第74話 ギルドと国について


「お薦めのギルドかい?」


 軽い会話の後にクムトが切り出したのを、女将であるカナチはそう返した。


「はい。どこかに所属しようと考えてるんです」


「そうだね……アンタ達はこの町に定住はしないんだろ。あたしにゃ大きなギルドには知り合いはいないけどねぇ、うーん、パーンドかソートマン辺りのギルドがここらじゃいいんじゃないかね。どちらのギルドも仕事は豊富にあるし、他国とも繋がっているからね」


 クムトはカナチの言葉に少し考える素振りを見せる。


「なら、より広い国々を網羅してるのはどっちだ?」


 シュウがカナチに質問を投げ掛ける。

 当然広いエリアの方を選ぼうとしている事は明白だった。


「そうだね。近隣三国あたりまでならソートマン。さらに南の帝国や商国辺りまで足を伸ばそうと考えているならパーンドだろうね」


「ならばパーンドギルドかの?」


「ですね」


 デュスの発言にクムトも賛成する。ティルも頷いているし特に問題はないだろうとシュウは考えた。


「なら取り敢えず現地に行って判断するか。女将、助かった」


「別に気にする事はないさね。夕食前には戻ってくるんだろ?」


「はい。なら行ってきます」


「あいよ」

 

 クムトの返事を皮切りに、シュウ達はパーンドギルドに向かう為に花薫亭を後にするのだった。




 パヌエの第三区画の大通りに面した場所にパーンドギルドはあった。

 周辺の他の建物よりも遥かに大きな建物で、大きな看板に剣に蛇が絡み付いた紋章を掲げている。それがパーンドギルドだった。

 スイングドアと呼ばれる扉によって遮られた一階は受付窓口に酒場が併設されており、シュウにはよくラノベ等で見た冒険者ギルドそのものの様相に見てとれた。

 壁には張り紙が幾つも貼られ、冒険者と思わしき者達がそれを剥いで受付カウンターへと持っていく。

 あの張り紙が依頼書なのは間違いなさそうだ。

 ファンタジー小説によくある光景にシュウとクムトは顔を見合わせると笑いあうのであった。

 隣ではティルも目を輝かせていることから同じ想像をしているのが予想出来る。内心では興奮しているのだろう。

 シュウは恐らく現れるであろう新人をいびる熟練の冒険者というテンプレを予想していたが、大きく込み合ってもいない建物内でそんな事は起こる筈もなく、そのまま素直に受付カウンター前迄たどり着いた。

 きちんと整列して順番待ちをしている冒険者達にシュウはある意味で予想外の展開に驚きを隠せないでいた。


(横入りとか、何か乱雑なイメージをもってたんだがなぁ)


 シュウの想像通りに順番待ちをしないで横入りをしたりするならば、もめ事が起きて業務が滞ってしまい余計に受付時間が掛かっていた事だろう。

 そう考えればこの状況は好感度とまでいかなくても良い事なのは間違いない。

 行儀よく列に並ぶ冒険者に違和感を感じずにはいられなかったが、これは先入観によるものだ。

 下手にシュウが勝手に想像を膨らませていた為にこの状況が物足りなく感じていたのだ。

 故に呆気ない迄に何事も起きない事に、安堵半分と期待外れ半分の何とも言えない表情をシュウは浮かべている。


(せっかくいびる奴等がいたら対処しようと色々と考えていたのに……な)


 ちょっと、いや、かなりシュウは残念そうにしていた。

 シュウが考えている事に想像が付いていたクムトは、苦笑すると共に何も起きなかった事に安堵していた。

 恐らくは何か起きた場合、シュウが嬉々としてそれに対処していた事は端から予想出来たからだ。

 整然とした順番待ちを経て漸くシュウ達の順番が巡って来る。


「いらっしゃいませ。本日はどの様なご用件でしょうか?」


 制服なのだろう。皆が同じ服を来て理路整然と冒険者達を対応していく受付嬢にデュスが代表して言葉を交わす。


「すまんが新規登録なんじゃが此処で良いかの?」


「はい、初めてですね。では彼方の窓口でご登録しますのでご一緒にご同行願います。後、お願いします」


「はい」


 受付嬢は花のような笑顔を浮かべ、シュウ達を誘って右端のカウンターへと移動する。

 その際に窓口を離れる事を他の受付嬢に告げ引き継ぎも済ませていく。

 顔は笑顔なのだがまるでルーチンワークの様な対応に、シュウはそこはかとない不安を感じていた。




 右端のカウンターに移動したシュウ達に笑顔を浮かべた受付嬢は淡々とギルドについて説明していた。

 それは予め決まりきっている内容を朗読している様であり、そこに受付嬢の意思など存在しないかの様な語り口だった。


「……である事から、私達のギルドは西域各地に拠点を設けております。西域を旅するならば私達パーンドギルドに所属する事は身分証としての価値も高く大変お得だと思われます」


