第56話 交わされた約束


「二人とも心配したよ」


 翌朝、クムトが約束通りシュウと連れだって教会を訪れた。


「あ、ああ。ごめんクムト兄ちゃん」


「……うん」


 二人の顔付きは昨日とは全く違っていた。

 その事にシュウは気付いたが無言で2人を見つめる。


「……俺…付いて行こうとは言わないぜ」


「私も」


「……そっか」


 クムトは二人の様子に安堵と寂寥がない交ぜになった表情で答える。


「でもな、必ずここに帰って来るって約束してくれ!」


「……私は……うんん。私達はここで帰りを待ってます」


「そして、次は必ず俺達も連れてって貰うからな。それまでに俺は強くなってるから……だから……」


「……だから次に会う時は変わった私達を見てください」


「「お願いします!」」


 二人は真剣な表情でそう告げると深く頭を下げる。その肩は小さく震えていた。


「……ならこれを使える様になっとけ」


 パルが思わず頭を上げると、目の前には昨夜見た少し短めの一振りの剣。

 それをシュウが差し出していたのだ。

 パルは震える手で鞘に入ったそれを受け取る。

 重い…パルは素直にそう思った。

 昨日持った時よりも、ずっとずっと重い剣に、パルはこの重さが剣の重量だけではない事に気付く。

 この重さには、シュウの想いが込められている様にパルには感じられた。


「絶対……絶対に使いこなしてやる!」


 何時もとは違い、深い覚悟にも似た響きがパルの言葉には込められていた。


「そうか。まぁ頑張れ」


 シュウは軽く言うとアーチェにも何か差し出した。


「……これは?」


 それは光水晶で出来た親指大の六角柱のペンダントだった。


「今までお前が持っていた光水晶で造って貰ったものだ。パルもだがデュスに感謝しとけよ」


 二人の視線がデュスに向かう。

 デュスは少し照れたようで明後日の方角を眺めていた。


「うん。ありがとうデュスおじいちゃん」


「デュスじいちゃん。ぜってー大切にするよ」


「そ、そうかの。まあ…その…何じゃ……」


 デュスが口ごもるのを見て二人が笑い出す。


「ジジイが照れても誰の特にもならんぞ」


「うるさいわい!」


「まあまあ二人とも……」


 シュウがからかうとデュスも買い言葉で怒鳴り返す。それをクムトが間に入って止める。

 そこには重々しい空気などもう存在しなかった。


「まぁいい。来い! シュペル!」


「チ、チィッ!」


 シュウの言葉にアーチェの肩に止まっていた羽刃雀テラスィトルが弾かれた様に飛んで行き、そのままシュウの差し出した掌に止まった。


「……シュウよ。お主いつの間に仕込みよった?」


「お前が籠っている間だが?」


 デュスの呆れた様な問いにしれっと答える。


「えっ? 何で?」


 今迄ずっと面倒を見てきたアーチェもつい驚きの声を発してしまう。

 今の今までそんな素振りは見せた事が無かったからだ。

 そしてシュウが数回ほどシュペルと名付けられた羽刃雀を連れて森に入って行ったのを思い出す。


「あの時に仕込んだんだ……」


 何処か冷めた目でシュペルを見るアーチェ。


「ちゅんちゅん」


「チィッチィッ」


 シュウとアーチェの各々に止まる羽刃雀が会話をするように鳴く。


「コイツは俺が連れていく。代わりにその雀の面倒を見ろ。次に会った時に差が出来て無ければいいがな」


 その言葉に二人は弾かれた様にシュウの顔を見つめる。


「そ、それって…」


「う、うん。そうだよね!」


 そして互いの顔を見ると、二人はお互いに微笑み合う。

 シュウの口から欲しかった言葉が聞けたのだ。二人が笑顔を浮かべるのは当然だった。


「……アーチェ、パル。その雀に名を付けてやれ」


「「えっ?」」


 シュウの突然の提案に2人は顔を見合い慌て出す。


「ど、どうしよう……パル?」


「そ、そうだな……な、なあお前は何て名前がいい?」


 アーチェに振られたパルが慌てた様子で羽刃雀テラスィトルに直接尋ねる。


「ちゅん」


「ちゅん? ならお前はちゅん助だ!」


 混乱の余りか鳴き声を名前と勘違いするパル。


「パル君、それは……」


 クムトがついツッコミを入れるが、ちゅん助と名付けられた羽刃雀は、パルの周りをクルクルと飛び回る。

 羽の調子も中々戻ったらしい。


「ちゅんちゅん」


「あっ、いいんだ……それで……」


 その様子から羽刃雀テラスィトルがちゅん助の名をを受け入れた事をクムトが悟る。


