第57話 方陣紙売りの少女


「そっちへ行ったぞい」


「あぁ」


 デュスの声にシュウは、自分目掛けて走ってくる豚人コショユマ目掛けて槍を突き入れる。


「ブヒィィィ!」


 シュウの槍は狙い違わす豚人の胸を刺し貫く。


「うしっ! こんなもんかな」


 パーミの村を出て早三日。

 シュウ達は目的地であるヌーンディ王国の都市パヌエを目指して歩を進めていた。

 デュス曰く、こっちの方が近道だと言う言葉に乗せられて、街道から外れた場所を歩いたのが運の尽きだった。


「また豚人コショユマとはの。はてさて面倒な奴等じゃ」


 豚人コショユマと呼ばれる野獣との遭遇は、これで三度目になる。

 豚人は人型に豚の頭と言うファンタジー御用達のオークである。

 何気にこの世界では呼び名が違うのは、もうそういったものだとシュウは諦めていた。

 体格は子供のそれだが、太さは倍はある為、見た目以上に大きく感じる。

 この豚人はグループで行動しているらしく、一匹見つけたら五匹はいると言われていた。

 今も五匹をデュスと二人で片付けた所だ。因みにクムトは何もしていない。

 何気に肉は美味いので、倒すのは面倒ではあるが嫌悪する程でも無い。


「まぁ今夜の夕食が豪華になると思えば、そこまで気にしなくてもいいだろ」


「そうですね。肉は美味しいですし」


 シュウの言葉にクムトも同意を示す。


「じゃが三人では食いきれんぞ?」


「チィ!」


「お、おう。そうじゃったな。三人と一羽ではじゃの」


 シュペルの鳴き声に慌てて訂正を入れる。


「途中に立ち寄るっていう村は遠いのか?」


「ふむ。そろそろパシュベ村に着いてもよい距離は歩いたと思うがの?」


「なら、肉だけ持って行けばいいんじゃないですか? 売れるんでしょ?」


 もうすぐ村に着くと聞き、売り物として持って行くことをクムトが提案する。


「じゃな。皮も取って行くかの……酒代の足しにはなろうて」


「やっぱ飲むのかよ」


「当然じゃろ。ワシはその為に生きとると言っても過言じゃないぞい」


 やっぱりと言う風に顔を見合わすシュウとクムトだった。




 それから一時間は掛からなかっただろうか、本来の街道へ戻って歩く事数十分、漸く目的地であるパシュベ村が見えてくる。

 この辺りになると都市が近いせいか商人や旅人の姿もちらほらと見えてくる。

 因みにデュスの話だと、旅人は主に冒険者や傭兵を指すらしい。


(やっぱ冒険者って居るんだな)


 そう思ったがこの世界は小さな差異から大きな差異まで何かと違う事が多い為、冒険者とは何かを一応確認しておく。


「で、冒険者ってのは何者だ?」


 パシュベ村に入る旅人の列に並びながら、シュウが問いかける。

 この辺りからは村への出入りも少々厳しくなる為、こうして待ち時間が出来るそうだ。


「国と国とを跨いだ、ある意味何でも屋の集まりじゃな。冒険者ギルドで登録する事で冒険者を名乗れるんじゃ」


 シュウとクムトは顔を見合せ、やっぱりと言う表情を浮かべる。

 どうやらこの辺りはテンプレらしい。


「ゼパール帝国の初代皇帝が、この制度を定めた様じゃて」


「ん? ゼパール帝国とはどこの国だ?」


「……やはりシュウは阿呆じゃ。大陸の略半分を治めている一番大きな大国じゃぞ? お主は何処から来たんじゃ? ほんに常識と言う物を知らんの」


「……悪かったな。つべこべ言わずに、契約通り情報を吐け」


 そうは言われても、シュウはこの世界の地理や歴史等、知らない事が多すぎるのだ。

 だからこそ賭けの報酬に情報提供を入れたのだ。


「分かっとるわい。まあ言わんでも耳にする事は多いじゃろうが」


 呆れたようにデュスが教えてくれる。


「大陸は大きく分けて四つに別れておる。一つは今いる大陸中部じゃな」


 デュス曰く、肥沃な土地が広がる大陸中央部と西部、南部。これを纏めて中部と読んでいるらしい。

 大陸の東側は湿地帯が占めており、その一帯は東部と呼ばれる。

 大陸の北東には大樹海があり、樹海の向こう側を北東部と呼ぶのだそうだ。

 大陸の北側は中央山脈と大樹海で阻まれた場所で北部と呼ぶのだそうだ。

 この中部と北部、北東部と東部の四つで大陸は区別されているとの事だった。

 この中部と北部のほぼ7割を治めているのがゼパール帝国と呼ばれる超大国である。

 因みに今居るヌーンディ王国は、大陸の北西辺りにあるらしい。


「あの……教会の本拠地は何処にあるんですか?」


 クムトが心配そうに尋ねた。

 気持ちは分かる。近場に神関係の本拠地があれば心穏やかに過ごせそうにない。

 もし近場に在るのであれば、即座に方向転換した方が精神的にも安心できる。


「聖法教会かの? メティスン聖法都は大陸北部に在るの」


(北か……どうやら直ぐにどうこうなると言う事は無さそうだな)


