第52話 狂乱の酒宴


 その夜、教会は戦場と化していた。


「その肉は俺のだ!」


「えーっ、パルばかりズリーぞ!」


 久しぶりに教会の食卓に肉が並んだ事もあり、総勢六人の食卓バトルロイヤルが勃発したのだ。

 パルを中心とした年少グループとパルより上の年齢の年長グループがフォーク片手に肉を奪い合う。


「ちゅんちゅん」「チィチィ」


「うふふ……可愛い」


 尚女性陣四人は二羽の羽刃雀テラスィトルの餌やりに夢中になっていた。


「シュウ! 飲んどるか?」


 教会内で静かに食事を摂っていたシュウとクムトの元にデュスが赤ら顔で寄ってくる。

 既に体臭からはアルコール臭を漂わせている。

 その頃にはデュスも一応復帰を果たし、村の男衆総出で教会前で酒盛りを始めていたのだ。


「五月蝿いぞジジイ。静かに食わせろ」


「まあまあ、シュウさん」


 昼間の事もあり、シュウはデュスを冷たくあしらう。


「何じゃ飲んどらんのか?」


「別に俺に酒は必要ない」


「そう言って実は飲めんのじゃないかの?」


 酔っぱらいの絡み酒かと眉を顰めながらシュウは思うも、ふとある事を思いつく。

 シュウの顔に笑みが浮かぶ。そして挑発する様な声音でデュスに賭けを持ち掛けた。


「……いいだろう。ならば飲み比べで賭けをしないか?」


「ほう。ドワーフに酒で挑もうとするとは天晴れな心意気じゃ! その勝負受けてやるわい!」


「サシの勝負も面白いが、村人の有志を募って誰が一番酒に強いかを争うのはどうだ?」


 自信満々の顔で勝負を受けたデュスに、シュウが新たな提案をする。


「良かろう。負けた場合を考えて置くがよかろうて」


「ほう。流石はドワーフ。ならば敗者は勝者の願いを可能な限り三つ叶えると言うのはどうだ?」


 そのシュウの言葉に一瞬の迷いも無く、デュスは顎髭を扱きながら醜悪に嗤った。


「是非もなし! 表で勝負じゃ!」


「村人が証人だ。負けても逃げられんぞ?」


「誰にモノを言うとるのじゃ? お主こそ泣いても許さんからの!」


 シュウは内心で黒い笑顔を浮かべていた。これで復讐が成ると。

 シュウはデュスと連れだって教会の表に出ると、周囲で酒を飲んでいた村人達に向かって大声で叫んだ。


「今からデュスと飲み比べ対決を行う! 酒飲みども集まれ! 我こそと言う勇者は勝負に参加しろ!」


「うぉ! お前、喋れる獣族だったのか」


「飲み比べだと!? 俺も参加するぞ!」


 急に喋ったシュウに村人達は一瞬驚くも、其処は酒宴の場、飲み比べが始まると分かり口々に参戦を表明する。

 どうやら数人ではなく、殆どの男達が飲み比べに参加する様だ。

 何人か女性の姿も見える。


「クックックッ……。ジジイ、これで逃げられんぞ?」


「戯けめ! ドワーフに酒の場で逃げると言う言葉などないわ!」


「ならば先に俺が勝った時の報酬を先に言っておこうか」


「好きにせい! その様な事態は起こらぬよ!」


 シュウの勝利宣言に等しい言葉にデュスは真っ向から立ち向かう。


「じゃあ俺の願いはな……」


 酒宴の場は狂乱の渦に呑まれ始めていた。




 狂乱の酒宴は朝方まで続いた。

 一人、また一人と、櫛から抜け落ちていく様に脱落者が続いていく。

 勇者は次々と倒れて行き、後に残ったのは魔王だけだった。

 その日の朝はシュウにとって爽快な朝となったのだ。


「死屍累々とは……正にこの光景ですかね……」


 起き出して来たクムトが周囲の様子を見て、呆れた様にポツリと洩らした。

 戦場跡地の様に村の各所で呻き声が上がっている。

 大地には年齢問わず飲み比べに参加した勇者達の屍がそこらここらに転がっている。

 当然のようにその屍の中にはデュスの姿も見られた。


「まぁ俺に挑むにゃ十年早かったな」


 勝負はシュウの完勝であった。

 途中からはデュスも含めて、シュウ対パーミ村一同の対決となっていたが、結果は見ての通りである。

 実はこの勝利はシュウの想定通りの状況であった。

 シュウは自分が回復のスキルを所持している事を知っている。

 回復スキルは酒に酔った状態を状態異常として捉え、酔った端から酒精を発散させ自動で回復していく。

 この回復スキルが在る為、シュウはどんなに飲んでも酔う事はない。

 だからシュウは夕食時に酒を飲もうとしなかったのだ。酔えない酒ほど詰まらない物はない。

 つまりこの勝負は端からの出来レースであり、シュウが勝つのも当然の帰結だった。


「いえ……シュウさんがズル…いえ、凄いだけだと思いますが……」


 その屍を横目で見ながらクムトは溜め息を吐く。

 既に酒宴は終わっているが、大地に倒れ伏す勇者達を見ているだけで気持ち悪くなってくる。


「……こ……この化け物……め…………」


 デュスは死にそうな顔で、そして死にそうな呻き声でそう呟く。

 そんなデュスの遺言を聞きながらシュウは思う。


(まあこれで復讐と要望の一挙両得だな……ざまあみろ)


