第63話 善意


「どけどけぇ!」


 村の中を兵士が走り回っている。

 逃げたクムトとティルを捜索しているのだ。


「大丈夫?」


「う、うん。少し落ち着いた」」


 建物の影に身を潜めている二人は漸く人心地つけていた。

 取り敢えず追手を撒く為に村の歓楽街的な場所に逃げ込んだのだが、未だ夜も更けていない為、人通りがかなりあり騒動が大きくなっていた。

 何とか人気の少ない暗がりに身を潜めて周囲の様子を窺っているのだ。

 既に村では何かあったと様々な噂が飛び交っている。

 いずれは兵士に見つかる事は予想がつく為、クムトはこの騒動を起こした元凶を炙り出し、観衆の目をそちらに引き付けて逃亡を有耶無耶にしようと考えていた。

 恐らくシュウも同じ立場ならそう考えるだろうとクムトは予想する。


「あまり余裕が無いから率直に聞くよ。今回の騒動を誘引したのは誰?」


 酷く真面目な表情でティルにそう問いかける。

 ティルもここまで騒ぎが大きくなったらどうなるか位の予想は付いたのだろう、一度唾を飲み込んで気持ちを落ち着かせる。


「……恐らく村長が…私を貴族に売ったのよ」


「へぇ……どうしてそう思ったの?」


「私は……村長にお金を借りているから……お母さんの病気を治す薬代を村長が立て替えてくれたの。でもお母さんはそのまま死んじゃって……借金だけが残った。私は……毎日方陣紙を売ってお金を返していたの」


