第54話 やるべき事は終わった


 シュウ達がパーミ村に滞在して五日が経っていた。

 その間クムトはパルの訓練に付き合いつつ、村の手伝いをシュウと共に行っていた。

 シュウは元気な羽刃雀テラスィトルを連れて森に行ったり、手伝いをしたり、マーネと話をしたり、教会で寝てたりとかなり自由気儘に過ごしていた。

 デュスはその間、鍛冶場に込もって外に出てこなかった。

 アーチェは羽刃雀テラスィトルの面倒を見ながら、マーネに魔導具について教わっている。

 各々が思うままにやりたい事をやって時間を有意義に過ごしていた。

 そして――


「シュウ。出来たぞい」


 漸くデュスがその姿を見せたのだ。

 その手には鞘に入った一本の剣が握られていた。

 デュスの顔は疲れてはいたが、何気に晴れやかそうに見える。


「ようやくか……どうだ? 満足する出来になったか?」


「……まあまあじゃな」


 そうは言っても表情は満足げだった。


「そうかよ……割かし吹っ切れたな」


 シュウはそう言うと剣をデュスから受けとり教会の中へとその姿を消した。


「……全くシュウには礼を言っても言い足りんのう」


 短い会話の中でシュウが何故自分に鍛冶の依頼をしたのか理解し、デュスは苦笑するしかなかった。




 デュスから剣を受け取ったその日の夜、教会での夕食の場にシュウは剣を持って現れた。


「シュウ兄ちゃん。その剣何だ?」


「うん? 新しい武器だが?」


 パルが顔を綻ばせて話を切り出す。


「スッゲー! 俺も何時かはそんな剣が欲しいぜ!」


「……持って見るか?」


「い、いいのか?」


 シュウが剣を差し出すと興奮気味にパルが剣を受け取った。


「おおー! おめー! すげー!」


 剣は鉄の塊である。当然それなりの重さがあるのは当然だった。

 幼児であるパルにはやはり重いのだろう。


「いいなーパルだけズルいぞ」


 俺も俺もと、子供達が次々と剣を持ち上げ、その重さにビックリしている。


「シュウさん……出来たんですね」


 子供達とは違い、固い表情でクムトが問いかける。

 シュウはただ首肯するだけだった。

 その様子をハノイが心配そうに眺める。

 恐らくこれから起きる事に気付いているのだろう。

 デュスも今日は夕食に参加しており、黙って成り行きを見守っていた。

 子供達はやいのやいのと未だに剣で遊んでいる。

 そろそろ頃合いかとシュウはクムトに視線を送り、子供達を席に着かせるよう促した。


「ほら、もうそろそろ食事を食べるよ。剣はその辺の壁に立て掛けておく事。さあ皆席に座って」


「「「「「はーい」」」」」


 クムトがパンパンと手を叩いて注目を集めると、幼児達が集まって剣を持ち上げてみたりしているのを止めさせる。

 幼児達も素直に言われた通り剣の入った鞘を壁に立て掛けるとわらわらとテーブルへと行動する。

 全員が着席した事を確認して、ハノイが手を組んで聖句を唱える。

 ここは教会である為、食事前の作法として皆で聖句を唱えるのが日常化しているのだ。


「今日も無事平穏にそして健やかに過ごす事が出来ました。今日の糧を得られたのも聖神様のお導きに依る物です。感謝を込めて食事を頂きましょう。我らに聖神の加護が在らんことを」


「「「「「我らに聖神の加護が在らんことを」」」」」


 皆揃って聖句を口にする。パルとアーチェもそれに倣う。

 やってないのはシュウとクムトだけだった。

 その様子をシュウは冷めた目で見つめていた。クムトは見ても分らない程度に顔に嫌悪感を滲ませている。 

 聖法教会。シュウ達にとっては本来近寄りたくもない場所である。

 神に関わるつもりなど毛頭ないのだ。それに付随する聖法教会も同様である。

 この教会で厄介になっているのは、基本的にパルとアーチェがいる為だった。

 もしこの村に辿り着いたのがシュウとクムトだけだったら野宿するか、早々にこの村を立ち去っていただろう。

 だが流れとはいえ助け出した以上、パルとアーチェが人並みに生活できる場所を作る処までは自分達の役割だと思っているのだ。

 だから今此処に留まっている。そしてその生活基盤は出来上がった。

 だからもう、この場に留まる意味はないのだ。

 この村で行うべき事は終わった。後は旅立つのみだ。

 それはつまりパルとアーチェとの別れを意味していた。




 食事が終わりハノイが気を効かせて子供達を部屋に戻した後、シュウが皆を前に話を切り出した。


「明日この村を出る」


 クムトは無言で頷き、パルとアーチェは驚愕の表情を浮かべる。


「えっ? 急に何言ってんだよシュウ兄ちゃん?」


「そうだよ。ここに住むんじゃないの?」


 二人が口々に言って来るのをシュウは手を挙げて制すると、ゆっくりとしかしはっきりとした口調で話を続ける。


「あぁ、ここに残るのはお前達二人だけだ。俺とクムトは旅に戻る」


 シュウの言葉に絶句するも、パルが力強く反論する。


「何言ってんだシュウ兄ちゃん! 俺達も行くに決まってるだろ!」


 パルの発言にアーチェも頷く。


「いや、お前達はここに残れ。邪魔だ」


「なっ……ふっ、ふざけんなよ!」


「……酷いよ」


 怒鳴るパルと哀しそうな表情を浮かべるアーチェ。


「兎に角だ。明日ここを出る。話は以上だ」


 そのまま席から立ち上がると、シュウは話は終わったとばかりに教会を出ていく。


「な、何言ってんだよ! シュウ兄ちゃんは! クムト兄ちゃんも何か言ってくれよ!」


「……いや。残った方がいいよ」


「! クムト兄ちゃんまで何言ってんだよ!」


 クムトの言葉に裏切られたといった表情を見せる。


「君達に旅はまだ早い。今のままだと僕達の足を引っ張るだけだ」


 普段と違い真面目な表情を浮かべ、きつい口調で言う。


「な、何だよ! それでも今迄一緒に旅してきたじゃんか! クムト兄ちゃんのバカヤロー!」


 そう言うとパルは教会を駆け出していく。


「パル!」


 アーチェがその後を追って教会を出ていった。


 沈黙がその場を覆っていたが、その空気を破ったのはデュスだった。


「よかったのかの?」


「はい。素直に納得しない事は知ってましたから……」


 クムトの顔が悲しみに歪んでいる。


「そうか……ならワシはあの子らの様子でも見て来ようかの」


 そう言うとデュスも教会を出ていく。


「クムトさん……」


 ハノイも言葉が出ないようだ。


「すみません勝手なこと言って……このままあの子達をここに住まわせてはくれませんか?」


「それは構いませんが……本当にそれでいいのですか?」


「はい。シュウさんと話して決めてました」


「…なら…私からは何も言う事はありません……確かにお預かりします」


「ありがとう…ございます…」


 クムトはハノイへと大きく深々と頭を下げるのだった。


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