 漸く話が一段落したらしい。

 受付嬢は笑顔を浮かべたまま口をつぐみこちらの様子を伺っている。

 受付嬢の話を要約すると、


 ギルドは西方の諸国と連携を取っておりどの国であっても仕事を受けられる。


 各地域に根付いた依頼の他に各国を跨いだ依頼も受ける事が出来る。


 報酬の受け取りはどの地域の支部でも受け取り可能で、依頼を完了した事を示す達成票さえあれば報酬が支払われる。


 またギルド証は身分証も兼ねており、旅先で不審に思われる事も少なくなるといったメリットがある。


 といった内容だった。


「ふむ。少々皆で話し合ってみたいのじゃが、よいかの?」


「ではあちらのテーブルをお使い下さい。私は此処でお待ちしてますので」


 受付嬢は壁側にある円テーブルを指し示し、変わらぬ笑顔で答えた。


「すまんの」


 デュスは礼を言うとシュウ達を伴って円テーブルへと移動した。

 皆が椅子に腰掛けた所でシュウが口火を切った。


「話し合いの前にデュスに聞きたいんだが、さっきの話に出ていた各国の場所について教えてほしい。後は商国とかの国名についてもな」


 シュウの言葉に少し眉間を細めてデュスが語る。


「そうじゃの……ワシも旅をしとった訳でなし、そう詳しい事は分からんが」


 そう前置きした上で言葉を続ける。


「先ずこの辺の地理じゃな。この国はヌーンディ王国と言う北と西を山脈で遮られた国じゃ。ここが今ワシらのいる国じゃな」


 懐から銀貨を一枚取り出すと、そのままテーブルに置く。

 そして銀貨をもう一枚右隣に置く。


「で、この国の東隣の国がヨーク公国じゃ。そして……」


 二つの銀貨の丁度真下に銀貨を置く。


「此処がシフォン王国、別名水の国じゃな。この三国が女将が言っていたソートマンギルドが強い影響力を持つ国、俗に言う北西同盟国じゃな」


 デュスは銀貨を二枚重ねると三枚の銀貨から右下の少し離れた場所に置く。


「でじゃ。この三国の南東側からがゼパール帝国領となり、その更に南にあるのが俗に商国と呼ばれておる商人達が寄り集まって作った国じゃな。確か正式名称がありよったの……商工なんちゃら連合国とかじゃったな」


 二枚重ねた銀貨の更に下に銀貨を置くとそう説明した。


「そして此処が最近勢力を伸ばして来ておるサーマレイ王国。国王自らが覇王と名乗っておる。別名、覇国じゃな」


 銀貨を二枚重ねて置いていたその左側に銀貨を一枚テーブルに置く。


「サーマレイ王国以外の帝国の西側は小国がごちゃごちゃしとっての。詳しい事まではワシも知らんな」


 そこでデュスは漸く息を吐くと話を締め括った。


 デュスの話を要約すると現在地がヌーンディ王国、その東にヨーク公国があり、その両国の真下にシフォン王国がある。

 この三国は北西同盟国と呼ばれそれなりに仲の良い国同士の様だ。

 三国の南については、南西に中小国が入り混じった乱戦地帯があり、その中でもサーマレイ王国が台頭してきている。

 南東はゼパール帝国が治めており、その更に南に商国があると言う事だった。


「地理に関して知っとるのは概ねこんなもんじゃな」


 長い説明を終えたデュスに皆が感謝の視線を贈る。


「へえーそうなってたんだあ」


「うん……僕も知らなかったよ」


 ティルとクムトがウンウンと頷きながら話し合う。

 シュウは得た情報を整理しているのか少し目を閉じている。


「で、どうするのじゃ? 此処で登録するかの?」


 デュスが皆に問いかける。

 このパーンドギルドで必ずしも登録する必要はないのだ。他にもギルドは沢山あるのだから。

 デュスの視線がシュウに注がれる。

 クムトらもデュスの視線を追ってシュウを見つめた。

 まるでシュウの意見で決めるといった風に皆の視線がシュウに集まる。

 そのシュウは目を瞑って少し考えている様子だった。

 不意にシュウが言葉を発した。


「一つ聞きたい。登録した後にギルドを辞めて、新たに別のギルドに移る事は可能か?」


「うむ、可能じゃ。まあ多少の条件は付くかも知れんが、実際にやっておる奴も多いぞ。特に傭兵やらがの」


 デュスの返答にデメリットが大してないと判断したのか、閉じていた目を開けて答えをだす。


「……俺はここでいいと思う」


 シュウの言葉に皆も頷いて了承したのを確認したクムトが結論を言う。


「じゃあ、決まりですね」


「取り敢えずは俺の立ち位置だが……クムト、お前に従っている事にする。意味は分かるよな?」


 シュウは皆に聞こえない様に小声でクムトに告げると、クムトも理解していると頷いて応える。

 ヒューマ族以外の種族はこの近辺の国では立場が低い。奴隷と言えば獣族と言われる位には低いのだ。

 物作りに定評があるドワーフ族だけは例外的に優遇されているが、ドワーフ族自体がほぼドワーフの国からは出て来ない為、この特例はあってないようなものだった。まあ実際には実利的に旨味がある為、ある程度考慮されているのだろう。

 こうして外にいるデュスが珍しいのだ。


「なら後はデュスとクムトに任せる」


「うむ。了解じゃ」


「はい」


 シュウ達は席を立つと、受付嬢の待つ窓口に向かうのだった。

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