第72話 宿屋再生計画


 それから一時が流れた。

 思い立ったが即実行のシュウである。今回も提案した内容を即座に実行に移していた。


「声が小さい! もっと気合いを入れろ! 客は常にお前の仕草、口調、態度、心持ち何かを見ていると思え」


「は、はい!」


 シュウの怒声に身を縮込ませながら大声で返事をするタナン。

 その服装も少し違っていた。

 ボロっとしていた服装はきちんとした服に取り替えられ、色合いも落ち着いた印象より暖かみを与えるように暖色系で纏められ、チョッキを着る事で雰囲気を引き締める。

 髭も剃り揃われ髪も整えられており、見た目はホテルの支配人ぽくなった。


「もう一度だ!」


「い、いらっしゃいませー!」


 シュウの指示で口調もハキハキしたものに変わっている。


 この受付を行う部屋自体の雰囲気も変わっている。

 シュウ曰く、


 「受付での雰囲気はお客様に対する玄関」

 「第一印象で泊まるかどうかを判断する」


 との事で模様替えが提案された。

 壁には何処からか持ってきた額が飾られ、壁側にはテーブルと椅子が数脚並べて設置され、そのテーブルの上には置き型のキャンドルも置かれた。

 受付台の上にも花が飾られ、更に立札的な物も置かれ、更にはキャッシャーとおぼしき箱も置いてある。

 受付後ろの壁には部屋番号と鍵が掛けられており、まるでどこぞのホテルのロビーを思わせる佇まいにリフォームされていた。


「笑顔を忘れるな。どんな客にも笑顔で接しろ」


「はいっ! いらっしゃいませー!」


 タナンは笑顔でハキハキと元気に挨拶をする。

 となりの食堂からもチラチラとこちらの様子を伺っている客の姿もみえた。


「まぁ、こんなもんだろ。いつも自分はこの宿の主人であり、客から注目を浴びている事を自覚する事だな」


「は、はい」


 シュウの評価に漸く肩から力が抜ける。

 だが次の瞬間にはだらしなくなりそうだった雰囲気がシュウの一睨みで再びキリッとしたものに変わった。


「気をつけろよ。いつも見られてるんだ、お前は」


「はい」


「後は客引きだが……あいつらはやめろ。宿の品格が疑われる」


「……はい」


「な、何だい! アンタどうかしたのかい?」


 酒場の注文が一段落したのか女将が姿を見せ、あまりのタナンの変わり様に驚きを隠せないでいた。


「カナチ、何でもないだ。ただシュウさんに色々教わって宿の雰囲気を変えようと考えてね」


 いつもと違いハキハキと喋るタナンにやはり戸惑いを隠せない様にカナチが言葉を発する。


「……いや、変わりすぎだろう。アンタ大丈夫なのかい?」


「ハハハ。うん、僕は…いや私は変わるんだよ。もう引きこもりの駄目夫は卒業するのさ。そうだ! 私は生まれ変わったんだ!」


 その自信に溢れた雰囲気は以前のものとは大違いだった。

 猫背気味だった背筋もピンと張られ目つきも爛々と輝いている。


「……ちょっとやり過ぎたか……」


「いや、シュウさん。ちょっとじゃないですよ。もう別人ですよ、別人」


 シュウの言葉にクムトが呆れた様に呟いた。


「でも居心地の悪さは失くなったわよ?」


「ふむ。シュウにかかると皆こうなるのう。最早これは洗脳じゃな」


 ティルとデュスも各々思った事を述べる。デュスの言にはシュウも一寸物言いたくはなったが。


「ま、まあ悪い事では……その…ないですしね……」


 デュスの言葉にクムトが何とかフォローを入れる。


「ちょっとアンタら本当に大丈夫なんだね?」


「あぁ。今は未だ慣れないから張り切り過ぎているがその内落ち着く筈だ」


「本当だろうね?」


「あぁ」


 疑わしそうに言うカナチに、シュウは問題ないと告げる。


「あ、あのー部屋は空いてますか?」


 女の冒険者風の一行が躊躇いがちにタナンに声をかけている。


「はい。お嬢様方は四名様ですね? お部屋は一部屋になさいますか? それとも二部屋で?」


「お、お嬢様? は、はい。二部屋……二人部屋でお願いします」


「畏まりました。二〇三と二〇四を御用意致しますね。では御一人様一泊貨五枚になります」


 ハキハキと笑顔で対応するタナンに冒険者風の女は少し顔を赤らめていた。


「は、はい。五泊予定ですなんですが…」


「五泊ですと二十五枚。四名様でちょうど銀貨百枚になります」


「これで」


「確かにお預かりしました。こちらの台帳にご記入ください」


「は、はい…えっとこれでいいですか?」


「はい、結構です。ではお嬢様方、御部屋へと御案内させて頂きます」


 タナンは恭しくお辞儀すると冒険者達を連れだって階段を登っていった。

 キビキビとよどみなく対応したタナンにカナチが心配そうに尋ねる。


「ほ、本当に大丈夫なんだね?」


「あぁ。見ての通り問題ない」


 旦那のあまりの変わり様にカナチは心配そうに尋ねるがシュウは太鼓判を押す。

 そんな自信がありそうなシュウの雰囲気に漸く納得の表情を見せるカナチ。


「ふう。ならアンタ達を信じてみるかね」


「でだ。タナンと契約しててな。アドバイ……助言をする代わりに宿代を負けて貰うことになってるんだが」


「……まあ、唯でこんな事はしないだろうとは思っていたよ。で、アンタ達は何泊するのさね?」


「あぁ五泊するから一泊銀貨四枚に負けろ」


 アッサリと提示してくるシュウに苦笑しながら頷くカナチ。


「ふっふっ、流石にがめついね。まあいいだろ。部屋は一部屋でいいんだね」


「あぁ」


「なら三〇二を使いな……この壁のやつは結構便利だね」


 以前の引き出しに仕舞っていた時に比べて壁に空き部屋の鍵が掛かっているのだから、部屋を使用しているかしていないかが一目瞭然で分かる。

 壁から鍵を取るとカナチはその鍵をシュウに渡す。


「なら四人で銀貨八十枚だな。クムト?」


「あっ、はい。これで」


 シュウに視線を向けられ、リュックから銀貨を取り出すとカナチにピッタリ八十枚渡す。


「毎度」


「じゃあ俺達は部屋に行くぞ」


「ああ。今日のお礼だ、夕食は期待してな! 夕食は鐘が三回なってからだからね。ある程度すれば飲みに来た奴等で席が埋まるから気を付けなよ」


「分かった」


「ああ、それとその羽刃雀テラスィトルはしっかり見といておくれよ。糞とかで部屋を汚されるのは勘弁だからね」


「分かっている」


「ならいいさね」


 シュウ達はそう言うと片手を挙げながら階段を登っていくのだった。

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