第58話 問いかけは日本語で


 クムトは早速方陣紙を売っている少女に話しかけてみた。


「すみません。僕にも方陣紙を売って貰えませんか?」


「毎度有難う御座います!」


 少女が元気に反応する。

 遠目からシュウはそれとなく様子を確認している。


「どの方陣紙がご入り用ですか?」


 年は十才位と思っていたが、もう少し上のようだ。

 くすんだ赤髪で薄紫の瞳が眼鏡越しに見える。

 容姿的に見て美形と言うより可愛らしいと言う方が合っているだろう。一寸人間離れした、西洋人形然とした顔立ちをしている。


「何の方陣紙がありますか?」


「はい。基本の四つに灯光の方陣紙があります。お試しになりますか?」


「土は何が出来るんですか?」


「そのまま土を出す事が出来ます。釜戸用に土を盛ったり、落とし穴何かを埋めるとかで使われる事が多いですね」


 少女は質問に対し、歯切れ良く答えていく。かなり手慣れた感じだ。


「そうですね……なら土と風の方陣紙を売って貰えますか?」


「二枚で銀貨四枚になります。序でに灯光の方陣紙も如何ですか? 三枚で銀貨五枚で結構です」


「じゃあセットで貰えますか?」


「! は、はい。あ、ありがとうございます」


 少女はクムトの言葉に一瞬戸惑った様子を見せる。


「じゃあ、銀貨五枚です」


「はい。確かに……」


 ここまでが通常のやり取り。

 さっきの一瞬でも怪しいと思ったが、恐らくは転生者だろうと推測出来る。がまだ確証はない。


(さて、クムトどうする?)


