第53話 出来る事を頼んだだけ


「……まあこんなもんじゃろ」


 デュスは短刀を仕上砥石から持ち上げると、刃を眺めながら言う。

 水に濡れた刃を光に透かして見ると、刃は光を反射し眩いばかりの輝きを放っていた。

 刃紋も確りと浮き出ており、刀身は得も言われぬ雰囲気を醸し出している。

 デュスは短刀を眺めながら深い溜め息を吐く。


「しかし何故これ程の逸品が銀貨一枚なんじゃ……」


 鍛冶を行う者としては何とは無しに悲しくなってくる。

 デュスは改めてクムトの幸運を羨んだ。


「よう。言われた通りに来たやったぞ」


「はあ。相変わらずじゃな…シュウは」


 声の通りシュウが鍛冶場に来ていた。


「ん? おおぅ、綺麗になるもんだな。クムトもいい買い物をした」


「……まったくじゃよ。此れが銀貨一枚じゃ。持ってきた商人は物を見る目がないのかのう……」


 深い溜め息を吐くデュスに、シュウがあっけらかんと言う。


「いや、お陰でいいもんが手に入ったんだ。そこは感謝しとこうぜ。で、俺を呼んだのは何故だ?」


「うむ。このナイフに付いてじゃ」


 短刀を台に置くとデュスは真面目な顔で問いかけてくる。


「これはかなり大型の野獣の鎌じゃろ。シュウ。お主が使うのじゃから、此れをどんな武器にしたいのか、どんな用途に用いたいのか、もう一度要望を聞こうと思っての」


 デュスの視線は作業台に置いてある濡羽色の鎌ナイフに向いている。

 ふむとシュウは相槌を一つ打つと少し考える仕草を見せる。


「と言ってもだ。これは元々クムトが使っていた物だしな……因みに何が造れる?」


「そうじゃのう……長さは有るし、大きさも厚みもある程度あるしのう。大概の武器に流用が出来るわい……今迄こんな使い方がされとった方が不思議でならんわい」


 デュスはシュウの言葉に少し考えると、思い付いた答えを伝える。


「そうは言ってもな……見ての通り、折って手に入れたもんだからな。因みにお薦めとかは?」


「そうじゃのう。まず剣にするなら湾刀になるの。長物としても使えるの。後は

切り詰めるか打ち直して短剣も有りじゃな」


「変わってねーよ! 選択肢多すぎじゃね?」


「ほっほっほっ。じゃが其れだけ応用が効くと言う事じゃよ」


「でもなぁ。俺は基本素手だしなぁ」


 再びシュウが考え込む。


「ふむ。なぜそんなに素手に拘る?」


「あぁ。このスキルのせいだな」


 そう言うと片手を赤化状態にする。


「なっ! 何じゃそれはっ!」


 デュスが唖然とした表情で問い詰めてくる。


「何って赤化って呼んでるスキルだが?」


「スキルだが? ではないわ! お主は魔導具を使うとらんのじゃぞ!」


 顔を真っ赤にして怒るとはこういった事を示しているのだろう。

 血管が切れるのでは無いかと思う位に、デュスの顔はトマトの様に真っ赤に染まっている。


「あぁ使ってないな」


「何故スキルを発動できる!」


「知らんがな」


「なっ!」


 スキルとはそもそも魔導具を用いて発動するものだ。そうでなければ魔導具など不要になるだろう。

 それがこの世界の常識なのだ。

 だが、シュウはその常識を、然も当然の様に知らんと一言で切って捨てた。

 デュスが唖然とするのも仕方のない事だろう。


「そうだな……取り敢えず使えているし……感覚でか?」


「…………」


 デュスは常識が音を立てて崩れていくのを見た気がした。

 シュウはこちらの思惑の上をいつも行っている。

 今回もそうなのであろうと、デュスは直感的に悟った。

 シュウに常識を説いても、恐らくは知らんの一言で片付けるだろう事は容易に想像がつく。

 デュスは諦めの境地で会話を続けようと努力した。