 クムトは頷いて先を促す。

 ティルは懸命に涙を耐えながら話を続けた。


「今日もいつもの様にお金を渡したの。でも……金額が足りないからって私を貴族の屋敷に連れて行った」


「多分仕組まれていたんだろうね。貴族に取り入るつもりでティルを……」


「……そうかもしれない。でも、今まではそんな無理は言わなかったわ」


 ティルはそれでも村長を信じる様な言葉を吐く。

 何が村長をそこまで信用させているかはクムトには分からない。

 そんなティルを見てクムトは一度目を閉じると、何かを思案する様な表情を浮かべる。

 目を開けたクムトは一つ溜め息を吐くとティルにこう提言する。


「……分かった。なら直接村長と話をしてはどうかな?」


「えっ!?」


「今回の騒動が村長に原因があるのは間違いない。だったら、もう直接話した方がティルも納得できるでしょ」


「で、でも……」


「大丈夫、僕も付いて行くから。それに何時までもここに隠れてはいられないからね」


 柔らかい笑顔を浮かべティルを安心させようとする。

 クムトはティルに強要はしない。それを今やる事はティルの自意識を停滞させる原因になりかねないからだ。

 今ティルは自分なりに考えて行動をしようとしている。どの様な結果になるにせよ、クムトはティルの意思を尊重してあげたかったのだ。

 だから提言はするが決定権はティルに委ねる。

 ティルがどうしても村長に会いに行かないと言うならこのまま村を出ればいいと考えていた。


「嫌なら行かなくてもいい。でも、どうするかはティルが自分で決めるんだよ。自分が納得できる形に持って行った方がいい」


 厳しい意見かもしれない。でもここで意見を押し付けるのは何か違うと思った。

 だからティルに委ねるのだ。


「……わ、分かったよ。私、村長と話してみる」


 決意を滲ませた表情のティルにクムトは笑みを返すのだった。




 ティルの意思を聞いたクムトの行動は素早かった。

 建物の影に隠れながらも着実に村長宅へと近づいて行った。

 兵士達も村長の家を目指しているとは考えていないのだろう。

 歓楽街から離れた事で兵士の目も少なくなってきていた。

 元々兵士の数はそれ程多くはない。大半はシュウとデュスが引き付けてくれているからだ。


「……行くよ!」


「う、うん」


 人の目がない事を確認してクムト達は通りを飛び出した。

 この先まで行ければ村長宅は目と鼻の先だ。もう兵士に気を回す必要はなくなるだろう。

 勿論、絶対という訳ではない。

 村長宅で騒動でも起きれば、当然兵士達の目にも留まるだろう。

 だが、逆に騒動が起きるまでは安全である可能性が高くなるのだ。

 クムト達は一気に通りを突っ切って村長宅に辿り着いた。

 夜が無いこの世界でもやはり灯りは重要な役目を持っている。

 薄闇の中で行動するにしても、灯りが有るのと無いのでは行動範囲が変わって来る。

 灯りの灯った村長宅に辿り着いたクムト達は控えめに扉をノックする。

 ここまで来たらもう堂々と行動した方がいいと言う判断だった。


「誰だ?」


 ゆっくりと扉が開かれ、室内の明かりがクムト達の姿を照らしだす。


「なっ! 何でテメエが此処に居やがんだ!」


 扉を開けたのは長髪の男……つまりはティルから直接お金を受け取っていた人物だった。


「夜分すみません。ちょっと村長と話がしたくてまかり越したのですが」


 クムトが丁寧に挨拶を述べるも長髪の男は憤怒の表情で罵声を飛ばしてくる。


「テメエはあの豚貴族にくれてやったんだ。さっさとあの豚の所へ戻れ!」


 そのセリフにクムトの視線が強くなる。


「それはどういう意味ですか? ティルは毎日薬代を払っていた筈です。それを“くれてやった”?」


「う、うるせえ! テメエには関係ないだろうが!」


 クムトの視線の強さにたじろいだ事に苛立ってか男は強気で発言を返した。


「関係なくはないんですよ。一体どんな権限があってティルを勝手に“くれてやった”んですか?」


「お前は……うるせえんだよ!」


 男が前触れもなく蹴りを放ってくる。

 と、クムトの正面に幾何学模様の光の障壁が張られ男の蹴りを封じる。


「なっ!?」


「先に手を出したのはあなたですよ」


 クムトは障壁を拳大に収束させると、男の鳩尾を殴りつける。


「くほぉ」


 不規則な息を吐きながら男は血反吐を吐いてその場に崩れ落ちた。

 その音を聞きつけて部屋の奥から若い男が姿を見せる。


「えっ、兄い? な、なんだよ手前は! それにお前は……村長、村長! あの女が来ました!」


 若い男は大声で奥へと声を掛ける。

 床には長髪の男が倒れており、これで平和的な解決は難しいだろうなとクムトは内心で溜め息を漏らす。

 その声を聞きつけたのか五人の冒険者と思しき男達を引き連れて村長が姿を見せた。


「ティルですか。どういうつもりでしょう? こんな事をして只で済むとは思ってないですよね?」


 鋭い眼光でティルを睨みつける村長とティルの間にクムトが身体を入れ村長の視線を遮る。


「それはこっちのセリフです。貴族にティルをくれてやったと伺いましたが、どういう了見でしょうか?」


「何だね君は? 私はティルと話をしているのだよ」


「そんな脅す様な眼光で見られて、ただ話をしているとはとても思えませんね」


 クムトは村長の視線を真正面から見返しながらそう言う。


「脅す? 失礼な事を言うね。いつ私が脅したのかな?」


「それは失礼しました。ですが睨みつけるのはどうかと思いますが?」


「ふん。私がいつ睨みつけたのかな? この顔は生まれつきだ」


 暖簾に腕押し。クムトは村長が真面に会話をする気が無いと思い、仕方なしにティルを見る。

 この状況ではティル自身が問い質すしかない。

 ティルもその意図は分かったのだろう、ゆっくりと息を吐くとキッと村長を睨みながらはっきりと言葉にする。


「村長……その人が言ってましたが、私を貴族にくれてやったってどういう事ですか?」


「ほう。私にそんな視線を向けるとは……恩義も感じてないと言う事かな」


「話をそらさないで! 私は…村長を信じてたのに、どうして急にこんな事をしたの!?」


 涙目になりつつもティルは懸命に抗議する。


「話を聞いてなかったのかね? ティル、君が薬代を返せなそうだったから仕方なくやった事だよ」


 全く悪びれた様子もなくそう言い放つ。


「わ、私は毎日、毎日ちゃんと返却してたじゃない! 私の意思は関係ないの?」


「私も偽善でお金を貸した訳じゃない。ちゃんと返してくれていればこんな事はしなくて済んだんだよ」


 暗にお金を返せなかったティルが悪いと言っているのだ。

 その言葉にティルは愕然とする。

 母を助けてくれた恩人だと信じてこれまで懸命に働いて来たのだ。

 一日たりとも返済しなかった日はない。

 だが、村長はそれでも足りないと言ったのだ。


「そ、そんな……」


「分かってくれたかね?」


 ティルは村長の言葉に俯いた。

 悲しかった。今までの全てを否定されたようで何とも言えない感情が沸き上がって来る。

 ティルは流れ落ちそうになる涙を堪えるしか出来なかった。

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