第55話 涙と決意


 飛び出したパルは教会の裏庭に辿り着いていた。


「何だよ2人とも……」


「……パル」


 心配で付いてきたアーチェも言葉を詰まらせる。

 アーチェもパルと同じ気持ちだったからだ。


「言いたい放題言いやがって……」


 パルが泣きべそを掻きながら呟く。


「だってそうだろ! ずっと…今までだって……やって…これたん…だ! そ…れを…今さ…ら……」


 パルの頬に涙が伝って地面に雫を落とした。


「……パ……ル………」


 アーチェも頬に涙を流しながら頷く。


「……分かって……んだよ! 俺ら…が足を引っ張って……るってさ! でも…だけどさ……」


「ならば泣くことはないじゃろ。悔しいのは分かるが、泣いたって何も変わりゃせんぞ」


「デュス……おじいちゃん……」


 パルに声を掛けながら、突然教会の建物の暗がりから現れたデュスにアーチェが驚く。


「な、泣いてなんか……ないやい!」


 パルが目元を拭いながら叫び返す。


「そうかの? ワシには思うように行かんで、駄々を捏ねて泣き叫んでいるようにしか見えんの」


「……俺は……別に駄々なんて……捏ねてねえ……」


「ならばなぜ何故泣く?」


 普段とは違い、いたく真面目な顔で問う。


「………な、泣いてないやい! 俺はシュウ兄ちゃん達に…お、怒ってるだけだ!」


「……何故怒る必要があるのじゃ?」


「そ…それは……」


「何に対して怒っとるんじゃ?」


「…………」


 パルの頭の中では言葉が出て来なかった。


「……此処に置いてかれる理由を、パルは分かっとらんのじゃないかの?」


「……うぅぅっっ!」


「今迄もクムトやシュウに迷惑を掛けて来なかった訳ではあるまい」


「! ……そ、そんなこと」


「無いかの?」


「う、うるさい! デュスじいちゃんに俺の気持ちなんて、分かりっこない!」


 デュスの話にパルは上手く頭が回らず絶叫する。

 いや本当は分かってはいるのだろうが認めたくないのだ。


「ワシにパル自身が話してくれんと、パルの気持ちなぞ分かる訳あるまいて」


 デュスは諭すようにパルに問い続ける。


「うるさいうるさいうるさい!」


「また駄々を捏ねるのかの?」


「ち、違う!」


「パル。お主は何も分かっとらん。彼奴らがお主に望んどる事を。それが何か解かるかの?」


 突然の問いかけにパルの頭が沸騰しそうになる


「それに強さに囚われとりゃせんか? どんなに頑張っても、パルはクムトにすら勝てんよ」


「! ……か……勝てるさ……勝って勝って認めさせるんだ!」


「強さを認めさせてどうする? 仮にクムトに勝てても、シュウが意思を曲げる事はあるまいて。クムトに勝てて、それを伝えてどうなるのじゃ?」


「…」


「そもそも、勝てもしない相手に勝てると言ったところで……何の意味もないわい。どんなに頑張っても、今のお主にはそれは無理なんじゃ」


「そ、そんな事……」


「受け入れい……パル。お主は…弱い」


「俺らが……よわ…いから……でも……俺はだって……クムト兄ちゃんと……」


「……少しくらい稽古を付けてもらって、直ぐに強う成れる程、戦いとは簡単なもんの筈が無い事くらい、パルにも分かっとるはずじゃ……違うかの……」


「…………」


「きつい言い方かもしれんがの……それが現実なんじゃよ」


 パルが理解出来るように、想いに素直になれるように、淡々と会話を続ける。


「……げ…ん…じつ……」


「悔しかったら強うなればよい。だが今は悲しいかな、パルには彼奴らに付いて行くだけの力が足らん」


「……うん………」


「彼奴らはの……別にお主らが足手まといじゃから此処に置いて行くのではない」


「じゃあ……じゃあ何でだよ!」


「お主らが……大切じゃから……失いたくは無いから……だから置いて行くのじゃよ」


「………!」


 デュスの言葉にパルは俯いていた顔を上げる。


「彼奴らは態とパルが怒るよう……此処に残り易うなるように言うたのじゃ」


「デュスおじいちゃん……」


「アーチェもそんな顔をするでない。綺麗な顔がくしゃくしゃになっとるぞ」


「…うん……うん…………」


 アーチェが何度も何度も首を縦に振る。


「そもそも彼奴らだって、ずっと此処に帰って来んとは限らんじゃろうに」


「えっ? シュウお兄ちゃんは、また迎えに来てくれる?」


 一瞬戻ってきたシュウ達が優しく声を掛けてくる姿を思い浮かべ、アーチェは自然と笑顔になる。


「じゃが今のお主達に、迎えにくる価値があるのかの?」


「……そんな……こと」


「……そうじゃな。シュウなぞ今のお主に興味を持つかもわからんの」


「そんなの……いや!」


 漸く帰って来たにも拘らず一言も話し掛けてくれないシュウ達を頭の中にイメージすると、涙が溢れだし思考が絶望に染まる。


「パル! アーチェ! お主らなら自分が弱い事は理解出来る筈じゃ。ならば必要な事は何じゃ?」


 突然、大きな声で問いかける。


「クムトも言っておったじゃろ。今のままでは…と。ならば強うなる事じゃ。それは力だけの話ではないぞい。心じゃ、心を強うせねばシュウ達は認めてはくれんじゃろうな」


 そう。デュスは今回の件に付いて、シュウ達の気持ちに、考えて出した結論に深い愛情を感じ取っていた。

 だから自分が言うのだ。二人が悪役をかってでも為したかった真実を告げる役は自分しか出来ないのだ。


「変わるのじゃ! 考えるのじゃ! どうしたら旅に付いて行けるかを、必要とされるかを」


 ただ守ってもらう存在じゃない事を示さなければならないのだ。

 役に立つ事を感じて貰わなければいけないのだ。

 そうでなければシュウはどんな理由を付けてでも旅には連れて行かない。


「今は我慢して、次に帰って来た時に、付いて行ける様になっとれば、彼奴らも嫌とは言わんじゃろ」


「デュス……じいちゃん!」


「デュス……おじいちゃん……」


 二人はデュスに抱きつくと泣き笑いの表情を浮かべる。


「そうじゃそうじゃ。泣いとるより、そうやって笑うとる方が彼奴らも喜ぼうて」


「「うん!」」


「それにのシュウは……おっと、これは明日のお楽しみじゃな……」


「な、何だよ! 教えろよデュスじいちゃん!」


「……私も知りたい」


「いや此れはの…言うたらワシがシュウに怒られるでの……」


 デュスは少し、いや、かなり本気で口を噤む。

 何とか言い含めたデュスは二人を連れて教会へ戻るが、そこには二人の姿はなかった。


「今日は帰らないそうです。会いづらいだろうから……と。明日の朝また会おうとクムトさんが言ってました」


 ハノイが悲しそうに言うが、2人は互いの顔を見合い笑顔を交わす。


「明日……だね!」


「ああ! ぜってー戻って来るって約束して貰わなくちゃな!」


 二人は明日の朝を心待ちにその夜は過ごすのだった。


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