第67話 立場なんて気にしない


「……兎に角じゃ。お主らが普通でない事は……よう分かった………」


 暫くして、何とか精神を立て直したデュスが疲れたように言う。

 その顔はある意味悟りを開いたかの様に穏やかで、全てを諦め全てを受け入れるがごとき無の境地に至っている様だった。


「で、次は俺だが……俺のは知ってるだろ?」


「うむ。赤く光り熱を持つあれじゃな」


 シュウの問いかけにデュスは落ち着いた様子で答える。

 本来ならシュウのスキルも仰天の技なのだが、前もって知っていた事と、あのシュウの事だから……と言う諦めが既にあった為、前の二人程は驚きが少なくてすんだ。

 だが、冷静に考えれば、前の二人と同様に、世界規模の技術革新である。

 幸いな事に、今のデュスには其処まで思い至る余裕が無かった。


「まぁな」


 肩を竦めるように、シュウは軽く答える。


「シュウさんは他にも色々出来ますからね」


 シュウの言葉に頷いて納得の意を示すデュスに、クムトが火に油を注ぐかの様に更なる情報を付け加える。


「……あれだけでは無いと……」


 その顔は全てを諦めた者のそれであった。


「まぁ機会が在れば拝めるだろうよ」


 デュスの様子に、シュウが何でも無い風に答える。

 実際の所、シュウ自身でさえ何が出来るか全てを把握出来てはいないのだ。

 元々能力をさらけ出すのを嫌う節があるシュウだ。

 デュスが表面上納得した事で、細かく能力を明かさずに済んだ事に少し安堵をしていた。


「一つよいかの?」


「何だ?」


「お主らはこの世界で何を成したい?」


「そうだな……有るには有るが……簡潔に言えば……特に無い」


「ほう……」


 嘘は許さないという眼差しでシュウを見つめる。

 シュウは手を軽く振りながらあっけらかんと言った。


「元々頼んでこっちに来た訳じゃないからな。何がしたいと言われてもな……」


「そうですね。神の考える事は解りませんが、進んで何かしたいかと問われても答えるのは難しいですよね」


「あっ、私は死にたくないだけだから」


 其々の答えにデュスも安堵の溜め息を漏らす。

 余りにも異種多様な特異スキルを持っている者達だ。

 もし世界制覇だと言っても簡単では無いだろうが、不可能と判断するだけの理由もない。

 事はそう簡単では無いだろうが、少なくても一地方での大規模な反抗勢力として世界各国と事を構える事にはなっていただろう。

 当人達にその意思が無い事に、デュスは少なからず内心でほっと溜め息を吐いていた。


「……まあ、お主らならそう言うじゃろうとは思うとったがな」


「あぁそうだ、一つだけ伝える事があったな」


「ん? 何か目的があるのかの?」


「いや、そっちじゃなくな。デュスは俺を獣族だと思ってるだろうから、訂正をな……俺は獣人じゃない。合成獣だ」


 そう言うと、尻尾をフラフラと揺らめかせる。


「な、何と……虫の尻尾じゃと?」


 今日だけで何回驚愕しただろうか。

 だが少なくとも、大概の理不尽は受け止められる度量をデュスが身に付けて来たのは僥倖であろう。

 お陰でデュスはこの現実も何とか受け入れる事が出来た。

 逆にティルが唖然としていたが。


「そうだ。俺はどこぞの魔導士に因って野獣を合成された生き物だ。以前言っていた遺跡に実験施設があってな、で実験された結果が俺な訳だ。まぁその傑物だよ」


「僕もその施設に居て、そこでシュウさんに助けられたんです」


 シュウの言葉にクムトが補足を入れる。


「そこで遺跡が出て来よるか……」


 遺跡。初めて聞いた時は誤魔化しの為の嘘だと思った。

 だが、今までの行程で知り得た情報と、遺跡で行われたと思われる実験の被験者である事実。

 よくよく考えてみると、シュウのスキルは確かに野獣が用いている能力と同じだった。

 そう考えればクムトが言っていた色々スキルが在ると言うのも納得が出来る。


「えーっ! そうなの?」


 漸くシュウの尻尾の驚きから復帰したティルが、二人の境遇を聞き再び驚きを示した。


「うん、そうなんだよ。シュウさんに会ってなかったら、僕も合成獣にされてたかもね」


「……私より……ハードかも」


 何処か哀愁を漂わせながらティルが呟いた。