「何時もここで方陣紙を売ってるんですか?」


「はい。ここは村外れですから、勝手に販売しても余り苦情が出ないもので……」


 一瞬、少女の顔にしまった! と言う表情が浮かぶ。

 どうやらモグリらしい。

 この世界でモグリがどんな対象なのかは知らないが、どちらにしても、余り誉められる事ではないのは間違いないだろう。

 大概モグリは疎外の対象なのだから。


「い、いえ。物は確かですよ!」


「あははは。大丈夫ですよ。それより大変そうだね」


「は、はい。ありがとうございます」


「そんなに畏まらないでいいよ。年もそんなに変わらないようだし」


「そんなお客様に対して……」


「もう商売は終わったんだし……ね? 僕も普通に喋ってるしさ。あっ、僕の名前はクムトと言うんだ」


「はい……いえ、その……ううん。私はティルって言うの」


「ティルさんか……よろしくね」


「……うん。よろしくクムトさん」


 クムトが親しみを込めて名前を呼ぶと、ティルははにかみながら言葉を返した。




「じゃあ一人で生活してるんだ」


「うん。だからこうやってお金稼がなくちゃ、やってけないんだよ」


 上手い事、クムトはティルと世間話を続けていた。


「でも……モグリ……って、ヤバイんじゃない?」


「うん。そうなんだよね……見つかっても追い出される事は無いんだけど、凄い目で睨まれるんだよねーあははは」


 何でもない風にティルは言ってはいるが、恐らくは怖い目に会った事も一度や二度ではないだろう。


「じゃあ何でそこまでして、此処で商売してるの?」


「うーん。そうだねー私は方陣士だから、これしか生き方を知らないし……それに……この村はお母さんと過ごした場所だからね。結構思い入れがあるんだよ」


 少しだけティルが寂しそうに笑う。

 毎日が厳しい生活ではあるが、母親との思い出があるこの地を離れようと思える程の切っ掛けも無く、そのまま流されるように生きて来たのだろう。

 一人で生きていくには、当然だが生活費が必要となる。

 それを得るためには、自分が出来る事を……方陣紙を売る事を生業にしなければならなかったのだろう。

 それは、唯唯生き残る為に。人として生きる為に必要な事だった。

 喩えモグリであろうが何であろうが、喩え他人にどんな目で見られようとも、唯唯毎日を懸命に、精一杯頑張って今まで生きて来たのだろう。

 クムトにもそれが伝わったのか、心配そうな表情で問いかける。


「そんな生き方……辛くない?」


「あ……あはは……大丈夫だよ……うん。もうこの生活にも慣れたし……ね。お母さんのお墓もあるしさ」


 ティルが強がっているのは誰の目から見ても明らかだった。

 恐らくこのままだと、そう遠くない内に破綻するだろう。主に精神的に。


「……もしもさ。その、何か此処を出るような…その切っ掛けみたいな出来事があったらさ……ティルさんはどうするの?」


「うーーん? どうだろうねー。余り考えた事ないなー。あははは」


 その瞳からは、そんな事などあり得ないと言う諦観の色さえ見てとれる。

 もうこれ以上此処で聞く事は無い。

 人柄もある程度……悪人では無い事は確認出来たし、現在の境遇も分かった。

 後は本人の意思と“例”の件の確認だけだ。

 クムトはそう判断し、会話を終わらせるべく、最後の“問いかけ”を行う。


「そっか。ごめんね、色々話を聞かせて貰ったのに、これだけしか買わないで」


「ううん。話せて私は嬉しかったよ」


「あっ、そろそろ順番だね。もう行くよ」


「うん。楽しかったよ。買ってくれてありがとー」


 クムトは片手を挙げながらティルから離れていく。

 ティルも笑顔でお礼を言った。

 ティルから離れながら、クムトは最後の言葉を投げ掛ける。


「ねえティルさん? 『もし、切っ掛けが欲しいなら……気になるなら……今晩村の入り口に来なよ。待ってるから』……じゃあね」


「えっ……」


 そのまま離れていくクムトをティルは目を大きく見開きながら何時までも見送っていた。




「おぉ。結構な実入りになったな」


「そうですね。豚人コショユマって結構割りがいいんですね。流石は豚肉って事ですかね?」


「まぁ味も問題無かったし、何処の世界も旨い物は旨いって事だな」


 シュウとクムトはデュスに宿探しを任せ、食料品店に道中で刈った豚人の肉を売りに来ていた。

 冒険者や商人ではないので、買い叩かれた感は否めなかったが、それでも金貨一枚と先ず先ずの金額で売れたので、自ずと頬が緩む。

 因みに金貨一枚は銀貨百枚である。

 デュスに拠ると三流の旅宿が一泊食事付きで一人銀貨五、六枚との事だ。

 そう考えると凡そ二十日分を稼ぎ出した事になる。頬が緩むのも仕方ない事だろう。

 二人は出店を冷かしながらデュスとの約束の場所を目指していた。


「シュウ! クムト! ここじゃ、ここ!」


 デュスが歩いてくる二人に気づいたのだろう、大声で居場所を知らせてくる。


「おう。どうだった?」


「うむ。ちゃんと階下が酒場になっとる宿を見つけておいたぞ」


 相変わらずの酒飲み発言にクムトは苦笑を漏らす。

 因みに、シュウは村の中でも普通に喋っている。周囲の人がシュウの事を獣人と思っている為だ。

 獣人は普通に喋る種族もいるので、シュウも特に気にしない様にしている。


「じゃあ取り敢えず宿へ行くか」


「そうですね」


「うむ。案内しよう」


 デュスが張り切って先導する。

 恐らく、いや確実に宿に着いたら酒場に向かうのだろう。

 そして盛大に飲むのだ。

 酒を飲むために生きていると豪語するデュスだ。デュス達ドワーフにとっては酒は無くてはならない物かもしれない。


「ここじゃ」


 宿は待ち合わせにしていた通りから一本外れた通りにあった。

 通りの人波は表通りに比べ少なくなり、何処か落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 まあ夜は酒場も在る事から、騒がしくなるのだろうが。

 宿の看板には粉酒亭と書いてあるらしい。

 生憎とシュウはこの世界の文字が読めない為、蚯蚓がのたくった様な記号としか表現出来なかったが。

 因みにクムトは文字が読める。これは幼児期の記憶が在るからだと思われる。

 詰り、シュウ以外は文字でのやり取りが出来るのだ。

 と言う事で宿泊簿の記載はクムトに任せる事となった。

 何気にシュウが文字を覚えようと思ったのは、安いプライドの問題なのかも知れない。

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