「まぁ、兎に角だ。このスキルが在るから俺は素手で戦っている」


 元々シュウはこの赤化と硬化を多用して戦う事を想定している。

 何せこの状態と普通の素手では攻撃力が段違だからだ。


「……全く……シュウは本当にシュウじゃな。それがどんな凄い事か全く分かっとらん……ん? 一つ尋ねるがシュウよ。其れは武器に応用は出来んのか?」


 ブツブツと文句を言いながら少し考え、ふと思い付いた事をデュスが質問する。


「さあな。やったことねぇな」


「……一寸待っとれ」


 デュスは壁に掛かっていた短剣を一振り持って来ると、シュウに差し出す。


「此れで試してみい」


「……分かった。けど、どうなっても知らんぞ」


「構わぬよ」


「なら……っと」


 シュウは短剣を受けとると徐に赤化を発動させる。


「なっ! 何と……!」


 デュスが唖然としながら呟いた。

 赤化に伴って、シュウが持っていた短剣が、見る見るうちに溶け落ちていく。


「な。こうなると思ってたんだよ」


「な、何と言う……規格外じゃな」


「ん? 待てよ……」


 ふと、何を思ったか、シュウは鎌ナイフを手に取ると素早く赤化を発動させる。


「な、何をやっておるか!」


 デュスが焦って叫ぶも、既に鎌ナイフは赤色に染まっている。


「せっ、折角の素材を……な、何?」


 ナイフは灼熱の色彩を保ったまま、その姿を変える事はなかった。


「これに耐えうるかよ……」


 デュスが目を見開き、驚きを隠せずにいた。

 先のナイフも数打ちとはいえ一品物だった。それが飴のように溶けたのだ。

 どれだけの熱を発していたかは想像に難くない。

 故にその熱に耐えうるナイフに、デュスは驚きを隠せなかった。


「あぁ大丈夫な様だな」


 シュウが赤化を解除し、ナイフが再び濡羽色に戻ったのを確認するとナイフを作業台に戻す。


「これなら武器を持つ事も考えられるな」


「……その様じゃの」


 心此処に在らずといった感じのデュスに溜め息を吐きながらシュウが発破をかける。


「おいデュス。確りしてくれよ」


「うむ。しかしの……此れ程の素材……本当にワシでいいんじゃろうか……」


 余りに自然にデュスが弱音を漏らす。


「おいおい。俺との約束を違える気か?」


「そうではない……そうではないが……」


 デュスの顔が不安げに歪む。

 鍛冶士としては扱いたい。だが、これ程の素材を、自分が扱って汚していいものか。

 そんなデュスの葛藤を余所に、シュウが再び溜め息を吐きながら言葉を綴る。


「俺はデュス、お前だからこれを任せたんだ……。言ったろうが。出来うる事を三つ叶えると」


「!」


「俺は出来ねぇ事は頼んじゃいねえよ」


 デュスは思わずシュウの顔を見た。

 そこには口の端を上げて嗤う憎らしいばかりの顔。


「それとも俺の目は節穴だったか?」


「…………くっ…くっくっ…くっくっくっはあっはっはっはっ……面白い! まっこと、面白いのう!」


 デュスの瞳が爛々と輝きを放つ。

 先程の弱気は何だったのかという位に、その顔は覚悟に染まっていた。


「よかろう……このデュス・ゴルト! お主の、シュウのその挑戦を受けてやるわい!」


「そうか。なら……折角だし、長物で頼まぁ。出来うる限りでな」


「何を言うか? 持ちうる最高の…であろうが!」


 デュスの台詞にシュウも苦笑を漏らす。


「ふっ。そうだったな。なら俺はもう行く」


「うむ。後はワシの仕事じゃ。任せておけ!」


 シュウは片手を軽く上げながら鍛冶場を出て行った。

 後に残ったのは満面の笑みでその姿を見送るデュスの姿だけであった。

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