「まぁそう言う訳で、俺は獣族じゃない。一緒に行動してたらその内分かる事だからな。今の内に言っとくわ」


「……あい分かった。じゃが町では獣族の振りをした方が懸命じゃぞ」


 あっけらかんと言うシュウにどこかで安堵を感じながらも、デュスは今後の展開を予想して対処案を提示する。


「あぁ、それは分かってる。最悪はクムトの奴隷として説明されてもいいと思ってるよ。幸いな事にこの封考環があるからな」


 首元に付いている首輪を弄りながら言う。


「……相変わらず、立場なぞ気にしとりはせんな」


 シュウらしいと言えばそうなのだろう。

 プライドがない訳でもなく、かといって無駄にプライドだけが高い訳でもない。言うなれば自然体。

 それがデュスには心地好く感じられた。


「当然だ。それで面倒事を回避出来るのなら、俺はそれを選ぶだけだ」


「じゃったな……お主は」


 デュスが苦笑しながら納得の表情を浮かべる。


「まぁそんな訳で、俺達は他と多少毛色が違う。最初に言ったが他言無用で頼まぁ」

 

「了解じゃ」


「……って、話の切りが良いとこで厄介者の登場の様だな」


 デュスが確り頷いた事を確認した時、シュウが呟き手に持った槍を構える。


「……今度は何じゃ?」


 シュウは視線を隣接した林の方へと向ける。


「猿」


「ならば鉤爪猿ガラモナじゃろうな。この辺の林に住み着いとる奴じゃろうて」


 この近辺に生息する野獣の中から、該当してそうな野獣の名を告げる。


「な、何? 野獣?」


「みたいだね」


 村外れで生活していたティルには今まで関係無かったであろう野獣の襲撃に、漸く旅の危険性の一部を感じ取ったようだ。


「取り敢えずティルはクムトの後ろに隠れてろ」


「う、うん」


「来よるぞ!」


 各々が林に向けて武器を構える。

 その間にシュウの指示に従い、ティルはクムトの後ろへ隠れた。


「キャッキャッ!」


 林の木々の枝の上から長い鉤爪を持った猿の野獣が数匹、此方の様子を伺っていた。


「やはり鉤爪猿ガラモナじゃな」


「無理に戦う必要はないからな。林から距離を取るぞ」


「はい!」


「了解じゃ」


 鉤爪猿を視界に捉えながら、ゆっくりと後退して距離を取る。

 そのまま対峙してどの位の時間が経っただろうか。

 暫く此方の様子を伺っていた鉤爪猿だったが、やがて踵を返すと林の中にその姿を消していった。


「よし。どうやら諦めた様だな」


「た、助かった……」


 ティルが腰が抜けた様にその場に座り込む。


「ほほっ。来ておったら酒の摘まみに良かったのじゃがな」


 デュスが顎髭を扱きながらそう宣う。


「まあ、被害が無かったので良かったじゃないですか」


「まあのう」


 こうして鉤爪猿の襲撃を躱した一行は、暫くして漸く武器を下ろすと、ほっとしたかの様に肩から力を抜いた。


「取り敢えずこの辺で休憩しとくか? デュス、町までは後どれくらいだ?」


 シュウの問いかけに、固まっていた肩の凝りを解すように腕を回しながらデュスが答える。


「そうじゃのう。パシュベとパヌエはそう離れとらんから……この先にある大きな街道まで出れれば、後は数刻も歩けばパヌエまで辿り着くのではないかの」


 思っていたよりはそう距離は離れてないようだ。

 シュウは太陽の位置で時間を判断すべく空を見上げるがやはり太陽は存在して無かった。


(時間が測り難いんだよな)


 そう思いながらも、残りの距離と体力を比較してみる。


「なら休憩は無しで今の内に距離を稼ぐか? ティル、お前はまだ大丈夫そうか?」


「うん。平気」


「ならとっとと町まで行ってゆっくり休むぞ。まぁどうせ町に入るまで時間が取られそうだしな」


 シュウの脳裏にはパシュベ村での入村整理の列が浮かんでいた。

 パシュベ村よりパヌエの方が大きな町なのだ。恐らくは人の出入りは激しいだろうから、待ち時間は先の倍位と考えておけばいいだろう。若しくはもっと掛かるかも知れない。


「じゃあ行きましょう」


 クムトの言葉を皮切りに、一行は再び林の横に連なる細い道を歩き始めた。

 勿論野獣の不意打ちを食らわない様に、林に気を配りながら進むのは当然の事だった。

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