「そうか。よく分かった」


「はい。ありがとうございます」


「よいよい」


「取り敢えず北部は無しだな」


「はい。流石に……」


 二人はデュスに礼を言い、これからの旅先に付いて話し合うのだった




 順番待ちの列は徐々に捌けてきていた。

 村への出入りを待っている間も、商魂逞しい商人達は、彼是と旅人達に商売をしていた。

 村に近づくにつれシュウ達にも声が掛かってくる。


「どうだい? 家の干し肉は香辛料たっぷりで美味いぞ?」


「いや、こっちの果実は甘いぞ?」


「い、いえ。もう持ってるんで……」


 組み易しと見たのか、クムトに複数の商人が話しかけている。

 まあクムトなら大丈夫だろと、シュウはすました顔で他人を気取っていた。


「助けてやらんのか?」


「じゃあデュスが助けろよ。俺は関り合いになりたくない」


「冷たいのお」


 デュスもそう言いつつも、クムトを助けようとはしない。


「シュウさん……」


 何とか商人を捌いたのか、クムトがジト目で睨んでくる。


「…いや、クムトなら大丈夫だろうと思ってな」


「……さっき関り合いになりたくないって言ってませんでしたか?」


「……それはデュスだな」


「ワシじゃ無いわい」


「……はあ。まあいいんですけどね」


 疲れたようにクムトは溜息を零す。

 そんなクムトの耳にとある会話が飛び込んできた。




「水の方陣紙はいかがですか? 今なら方陣紙一枚を銀貨二枚で販売してます!」


「おお、安いな! ちゃんと使えるんだろうな?」


「はい。先ずはお試しを」


「おう。いいのか? おい、これは結構な量が出るぞ? 本当に銀貨二枚なのか?」


「はいそうです」


「よし、三枚貰うぞ」


「有難う御座います! 火と土の方陣紙もセットで如何ですか? 今なら何と水と合わせて六枚で銀貨十枚と大変お得になってますよ?」


「本当か? ならそのせつと? とやらで貰おう」


「毎度有難う御座います!!」




「……シュウさん!」


「ん? どうした?」


「ちょ、ちょっと……こっちへ!」


 何やらクムトが随分と焦っている。

 何か問題でも起きたのかとシュウはデュスに声を掛けてからクムトの下へ向かう。


「すまんが、場所取り頼むわ」


「うむ。任せておけ」


 早速、シュウが来た途端に、クムトは列を外れて人気が少ない場所へ移動する。


「どうした?」


「シュウさん! あの子! あの子見てください!」


 シュウはクムトが指し示す方に視線を向けた。

 そこには何やら紙を売っているらしい年の頃十才位か、西洋人形の様に容姿が整った女の子がいた。


「で、あの子供がどうした?」


「ファーストフードです!」


「はぁ?」


「あの子がセット販売してます!」


「はぁ?」 


 シュウはよく意味が捉えられないでいた。

 ファーストフード? セット販売?

 さっぱり理解が出来ない。


「ですから、セットで販売がファーストなんです!」


「いや、クムト少し落ち着け!」


 もう会話も変になっている。

 シュウはクムトの肩にポンと片手を置きながら、冷静に話すよう促す。


「……一度深呼吸してみろ。ヒッヒッフーだ」


「……シュウさん。それは違いますから」


 クムトがツッコミを入れるのを見て、シュウは苦笑を漏らした。


「クックッ……落ち着いたか?」


「あっ!」


 漸くシュウの意図が分かり、羞恥で顔を赤く染めながら、クムトが話を要約して話す。


「す、すみませんでした。あの子がですね。日本のファーストフード店のようにセット販売してたんです」


「別にセット販売は珍しくないだろ?」


「いえ、会話が何か日本人ぽかったんですよ。セットでこれもどうですか? みたいに……」


「……ほう」


 漸くクムトが何に驚いていたのか理解した。


「で、あの子は何を売ってるんだ?」


「えっと、方陣紙って言ってました」


「なら、買っておいて損はないだろ。クムト……お前が直接やり取りをして確認してみろ」


「あっ、はい!」


 シュウの言葉を聞いたクムトは早速女の子の所へ向かうのだった。

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