第三章 新米冒険者

第66話 魔導輪の意義とは何だ?


 シュウ達はパシュベ村を出発し、一路ヌーンディ王国南方にある都市パヌエをを目指していた。

 目的地までの道程をショートカットすべく、現在は主街道を避け、平野を抜けた林の側を通っている細い脇道を南へと歩いていた。


「チィッチィッ!」


「あはは。こっちよ、こっち!」


 シュペルがティルの腕の動きに合わせて、右に左にと飛び回る。

 ティルはまるで指揮者の様に、気持ち良さ気に、上下左右あちこちへと指を振るい、シュペルを誘導している。


「チュチュチュン!」


 シュペルも楽しそうにティルの指差す方へと自由自在に空を舞っていた。


「この子凄く頭がいいわね」


「まぁな。こいつは人の言葉をちゃんと理解してるからなぁ」


 ティルが楽しげに指を振るいながら、感心した様に言うと、シュウが自慢げに答える。


「そうなの? で、何でそんなに自慢げなのよ」


「俺が仕込んだからな」


「へー。そうなの? まあここまで言う事を聞くなら、自慢したくなるのも分かるけどね」


 ティルはシュウの言葉に漸く腕を下ろし、シュペルが言葉を理解出来る事に驚きつつも、シュウの発言に納得の表情を浮かべる。

 ここまで人の指示に従う野獣は早々見ない。

 野獣をテイムする冒険者もいるが、大体はあっちに行け、攻撃しろと言った風に、大まかな指示を出すだけで後は野獣任せとなる。

 指先の動きだけで指示が出せてその意味を野獣自身が理解して動くなど、他のテイマーが見たら頭を抱えたくなるだろう。

 ある種シュペルが特別なのだ。

 ティルの指示が無くなった事で、シュペルは一行の頭上を円を描くように、楽しそうに飛び回る。


「ところでティルも神とやらの質問に答えたんだよな」


「ええ。そうよ」


「どんなスキルを貰ったんだ?」


「あっ、僕もそれは気になりますね」


 シュウの言葉にクムトも同意する。


「私? きちんと調べてないからよく分からないけど、空中に魔方陣は描けるわよ」


「何を言うとるのじゃ? 神の質問がどうやら、空中に魔方陣を描けるやら、ワシには意味が分からんぞ?」


 デュスが不思議そうに尋ねてきた事に、ティルが逆に不思議そうな表情を見せる。


「あれ? デュスは知らないの?」


「たまに此奴らは意味不明な事を言うとるが、何か態々聞くのもと思うての」


 ティルの質問にデュスが簡潔に答える。

 どうやらシュウ達の言動や行動は、現地の者には奇行の様に見えていたらしい。

 シュウやクムトにとっては、そんな奇妙な発言や行動は取っていなかったと思っていたが、それはあくまでも、シュウ達の常識の範囲内での判断だ。

 異世界の常識から外れていても、気づかない事もあっただろう。

 何気に周囲がシュウ達に好意的な理解を示していた事も幸いし、行き過ぎた行動だとはシュウ達も気付かず過ごせていたのだ。


「そんなに変な発言してましたか?」


「うむ。意味の分からぬ単語などがよく会話にあったの。まあ内容は大体理解出来たから態々尋ねんかったがの」


「……そうでしたか。余り気にして無かったので……」


 デュスの気遣いにクムトが苦笑しながら指で頬を掻く。


「なら良い機会だしデュスにも説明しとくか。但しだ、他言は無用に願うぞ」


 シュウもちょっとは気にしたのだろう。

 普段なら率先して自分達の情報は隠す方面に走るシュウが事実の開示に合意した。

 この先会話が理解出来なかった場合に起こる不都合を懸念してか、シュウも多少の情報はデュスに流す気になったようだ。

 だがそれはあくまでデュスを信用したからだ。当然口止めするように釘を刺したのは当然だろう。

 デュスもシュウの声音からその事に気付いたのだろう、口を噤む事を了承する。


「分かっておるよ。此れでも口は固いほうじゃ」


「でもデュスはお酒の勢いで喋りそうじゃない?」


「ティルよ。ドワーフにとって酒は飲むもので飲まれるものではないぞ」


 茶々を入れてきたティルの言葉に心外だとばかりに、顔をしかめながらデュスが反論する。

 因みにティルがデュスを呼び捨てにしているのは、シュウが一言皆に言ったからだったりする。

 シュウ曰く、


「馴れ馴れしすぎるのは勘弁だが、よそよそしすぎるのは面倒臭い」

「細かい事はどうでもいいんだよ」


 との事だ。

 この発言に皆が賛同した事で、節度は弁えるも余り細やかな事に対しては皆気にしなくなったのだ。

 そう言った理由で、皆が堅苦しくない感じで話しているのだ。


「まあ、それは兎も角として、デュスにも説明しますね」


「うむ。頼むぞい」


 クムトが仲を取り持つ様に、会話を主題へと軌道修正する。


「まず、僕達はこの世界のヒューマ族ではありません」


 開口して直ぐクムトは核心に触れる内容を暴露した。


「は? クムトよ、何を言うとるのじゃ? シュウは獣族じゃし、恐らくティルも異種族の血が流れておろう? ヒューマ族なのはクムトだけじゃろ?」