「まぁ当人が良いならいいんじゃないか?」


「……パルのバカ」


 シュウはさらりと流し、アーチェは諦めたように肩を落としつつパルに恨みがましい視線を送る。

 こうして羽刃雀テラスィトルはシュペルとちゅん助と言う名前になったのだった。




「シュウにクムト。此れがお前さんらの新しい相棒じゃ」


 デュスはシュウに少し湾曲した刀身を持つ槍…古代中国の関羽が持っていたとされる青龍偃月刀に似た槍を、クムトには研ぎ直した短刀を各々に渡した。


「シュウの槍は要望通りの長物として拵えた。クムトの短刀は刃の部分を研ぎ直したので切れ味が増しておる」


 シュウは槍を手に取ると穂鞘から抜き放つ。

 槍頭は鎌ナイフを削ったりして調整したのか、幅広ではあるが鎌ナイフの時よりは湾曲していない。

  刀身には綺麗な波紋が出来ており、刃は内側にのみ付いている。

 柄は金属製で拵えてあり、鞣した革が滑り止めとして巻き付けられていた。

 石突きは同じく金属製で先端は尖っていて、その横から錨の様に少し爪の部分が存在していた。

 恐らくは引っ掻けて使うのだろう。

 シュウは当初、武器は必要ないと思っていたが、見た目に武器を持っている方が良いという判断と、


「ハッ!」


 槍の刀身が赤色に染まっていく。

 このスキルである赤化に対応出来たからである。


「まぁ当然か」


 元々シュウの蜘蛛の前腕である鎌を切り落として作ったのが鎌ナイフである。

 それを仕立て直したのがこの槍なのだから、赤化に対応出来て当然であった。

 気を付けなければいけないのは、赤化に耐えられるのは、槍頭の刀身部分だけという点だった。

 槍全体を赤化させると、柄の部分から溶けてしまう事はシュウも想像出来る。

 シュウは槍の色合いが戻った事を確認し、一振りして熱を逃がすと穂鞘を戻した。


「さて、こっちはいいとして、クムトはどうだ?」


「はい」


 クムトも短刀を鞘から抜き放った。


 チリーン……


 飾りの鈴が澄んだ音を響かせる中、短刀の刀身が空気を切り裂く。

 この短刀の刀身にも綺麗な波紋が浮かんでいる。

 柄の部分は一切変更はなく、刀身のみ磨かれただけだったが、中古とは思えない見た目になっている。

 柄頭の部分に嵌まっている赤色の宝石も磨かれたのか光沢が増しているように見えた。

 飾り物もそのままで、結われた紐の先に鈴が揺れている。


「うん。問題ないです」


 そう言うと、クムトは満足そうに鞘へ短刀を仕舞った。


「よし。なら一つ目の約束は完了だな。後は……」


「わかっておる」


 視線を感じデュスが鼻を鳴らす。


「ちゃんと大きな町まで案内してやるわい」


「よし、なら行くか!」


 突拍子もないシュウの言葉に、戸惑いにも似た空気が流れる。


「えっ? も、もう行くのか? シュウ兄ちゃん?」


「……もう少し一緒に居たい」


「いや、ここでの用事は終わった。いつまで居ても別れは変わらん」


 幼児2人が引き留めようとするが、このまま此処に居座っても時間の無駄だとばかりに、シュウは構わず先に進む事を決める。


「……そっかー」


「……うん。シュウお兄ちゃんだもんね」


 シュウが一度口にした事を早々変えない事を知っている2人は寂しそうにしながらも頑張って笑顔を浮かべる。

 アーチェは少し涙が溜まっているので泣き笑いに近かったが。


「ハノイさん。二人の事をお願いします。マーネさんもありがとうございました。短刀は大事に使います」


「はい、確かに承りました。頑張ってください」


「シュウは兎も角、クムトは気を付けなよ」


 其々が短いながら別れの挨拶を交わす。

 そこに悲しみはなかった。また会える事を皆が知っていたから。


「では、行くとするかの」


 デュスの合図でシュウ達はパーミ村を後にする。

 大きめのリュックを各々が背負った。

 短刀はクムトの腰に、シュウとデュスは手に各々の武器を持つ。

 荷物はこれで全部だった。


「シュウ兄ちゃーん! 俺、ぜってーにこの剣を使いこなして見せるから!」


「クムトお兄ちゃん。道中気を付けてね。シュペルも確りね」


「チィチィ」


 シュペルはシュウ達の上空を舞っていた。

 パルとアーチェら幼児らに見送られながら、シュウ達はまた新たな町を目指しての旅に出る。

 この先で新たな出会いが待っている事をシュウは既に予感していた。


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