第64話 事の顛末


「では、そのお金を返却すればいいんですね?」


「何?」


 クムトが話に割って入る。

 要はお金が返せないから売り払ったと言う事だ。ならばお金さえ返せればティルにこれ以上の無理を言う理屈は無くなる。


「で、お幾らですか? 相当高価な薬だったんでしょうね……」


「君には関係ないだろう。黙っていたまえ」


「誰が払おうが村長には関係ない事じゃないですか? それともティルが必ず払わなくてはいけないんですか?」


「ぬぅ……」


「ではお幾らでしょう。当然今まで支払った残りの金額ですよね?」


「……」


 村長の顔が真っ赤に染まる。

 ここで金額を言うのは簡単だろう。通常であれば。

 だがクムトの想像では既に薬の代金は返却済みだと思っている。

 今現在も薬を提供しているのであれば、代金は減ってないかもしれない。

 だが既に薬の提供は終わっており、ティルは数年間毎日返済していた。

 そうであるならば、当然相応の金額が返済されている筈である。

 毎日銀貨五十枚を返済したとして一年間で軽く金貨百枚、二年で二百枚を超えている。

 そんな高価な薬がこんな村に在るとは思えない。得薬草ポリテヘルバであっても金貨数枚もあれば事足りる。

 どうみても薬の代金以上に返済している筈なのだ。


「さて、お幾らでしょうか? 僕が残りを支払いますから教えてください」


「……」


「それとも、既に返済済みですか? 少なくとも金貨二百枚以上の金額は返済されている筈ですので」


「……さい」


「はい?」


「煩い! 黙れぇぇ! 私が払えと言うのだ、素直に払っておればいいのだ! 妖精族の混血児など他の村では住まわせる事すら許されんのだぞ。私は善意を以ってティルにこの村での生活を許して来たんだ! それを…それ「もういい。黙れ」…なっ!?」


 真っ赤な顔で逆切れした村長の言葉を俯いたクムトが一言で遮る。

 その声はシュウでさえ聞いた事も無い様な低く、体の芯から小声させる様な冷たい声だった。


「善意だと? ふざけるなよ。手前勝手な理屈を善意の一言で、恩義という鎖で繋いでいたお前に言う資格など無い! お前は自己都合でティルの好意を踏みにじった最悪の奴だ。もうお金の問題じゃないんだよ……ティルの気持ちを考えた事があるか! どんな思いで毎日を過ごしてきたと思ってる! ティルの費やして来た数年はお前の貸し付けた金額より遥かに重いんだ。混血児だから何だ、ヒューマである事がそんなに尊大なのか?」


「なぁ……」


「お前は……お前にティルの何がわかる……」


 不意にクムトは頭に何かを感じた。温かなその感触にクムトが我に返った。

 其処にはポムと一つの手が置かれている。


「もういい。クムト……確かに今のお前は正しい。だがな、そう言った事も通じる相手と通じない相手がいるんだ。自己都合しか考えられないヤツに何を言っても無駄だ。怒るだけ無駄に疲れるだけだ」


「そうじゃな。そこの男は正にその典型的な奴じゃな」


「シュ…シュウさん。それにデュスも……」


 優しい視線を向けるシュウに驚きの表情を見せる。

 息が切れていた。底なしの体力とシュウが認めたそのクムトが息を切らしているのだ。

 その怒りはどれ程のものだったのか想像に難くない。


「き、貴様ぁ! 私にむ「……黙れ」…ヒィ!」


 シュウの顔を見た村長がその突き刺さる様な殺気に腰を抜かす。

 余程の恐怖だったのか、下半身からは水溜まりが出来ていた。


「……さて、理屈が通じない相手には俺も理屈では語らん。選べ、死か素直に罰を受けるか。選ばせてやろう」


「うぉぉ! 村長を守れぇ!」


 若い男がいきなり気勢を上げる。その声につられて村長の周囲に居た五人の男達も剣を抜こうとする。

 が、突然五人の両腕が千切れ飛んだ。


「あがぁぁぁぁぁ!」


「う、腕がぁぁぁぁぁ!」


「ひぃぃぃ!」


 一瞬で両腕を飛ばされた男たちの絶叫が響き渡る。

 シュウが前もって仕掛けておいた斬糸で腕を切り飛ばしたのだ。


「デュス」


「……全く、シュウは堪え性がないのう。薬草ヘルバの無駄遣いじゃわい」


 デュスが薬草を薄めたポーション擬きを男達の切れた傷口に掛けていく。

 応急処置だ。血だけは止まるだろうから出血死とはならないだろう。

 既に男達はあまりの激痛に意識を失っていた。


「で、お前さんはどうするのじゃ?」


「ヒィ!」


 最初に気勢を上げた若い男は突然目の前で起きたあまりの惨劇に腰を抜かしてしまっている。

 もう逆らう気は起きないだろう。


「さて、待たせたな。どうするか決めたか?」


 シュウは凍り付くような冷酷な目で村長を見下ろす。


「ひっ……こ、殺さないで……ゆ、許してください……」


 先の惨劇を見て、シュウの言葉に嘘はない、つまりは本当に殺される事に気付いて、村長は涙と鼻水を垂らしながら命乞いをする。


「……そうか、残念だ。後者を選ぶか…なら素直に己の罪状を洗いざらいぶちまけな。そうすればここで死ぬ事はないだろよ」


「はひぃ」


「が、俺が認めない場合は……まぁ言うまでもないが……首は大切にしないとな」


「はぅ……ブクブク」


 ニィと笑ったシュウの顔を見て泡を吹いて気絶する。


「ったく、堪え性の無いヤツだ」


「いや、シュウには言われとうはないじゃろうな」


 デュスが引き攣った表情でそう言うのだった。



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