第59話 新たな日本人


 村外れの一角にその場所は在った。

 この辺の土地を管理している村の権力者に繋がる者達の溜まり場であった。

 荒くれどもが集まるその場所に場違いな少女の姿がそこにはあった。

 クムトと会話をしていたティルと言う少女だった。


「おいクソガキ、今日の売り上げはどうした?」


「う、うん。今日はこれだけ……なんだけど」


 長髪の男の言葉にビクつきながらも、何とか声を発し今日売り上げたお金を渡す。


「チッ、しけてんな。テメエはちゃんと売ってんのか……よっ!」


「あぅっ!」


 ティルから小銭を取ると、長髪の男は徐にティルに向かって蹴りを放つ。

 そのまま振り抜いた足はティルの腹に当たり、その小さな体を地面へと打ち付けた。


「テメエの母親が借りた金の残りはまだまだあんだよ。ショバ代もあんだぞ! 売り上げが伸びねえなら、テメエの可愛い顔で男でも引っ掛けやがれ!」


 ティルの顎に手を掛け無理矢理引き起こした男は、そのままティルに唾を吐きかけながら無情にもそう言った。


「ぎゃはははは! 何なら俺が客を紹介してやんぜ」


 もう一人の若い男がティルの様子に爆笑しながら、からかい半分に言葉を発した。


「……」


「んだよ。張り合いのねえ。テメエがここで商売出来んのも、兄貴のお陰だって事を忘れんなよ! オラ!」


「ガフッ!」


 再び長髪の男の蹴りが飛んできて、ティルは地面に転がる。

 唇の端が切れて血が滲んでいた。


「明日はこの倍額用意しな。……行くぞ」


「せいぜいしこたま稼いで俺達にちゃんと貢献すんだな。ぎゃはははは!」


 男達はティルをその場に残して立ち去った。

 周りにいる荒くれどもはそんなティルを無視するか、蔑んだ目で見るか、可笑しげに見るかのどれかだった。

 この様な事はここでは日常茶飯事なのだ。

 ティルは痛む体を何とか起こすと、服に付いた汚れを叩き落とす。


「……うっうっ……グスッ。お母さん……私…いつまでこんな事を続ければいいのかな……」


 俯いてそう呟いた声は誰の耳にも届かなかった。




「うおー! また勝ったぞ。さすがドワーフ、酒つえーな!」


「何じゃ、もう仕舞いかの?」


「くそっ! 次は俺が相手になってやる!」


「ふむ。掛かって来るがよい!」


 夜の酒場ではデュスを中心に飲み比べが行われていた。

 最早鉄板と言っても差し支えがないだろう。流石はドワーフである。

 それをシュウは冷めた目で見ながら夕食を食べていた。

 シュウも一応は果実酒を飲んではいたが、これは飲み物が欲しくて頼んだだけで、酒として頼んだつもりは無い。


「シュウさん。この後、少しいいですか?」


 シュウの向かいに座って食事を取っていたクムトが、デュスの飲み比べを見て苦笑しながら声をかけてくる。


「あぁ。例の彼女だろ?」


「はい。恐らくは理解していたと思いますから、来ますよ、彼女」


 クムトが自信有り気に答える。

 シュウも遠目にティルとのやり取りを眺めていたので、クムトの推測が正しいと思っている。

 余程不信感を抱いたか、若しくは余程この村に思い入れが在るのでなければ来るだろう。


「うお! また勝ちやがった!」


「まだまだじゃ! ここには強者は居らんのか! もっと掛かって来んかい!」


「次は俺だ!」


「なんぼでも来んかーい!」


「……さて、食い終わったし行くか」


「……はい」


 隣から聞こえてくる叫びをスルーしながら、二人はさっさと食事を済ませて待ち合わせの村の入り口に向かうのだった。




「やっぱり、来たね」


 クムトが薄暗い光に紛れて、村の外から近づいて来る影に声を掛ける。


「……う、うん」


 影から姿を見せたのはやはりティルだった。

 その顔は緊張の余り強ばっている。

 唇も寒くもないのに少し震えていた。


「……ね、ねえ、何が望みなの?」


 恐る恐るといった感じで言葉を紡ぐ。


「別にティルさんをどうこうするつもりはないよ」


 クムトは怖がらせないように、少し微笑みながら静かに言葉を掛ける。


「神様の質問に答えた事はある?」


「! なっ、何でその事を!」


 ティルが酷く驚いた口調で問いかける。

 誰にも、母親にさえ言った事の無い事実を言い当てたクムトを少し不審がっているようだ。

 それに対してクムトは淡々と答える。


「うん。僕も質問されたからね」


「えっ?」


 突然のクムトのカミングアウトに目を白黒させる。


「そ、それって……」


「うん。僕も転生した様なんだ」


「…………」


「信じられない?」


「だって急にそんな事……言われても……」


「そうだよね。僕はね、何かその質問をされた時にさ、不審に思ってなるべく生き延びられる様な選択肢を選んだつもりなんだ。なりたい職業とか一般人にしたりして」


 ティルが話をきちんと聞いている事を確認しながら、クムトはゆっくりと神の質問内容を含んだ話をしていく。

 騙そうとしていない。僕は貴女と同じ境遇なんだと伝える様に。


「重要なのはと言う質問にも防御力や生命力を選択したんだ」


「…………」


「身分だって平民を選んだりしてさ。なるべく平和に暮らせるようにって……異世界に来て騒動に巻き込まれるなんて、物語の中だけでいいよ。僕はなるべく主人公にならないで済む様に選択したんだ」


「……本当なの?」


「うーん? これに関しては信じてとしか言えないよ。証明出来る物が無いからね」


「……信じるよ。だって、そんな事で私を騙しても、何にもならないもん」


「あははは……そうだね。意味が無いよね。どっちかって言ったら、頭がおかしな人になっちゃうもんね」


 少し落ち着いてきたのか、顔色も元に戻り、口調も柔らかさが戻ってきたティルに笑いながら答える。


「それにさ。“日本人”でしょ? 僕も同じだから。久しぶりに日本語を話したよ」


「……やっぱり、日本人なんだ。うん。私も日本から来たの」


「うん。だと思ったよ」


「でも、何で私が日本人だって思ったの?」


 ティルは其処が一番解らなかった。

 偶然出会ったのであれば、何かしらの日本人だと分かった事柄があったはずだ。

 そうでなければ、今迄自分が見張られていた事になる。


「ああ、それはね。ティルさんが方陣紙を売る時にさ、ファーストフード店みたいな売り方してたからね」


「えっ?」


 予想外の返答に頭が真っ白になる。

 もし其れが本当だったら、今迄自分から日本人ですと触れ回っていた事になるからだ。


「いや、この世界の人にセットでって、そんな事は普通言わないよ? それってバリューセットの売り方だもん。ポテトもセットで如何ですか……みたいな」


「……ああっ………」


 ティルは顔から火が出るくらい恥ずかしかった。

 そんな事で日本人である事がばれたのだ。穴があったら入りたくなる。


「で、あれ? って思って話をしたら、何か日本人ぽくて……で、日本語で話し掛けてみたんだ」


「……そうだったんだ………」


 意気消沈した様子でティルが答える。


「ね、ねえ。大丈夫? 急に元気失くなったけど?」


「……うん。ちょっと自分自身に失望しただけ」


「えっ?」


「うん。気にしないで……と言うか、気にしないでくれたら嬉しい」


 ティルは俯いてそう呟くのだった。

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