに留まる


聖神天へと昇りし後


恩恵受けしヒューマ


地の王となりて


栄耀の時を迎える




……と書いておる」


「邪神と聖神か……」


「これは聖法教会の聖法典です。当然ですが聖法教会ですから、信仰しているのは聖神ですね」


「で邪神もいる訳だ。さてさて、この邪神様は、本当に邪な神だったのかな?」


「どういう意味かの?」


 シュウの言葉に引っ掛かりを覚え、デュスは胡乱げに、視線を投げ掛けながら問い掛ける。


「歴史は勝者の手に因って記される。可能性の問題だな」


 おどけた様にシュウは言っているが、その目は笑っていなかった。


「そっかー良い神とは限らないんだね」


「逆に、嘗ての神を聖神が打ち破った可能性もありそうですね」


「あぁ。パーミ村のマーネ婆さんが魔法の詠唱をしていたが、俺の聞き間違いじゃ無ければ『女神』と言っていた」


 シュウの言葉に小首を傾げたティルが問い掛ける。


「なら邪神は女神だったのかな?」


「いや逆に、聖神が女神である可能性もあるの」


 皆の顔が困惑色に染まる。

 情報が少なすぎるのだ。まだ判別するには情報が足りない。


「そういや遺跡に巨人像が在ったな。あれが邪神が率いた巨人なのか?」


「それについても、まだ何とも言えませんよね。一応巨人についても調べたんですが、これ位しか情報が無かったです」


 クムトがパラパラとページを捲り、挿絵のあるページで止める。

 その絵の造形にシュウは見覚えがあった。そう、あの遺跡で見た石像そのものだった。


「ここには一行だけ巨人について記載されていました。書かれている事は、全ての生物の敵、古の支配者……です」


「全ての敵……ねぇ」


「そうで在るならじゃ。巨人を率いていた邪神も生物の敵じゃった可能性もあるの」


「じゃあさ、邪神が巨人なのかも知んないわね。邪神が巨人じゃないなんて本には書いてないんでしょ? それに、もしかしたら聖神も巨人だったかもよ」


 ティルの発言を肯定するようにクムトが首を縦に振る。


「うん。書いてなかった。確かに神々が巨人じゃ無いとも言えないね」


「取り敢えずは情報が足りなさ過ぎる。神々の正体については、未だ確証が持てないから保留としてだ、あの文章からは邪神は滅ぼされてない事、聖神が天に帰った事、ヒューマが新たな支配者に成った事が読み取れる」


「うむ、そうじゃのう。この文章が正しければじゃがな」


「デュス、そこは今疑ってもしょうがないよ。取り敢えず言えるのは、ヒューマ族が台頭してきたのは邪神と聖神が去った後の事。巨人のその後は分からないって事だと思うんだ」


「そっかー巨人に付いても書いて無いんだ」


「益々分からんのう」


 段々と話が複雑化していき、皆の顔が険しくなっていく。

 短い文章からは色々な仮説が立てられる。何が正しくて何が間違いなのかさえ分からない。

 これ以上の議論は事実関係が分からない限りは不要だろう。


「まぁいい。神については次の情報待ちだ。巨人についてもな」


「……そうですね」


「じゃな」


「うー頭痛くなってきたよ」


 各々の顔から緊張が取れていく。


(まぁ今日はここ迄だな)


 シュウは改めてこの世界は面倒臭いと染々思うのだった。

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