第73話 金が無い


「あー疲れたー!」


「チュンチュン」


 部屋に入り荷物を置くなり、ティルはベッドの染み一つない純白のシーツへとダイブした。

 それに続く様にシュペルもベッドの縁へと飛び下りた。


「ふう、暖かい。気持ちいーねーシュペル」


「チイッチイッ!」


 ティルはシーツの感触を確かめながら、微かに熱を発するその寝心地に満足そうにシュペルに微笑んだ。

 シュペルも傍で嬉しそうに鳴く。

 部屋には窓から光が射し込み微睡みを与えるような陽気を室内に与えてくる。

 部屋は受付と同じ位の広さがあり、ベッドを四床置いてもそれなりの広さがあってそんなに窮屈な感じはしなかった。

 窓際には椅子が二脚置いてありシュウはその一つに腰掛けて皆に視線を向けた。


「さて、部屋に着いて早速だが……」


 シュウは各々が自分のベッド脇に荷物を置き、ベッドに腰掛けてこちらに注意を払っている事を確認すると徐に言い放った。


「……金がない」


 ティルが小首を傾げながら問い返す。


「どーゆう事?」


「そのままだ。クムト、残金は?」


 シュウに話を振られたクムトがリュックの中にある銀貨の残高を確認する。


「そうですね。残金は銀貨二十枚位ですね」


「えっ? シュウ達ってそのくらいしか持ってないの?」


 驚きを露にして言ってくるティルにデュスが納得の表情で述べる。


「そうじゃろうなあ。方陣紙の金額と部屋代を払えば残るはそんなもんじゃろ」


 シュウ達の持っている金額を知っているデュスは納得の表情を浮かべる。


「なら私は自分の部屋代位自分で払うわよ」


 ティルは自身のリュックに手を入れ、そこにある財布に手を伸ばそうとするのをシュウが手を挙げて制しながら話す。


「いやそれは別にいい。まぁ、これから財布の中身は皆が共有する事になるだろうから、今後はその辺さえ踏まえてくれてればいい」


「ですね。一々誰が何を払ったって計算するだけ時間の無駄でしょうし」


 クムトもシュウの提案に賛成の様だ。


「でだ。まず金がない事を把握しておいてくれ。その上でデュス、一応は契約はこの町に連れてくる迄だ。このままなあなあは嫌いだから先に聞いとく。この先どうしたい?」


 シュウが皆の納得の表情を確認した上で改めてデュスに問いかける。


「えっ? デュスってそういう契約で一緒にいたわけ?」


 ティルは残金の事より契約で一緒にいたという事の方に驚く。

 デュスはこれからも共に旅をすると思っていただけに驚きはひとしおだった。


「ふむ、確かにそうじゃったな」


 シュウの言葉をデュスが素直に肯定する。


「ねえ……デュスはこれからも一緒だよね?」


 捨てられた子猫の様な顔でデュスを見るティル。


「おいおい、デュスが自分で決める事だ。俺達の都合は他所に置いておけ」


「そうですね。勿論一緒に来てくれたら嬉しいですけど」


「それはそうだけど……」


「チイッチイッ!」


 ティルとシュペルは不満そうにしているが、余計な事情は抜きにして、デュス自身が自分の意思でこれからの行動を決めて欲しいとシュウが願っている事に気付いていたクムトはその意見を肯定する。

