第60話 三人の密会


 クムトは俯いたティルに不思議そうな顔をしながら話題を変えた。


「それで話は変わるけど、ティルさんに紹介したい人がいるんだ」


「……えっ? 誰?」


「俺だ」


「……んきゃっ!」


 突然背後から声を掛けられて、叫び声を上げる。

 突然現れた人物は、何処か悪戯が成功したみたいに低く笑っていた。


「シュウさん!」


「……くっくっ。悪いな、余りに暇だったんで」


 ティルはバクバクと音が鳴っていそうな胸を押さえながら背後を振り向く。

 其処に居たのは狼の頭をした成人男性みたいな人。所謂狼男的な人物だった。


「……うぇっと、どぉちらしゃま……」


「すまんな。取り敢えず深呼吸しろ。ほら、ひっひっふーだ」


「「それは違います!」」


 二人がハモる様にシュウにツッコミを入れる。ティルなんかは手の甲をバシッとする動きまで付いていた。


「はっはっはっ。お前ら息がピッタリだな」


 漸くからかわれている事に気付いたティルがシュウを睨む。

 それを見たシュウは口元をニヤリとさせながらティルを見返した。


「よし。落ち着いたな」


「……ええ。ええ、大変落ち着かせて頂きましたとも」


 ティルは額に青筋を浮かべてシュウを睨みまくる。


「ティルさん、気持ちは分かりますけど、抑えて抑えて!」


 シュウに食って掛かりそうな雰囲気のティルをクムトが懸命に抑えようとする。


「えっと、こちらが……」


「シュウだ」


「で、でこちらが」


「……ティル……ティル・トゥーヤよ!」


「…えっと……」


 二人の間に挟まれたクムトの表情が引き攣っている。

 何気に重々しい空気が漂っており、クムトは内心でシュウに文句を言っていた。


「まぁそんなに怒るな。チョッとしたお茶目だろ」


「そうね。これが初対面で無ければね」


「……さて、細かい事は置いといて、俺も日本人だ」


「…細かいって……えっ? 日本人って……ええっっ!」


「そうだ。日本人だ。但し俺は神なんてもんは知らんがな」


「えっ? な、なら何でここにいるのよ?」


「あぁ。俺は偶々前世で死んだらしくてな。偶々この世界の子供と意識が繋がった。で、偶々この世界にやって来た」


 シュウの突っ込み所満載の説明に、ティルは頭を抱えた。


「……あのさ。偶々って偶然が多すぎない?」


「そんな事は知らん!」


 バッサリと斬って捨てるシュウの言葉に、ティルも開いた口が塞がらない様子だ。


「何で意識が繋がったかは分からんが、今俺はこの世界にいる。事実はそれだけだ」


 事実は事実だ、受け入れろ。とばかりのシュウにティルはクムトへと助けを求めるかの様な視線を向ける。


「えっと、シュウさんは……その……こんな人なんで……受け入れてください」


 クムトも匙を投げた様だ。


「そ、そうなんだ……まあいいわ。で?」


「で、とは?」


 ティルもそう言うものなんだと一応受け入れてみる。

 その上で、シュウに問いかけてみた。

 が、シュウは質問が分からんとばかりに、ティルに問い直す。


「いや、私が聞きたいの! 何? 只の顔見せ?」


「ふむ。そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」


「……どう言う事?」


「先ずは結論から聞こうか。ティル・トゥーヤ。お前はこれからどうしたい?」


「えっ? ど、どうって……」


 ドキリと胸が鼓動を伝えてくる。

 心の底に在った何かが音を立てているのが分かった。

 シュウの質問に戸惑った様子でティルは口籠っていた。

 その質問についてはどう答えたらいいのか自分自身が分かっていない。

 何が正解なのかが分からない。


「そうだ。まずこの世界に居たいのか、居たくないのか、どっちだ?」


「……そ、それは………」


「簡単な質問だろ。この世界で大切なものでも出来たか?」


「……」


 ティルには即座に答える事が出来なかった。

 真っ先に頭に浮かんだのは母の事だった。

 優しく包み込むような愛情を注いでくれた人。

 死ぬまでヒューマ族との垣根を無くそうとしていた人。

 そしてクォーターに産んでしまった自分にいつも謝っていた人。

 でも大切な……最も大切に思う人。


「なら選択肢を増やそうか? この世界でここで今まで通りにこの生活を続けて生きるか、元の世界に還る方法を一人で探すか、それとも若しくは俺達に付いて来るか。三択だ」


「………」


 質問の内容は理解出来たが、それでどうするか迄は思いつかなかった。

 その為ティルは再び沈黙を返すことしか出来ないでいた。


「……まぁ直ぐには答えが出んだろ。だから最初に言った。顔見せでもある……と」


 そのままティルの答えを待つシュウ。

 別に急かしたりはしない。

 いきなり言われて、はいそうですと簡単に答えが出せる問題でも無い事は、シュウも重々承知の上での質問だからだ。

 だから待つ。

 選択肢だけは絞らせて貰ったが、それでもティルが後悔しない様に、最善と思える答えが出せるように、唯待ち続ける。

 だがティルはまるで時計の針を止めたかの様に動かない。いや動けなかった。

 思考が上手く回らない。纏まらないのだ。

 何を選べば正解か、どう動くのが正しいのか判断が出来ない。

 しばし沈黙だけが場を支配していた。


「ふむ、やはり直ぐには答えは出ない様だな。俺達はこのままこの村に三泊する……明明後日だ。もし共に来る気があるのなら、それまでに決めておけ。別に強制力は無い。お前が、お前自身の意思で決めろ」


 シュウは言うべき事は言ったとばかりに踵を返すと、そのまま村の中へと消えていった。


「ごめんね。シュウさんはスパッと言う人だから。気を悪くしたら謝るよ」


「……ううん。あの人は私に何も強制しなかった。ただ私に選択肢を与えただけ……口は悪いけどね」


 謝罪するクムトを止め、ティルは感じたままを言葉にして返答する。

 シュウは別に難しい事を言った訳では無い。

 唯偶然擦れ違っただけの同郷人に、今の苦しい生活から抜け出せるチャンスを与えただけ。

 それを選び取るかの選択権すら与えられた。


「だから……だから私はちゃんと考えなくちゃいけないと思う」


「……そっか。うん、そうだね。分かったよ。なら僕達は粉酒亭って旅宿に泊まっているから、何かあったら僕を呼んでくれればいいから」


「うん、ありがとう。シュウさんにもお礼……いえ、やっぱり自分で言うわ」


「そっか……じゃあ僕も戻るね。おやすみティルさん」


「うん。おやすみクムトさん」


 クムトは何かさん付けで呼ばれた事に違和感を感じていた。

 ティルの選択に因ってはもう会わないかもしれない。

 だが、何故かさん付けは嫌だった。

 だからクムトはこう言った。


「クムトでいいよ。さん付けはちょっとね」


「なら私もティルでいいわ」


「わかったよ。じゃあねティル」


「うん。またねクムト」


 クムトも片手を挙げながら村へと踵を返し去っていった。

 ティルはその後ろ姿を唯唯見つめていたのだった。

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