 こうして酒宴の翌日はシュウにとって清々しい一日となったのだった。




 狂乱の酒宴があった日の翌々日も天気は良好だった。

 そんな日中、漸く酒酔いが治ったデュスの姿がパーミ村の一角にあるとある建物の中にあった。

 部屋の広さは6畳半くらいで、煉瓦建ての炉に、何かの鉱物で出来ている平らな作業台…所謂金床と呼ばれる物や、丸太にハンマーや持ち手の長いやっとこ等の道具が吊るされている丸太等が置かれている。

 随分と使用していなかったのか、軽く埃を被っていた。

 それをデュスが眼を細めどこか遠い眼差しで見ていた。


「まさか…また此処に来る事になるとはの……」


 そう、ここに来たのはシュウとの賭けに負けた為であった。

 シュウと交わした約束……三つの願いは、次の町までの道案内、旅の知識と足りない常識を教える事、そして……鍛冶であった。


「…既に腕が錆び付いてしもうた鍛冶士に、シュウは何を望んどるのじゃろうな……」


 頼まれた品は四つ。

 一つ目はクムトの短刀の手入れと鞘の作成だ。

 これについてはある意味問題がないだろう。元々マーネにも頼まれていた事だ。

 二つ目は光水晶の加工。

 これについても然程問題はない。研磨作業位は最近もやっている。

 三つ目が新たな短剣の作成。

 二つ目と三つ目はパルとアーチェの為の物だろうと直ぐに思い当たった。

 恐らくは餞別なのだろう。


「全くこう言う所は律儀じゃのう」


 デュスの顔に優しい笑みが浮かぶ。

 これはシュウに対してある意味尊敬出来る一面である。

 何よりあの二人の為なのだ。微笑ましく思ってしまっても仕方のない事だろう。

 そして四つ目が……とあるナイフの打ち直しだ。

 そう、これこそが問題であった。

 デュスは手元にある二振りの内、片方のナイフを見つめる。

 このナイフは確実に実戦で使用されるだろう。

 いや既に実用されているのは見れば解る。

 そんな物を……人の命が懸かる物を今の自分が打ってもいいものだろうか……

 それも元となるナイフが又とんでもない代物だ。

 恐らくはかなり大型の野獣の鎌であろう事は予想がつく。

 雑な造りのナイフだが切れ味は申し分無いだろう。

 それを更に研ぎ直し、いや拵え直しだ。これは鍛冶士冥利に尽きる。


「じゃからこそ、ワシなんかがやっていいのじゃろうか?」


 デュスは暫くその場に立ちすくんでいた。




「うりゃーっ!」


「駄目だよパル君。唯闇雲にナイフを振っても当たらないよ」


 クムトがパルの振り回した木の短剣を後退する事で避ける。

 次の瞬間一歩前へ進みパルに近づくと、木短剣を持つ腕の手首を木の枝で軽く打ち据える。


「痛てっ!」


 怪我はしないだろうが痛みはある。


「どうしたの? 動きを止めたら狙われるよ?」


 摺り足でパルの左に回り込み、再び今度は頭を木の枝で打ち据える。


「くっそー!」


 パルは一旦クムトから距離を置こうと後ろに下がる。

 クムトは追い討ちをかけずにその場で構えを取ってパルが態勢を整えるのを待った。


「ほら。構えて」


「くっ!」


 パルは何とかクムトに食らいつこうと、駆け足でクムトの左横に回り込もうとする。

 クムトはその場で片方の足を退きパルを正面に捉える。

 何度パルがクムトの横に回り込もうとしても、クムトは足の位置を変えるだけでそれを許さない。


「クムト兄ちゃんズリーぞ! 全然隙がないじゃんか!」


 イライラしてパルは叫んだが、クムトは然も当たり前といった顔で言葉を返す。


「そりゃあ隙は見せない様に立ち回るよ。じゃないと練習にならないでしょ」


「そりゃあそうだけど……やっぱズリーや!」


 打ち込む隙が見えず地団駄を踏む。


「いや狡いと言われてもね……なら、こっちから行こうか?」


 普通に前へ出る。


「そこだー!」


「はい。残念」


 又も一歩退き体勢を立て直すと、打ち込んできたパルの手首に一撃入れる。


「いってーー!」


「ほらほら、もう終わりかい?」


「まだだ!」


 まだパルの闘志は鈍ってなかった。

 日はまだ高い。

 クムトとパルはそのまま訓練を続けるのだった。




「ちゅん」


「まだ動かないで……薬が塗れないよ」


 薬草を潰したモノを羽刃雀テラスィトルの羽に塗るとアーチェは包帯を優しく巻いていく。


「チュチュン……」


 心配そうにもう片羽が鳴く。


「うん。大丈夫だよ」


「ちゅんちゅん」


「チュンチュン」


 安心したかの様に互いに鳴き合う二羽に、アーチェが微笑む。


「アーチェちゃん。餌もらって来たよ」


 六歳位の女の子が餌を持って歩いてくる。


「うん。一緒に餌やりしよう?」


「うん!」


「ちゅん!」「チュン!」


 アーチェは女児とともに羽刃雀の世話を楽しむのだった。

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