 言われた意味を理解出来なかったのか、デュスが不思議そうにクムトに尋ねる。

 普通に考えるとデュスが言った事は最もな回答である。

 この一行はある意味この世界でも珍しい異種族の集まりである。

 獣族にドワーフ族、ヒューマ族に妖精族の血を引いた者。よくも種族が被らずにここまで集まったものだ。

 だが今回はデュスの思考とは真逆の答えだった。


「いえ、そうじゃなくて、言葉の通りなんですよ。僕達はこの世界とは別の世界から神に因って召喚? いえ転生させられたんですよ」


「ほ? 神とな? 真か?」


「俺はちょっと違うけどな。まぁ似たようなもんだ」


「うん。私は神様に転生させられたわ」


 口々にクムトの言葉を肯定する意見が飛び出し、デュスも先ずはその事を飲み込もうとする。

 理解が追い付いてないが、まだ話の核心にまで辿り着いていない事はデュスも理解している。

 その為、話の腰を折らない様に、取り敢えず言葉通りに受け取って置くのだ。


「神に因ってか……今迄生きて来て、此れ程滑稽な話を聞いたのは初めてじゃわい」


「と、本題はここからです。僕達は転生した際に神からスキルを貰ってます。恐らくはかなり珍しいスキルだと思います」


「ふむ。それがティルがさっき言っておった話じゃな……確かに魔方陣を空中に描くなぞ聞いた事が無いわい」


 ティルの荒唐無稽な話を思い出す。

 そんな真似が出来るのなら、方陣士はもっと需要が増す職業として国々に捉えられるだろう。

 元々方陣士とは魔方陣を描く事が出来る者を指す言葉である。

 方陣士は魔導筆という魔導具を用いて紙や地面に魔方陣を描く事で様々な現象を起こす職業だ。。

 魔導と違い魔方陣は陣を描いてストックさせる事が可能である事。そして魔導具に貯蔵されたマナを利用しない為、魔方陣の乱発が可能である事だ。

 ティルが売っていた方陣紙と呼ばれる魔方陣を描いた紙など媒体を前もって用意しておき、必要な時に魔方陣を発動させて効果を使用するのである。

 ティルが言っていた様に空中に魔方陣を描いて現象を起こすのであれば、それは魔導と何ら変わらない事になる。

 いや、使用回数に制限がなくなる為それ以上の価値があるだろう。

 ほぼ無限に魔導を撃ち続けられるのと同意なのだから。

 そう言った常識外の事が出来ると言っているのだからデュスが困惑するのも無理はない。


「僕もこれが使えます」


 言葉と共にクムトは軽く腕を曲げ掌を翳すと、そこに幾何学模様の光の障壁が浮かび上がる。


「な、何じゃとぉぉぉ! ク、クムトよ……お、お主……魔導輪は持っとらんかったの?」


 余りの光景にデュスが裏返った声を上げる。

 そう、クムトは魔導輪を使用していない。

 つまりマナの消費問題をクリアし、スキルの発動体である魔導輪すら用いずに魔導を発動させたのだ。

 これはある意味魔導具の意味を失くす行為に他ならない。


「はい。僕は魔導輪なんて持ってませんよ。障壁は僕の意思で自然と造れます」


 神の話よりも衝撃が大きかったのは、デュスが物作りの得意な種族であるドワーフだったからだろう。

 顎が外れたかの様に大口を空けて呆然とする。

 魔導具を用いらず魔導を発動させる。それは失われた魔法に匹敵する。

 いや、詠唱すら必要ないのであれば魔法をも凌駕する、正に神の力に他ならない。

 そんな行為が可能であれば、世界レベルで軍事革命が起こるだろう。

 デュスが愕然とするのも最もだった。

 そんなデュスの葛藤に気づかず、ティルは見たままの感想を述べていた。


「うわぁ、綺麗ねえ。私もそれがよかったなあ」


「取り敢えず、ティルもやってみろ」


「うん。じゃあね……火でいいかな」


 クムトと同じ様に手を翳すと、周辺からまるでパズルのピースの様に光で出来た文字や記号、図形が一ヶ所に寄り集まって来る。それが一つ一つ組み合わされ、ティルの掌の前に一つの魔方陣を描き出した。


「えい!」


 瞬時に魔方陣からライター位の小さな火が生まれた。


「おぉ! 格好良いじゃないか!」


「えへへ。そうかなあー」


 シュウにとってその見た目はツボに嵌まったのか絶賛であった。

 ティルもそんなシュウの様子に、鼻を自慢げに動かしながら少し誇らしげに喜ぶ。


「はぁぁぁ? ティル……お主も魔導筆は使こうとらんのか!」


「え? 何それ? そんな物見たことも聞いた事も無いよ?」


 再びデュスが固まる。唖然呆然といった感じだ。

 魔方陣を描くのに魔導筆を使用していない。つまりはクムト同様にスキルを自在に発動させているのだ。

 これも世界規模の技術革命が起こる案件だろう。

 クムトの魔導とティルの魔方陣。

 これがクムトの言っていた神から授かったスキルである事を、漸くデュスは理解した。


「魔導具の意味は……これが神の力というやつ……なんじゃな………」


 デュスが現実に復帰するのには暫くの時が必要だった。

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