 勿論共について来て欲しいと願っているのはやまやまだが、それはあくまでもクムト個人の意思であってデュスの意向を無視してまで強制出来る問題ではないのだ。

 デュスにしても村の警護がある。別に決まった役職ではないのだが、それがあの村での自分の役割だと自負しているのだ。

 だがこのままシュウは兎も角、クムトや新たに仲間になったティルを放置して一人村に帰るのも何か違う様に感じていた。

 故にデュスは返事に窮してしまう。


「……返事は今じゃないと不味いかの?」


「いや、この町を出る迄に決めて貰えばいいぞ。但しその間は金稼ぎ何かには付き合って貰うぞ」


「うむ。了解じゃ」


 結局デュスが出した答えは保留だった。

 勿論シュウが言ったようにこの町を出る迄の猶予だったが、今すぐにはどちらを選択するかが決められなかった以上、保留出来るだけありがたかった。

 心が揺れているのは事実なのだ。

 この先も共について行きたい。だが村の事もそれにシュウに託されたパルやアーチェの事もある。

 様々な葛藤がデュスの心の中で蠢いていた。


「ワシもしっかりと考えて結論を出すわい」


「あぁ。そうしてくれ」


 シュウの相手に自分の意思を押し付けない様は、今のデュスにはとても気持ちよく感じられるのだった。




「取り敢えず何はともあれ金だ、金がいる」


 シュウが改めて皆に聞かせる様に言う。


「あっ、なら私が方陣紙売ろっか?」


「それだと決定的な決め手にならないよ。ティルだってずっと一人でお金稼ぐのは嫌でしょ。今までと余り変わらないだろうし」


「あーそうだね。確かに私一人で四人分の旅費を稼ぐのは難しいかなぁ」


 ティルはクムトの言葉に納得の表情を見せる。


「まぁ小金稼ぎにやってもらう事はあるかもしれんが、ティルにおんぶに抱っこになる気は毛頭ない」


「ならば仕事を探さねばな。であれば、やはり冒険者が危険ではあるが実入りも良かろうて」


「まぁ定番だな」


「ですね」


「定番よね」


「チイッ」


 三者共に異存はない様だ。シュペルも満足そうに鳴く。


「けど正直私は戦えないわよ? 勿論時間を掛けて訓練なんかはするつもりだけど、今直ぐには無理よ無理!」


 納得はしたものの即戦力にはならないとティルは自ら戦力外通知を出す。


「まぁそれは追い追いでいいだろ」


「そうじゃな。まずは戦場の空気に慣れる事から始めるべきじゃ。動けんかったら命に関わるでの」


「はい。僕もそう思います」


「うん、ありがとう。せめて足を引っ張らない様に頑張るわ。シュペルも戦力になるように頑張るわよ!」


「チイッ!」


 皆の理解ある発言にティルは素直に頭を下げ、シュペルと共に気勢を上げる。


「まぁそれは置いといて。デュスは冒険者に付いて説明してくれるか?」


 シュウの提案にデュスが頷いて答える。


「そうじゃな。先ず冒険者という職業は依頼を受けて其れをこなして金銭を得る職業じゃ」


 皆が頷いたのを確認し先に進める。


「依頼の内容は多岐に渡っておる。町の清掃から薬草や商品等の物品集め、護衛に野獣の討伐、はたまた戦争に参加する依頼もある」


「戦争に参加? それは傭兵の仕事じゃないのか?」


「傭兵だけだと足りぬ場合や大きな戦争だと強制的に参加させられる強制力が発生するものもあるわい。その情報を集める為に傭兵が一応冒険者登録しとる事も多いしの」


「平時は冒険者で戦争時には傭兵になるんですね」


「うむ。そうじゃ」


 理解が早い生徒にデュスも満足そうな笑みを浮かべる。


「なら町中だけで活動して冒険に出ない冒険者もいるの?」


「おるの。未だ戦闘慣れしていない新人や年端もいかぬ少年少女達が生きる為に冒険者をやっとる場合もあるでな」


「へぇーそうなんだ」


 ティルの質問に然もあらんと答えを述べる。

 ティルの発想はたまに的確に意を突いてくる。

 そんな突飛な発想がと感心する事もあれば、当然だろといった質問をする場合もある。

 デュスにとってもこう言った会話が出来るのは楽しいものだった。


「デュス? 冒険者は何処に登録して活動するんだ? まさか複数の組合が在るとかじゃないだろうな?」


 流石はシュウだとデュスは感心する。

 シュウはティルと違って的確に要点だけを突いてくる。もしくは全く知らないかのどちらかしかない。

 知らない事を聞く事を恥と思わず、あらゆる情報を集めようとするその態度は好感に値する。

 今回も厳しい所を突いてきた。

 普通なら其処まで頭が回らないものだがと感心してしまう。


「あるぞい。国をまたいだ冒険者ギルドもあれば、地域に根付いた冒険者ギルドもある。何処に加入するかで仕事の内容も報酬も変わってきよる」


「あるのかよ……因みにお薦めはあるか?」


「ふむ。それはワシにもよう分らんな。ワシは普段はパーミ村に居るからの、特に冒険者をやっとる訳ではないでな」


 最もな回答を返すデュスの言葉にシュウはそりゃそうだよなぁと納得する。


「なら宿の女将にでも聞いてみるか? 多少の知己があればおかしなギルドは紹介はせんだろ」


「そうですね。何処に入るかの判断材料になりそうですね」


 クムトは相変わらず合いの手が上手い。

 間違っている場合は訂正するが、必要な時以外は余計な意思表示は行わない。

 かといって周りに流されるでもなく、必要と思ったなら自身の意見もはっきりと言う。

 今回もシュウの発言を補足する様に意見を述べている。


 シュウにクムト、そして新たにティルが仲間になった。

 デュスはこの素晴らしい面子と出会えた事に心から嬉しく思うのだった。

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